坩堝-2
近頃、舎弟扱いをしているセイタや、フユトの過去の悪行に身を縮める同業者連中には、絶対に見せられない醜態だ。衝動的で奔放で手の施しようがないと評判の性格の実態は、誰より寂しがり屋で甘えたがりで、依存先がないと立っていられないほど繊細なのだから。
ハウンドとしての実力が伴うにつれ、シギの右腕扱いをされるようになったから、よりでかい顔で振る舞うようになったものの。総帥が美人な顔と身体で誑し込んで、傍若無人なフユトを飼っていると噂されていることは知っている。実際は逆だ。綺麗なツラをしてシギは筋金入りのサディストだし、悪辣な表情が似合うくせにフユトは無自覚のマゾ気質だったこともあって、相性は良すぎるほどに良い。陰惨な現場であればあるほど異様に興奮してしまうのは、自らの気質と性癖のせいだと教え込んだシギの洗脳かも知れないが。
見られているのに、挿入に備えて自ら解し始める不埒な指が止まらない。そこはもうすっかり受け入れ慣れてしまったし、本来の形とは変わってしまったけれど、そんなことは取るに足らない事実だ。腹の底を満たされてゴリゴリと掘削される衝撃は癖になる。暴かれてはいけないと直感する場所に先端が届くたび、脳が白く灼け爛れる恍惚だって飽き足らない。
全長は目視で十八センチ強、直径六センチ超えの雄のサイズ感は同性として僻みたくもなるものの、だからこそ屈服させられても仕方ないのだと言い訳できる。
「ふ、ぁ、シギ、」
洗浄後の直腸粘膜を、自らの体液のヌメりを纏った指で押し広げ、準備を整えているうちから、よく知っている支配感が欲しくなる。括約筋の損傷に伴う脱肛の危険性に気を遣われて、挿入自体が久しぶりだ。先のことなんて考えるなよと何度言っても、マゾが欲しがる苦痛を施すだけがサディストなのではないと知らしめられる。シギなりの愛情なのだと理解していても、焦らされているようで、腰を揺らして強請る声は際限なく甘くなる。
「準備、できたから、早く……ッ」
強請りながら、締まりの悪くなった口の端から唾液が溢れそうになり、フユトは慌ててそれらを嚥下した。
「まだ早い」
快感を拾うためでないからか、雑になる動きを窘めるように手首を掴まれる。それでは粘膜が傷つくと引き抜かれ、喪失感に背筋が震えた。
浴室の壁に縋り、シギに背を向けて立っているのも限界だった。出したままのシャワーの水音が鼓膜を満たす室内で、耳元に吐息を吹き掛けるよう、そっと囁かれただけで先走りの雫が裏筋を伝うのがわかる。
「五回、ドライでイけたら挿れてやる」
ノルマ制の条件付けをフユトが好んでいることは、真性サディストのシギには筒抜けなのだ。もちろん、隠すつもりもメリットもないが、そんなの無理だとフユトが首を振って拒むことまでがワンセットで、二人の定番の戯れだった。
「ィ……っ」
慣れた窄まりをシギの指が三本、軽く割っただけで甘イキする。これはドライオーガズムにはカウントしてもらえない。きゅう、と粘膜が締まり、鈴口からは体液が溢れるのに、だ。シギの中で定められた規定をクリアしないと、どれだけエンドルフィンが分泌されて多幸を揺蕩ったところで、条件のクリアにはならない。この愉悦の地獄が堪らない。
終わりも規定も教えてもらえない責め苦に翻弄されるのが好きだ。フユトに内在する破壊衝動が、意識を攪拌されるたびに満たされる気がする。
「……イキたい……」
五回、とノルマを決めたのはシギなのに、絶頂の気配が近づくたびに遠ざけられて、これでもう三回目だった。潤みきっていると自覚のある瞳で哀願するようにシギを振り向く。本当は立っていられないくらい、足もガクガクしている。
「言い方があるだろう」
フユトが座り込まないよう、背中から抱き込むシギが獰猛な光を宿す瞳で囁き、残忍に口角を上げて笑うから。
「ちゃんと言う、ちゃんとするから、」
許しを求める瞳を伏せて、弱く首を振った。それが、フユトの限界の合図だ。
ちゅ、とリップ音を立てて項を啄まれる。気持ちいい感覚をずっと漂っていて、悦いも悪いもわからない。支えるシギの腕の中で、どうにか身体を動かして向かい合わせになる。獰猛な捕食者の目をするくせに、恋人の動向を見守る瞳の奥は蕩けるほど優しくて甘い。
「もっと、キスする……」
ほぼ吐息同然になったフユトの囁きに、シギはとろりと微笑って、フユトが差し出した舌を口腔に取り込んだ。
最中は翌日のことなど考えず、ひたすら善がっていられるのに、寝て起きた途端、突きつけられる現実は、微かな後悔をフユトに思い起こさせる。
「ッてぇ……」
寝起きのフユトは腰の痛みに思わず呻く。
本来なら挿入するべきではない場所に異物を挿れるだけあって、粘膜の違和感と腰痛は事後の悩みの種だ。だからと言って本番しないと強気に撥ね付けていたのは今や昔、フユトは悦さを知ってしまっているし、指や無機物の刺激なんかじゃ欲求不満に陥るのは目に見えている。それに、最中のシギの甘い顔や甘い声が何より好きで、思い出すだけで体温が一度上がるような錯覚をする。
人を人とも思っていないような、冷徹な支配者の無防備を知っている。荒くれ者が竦み上がって服従を示す男が、フユトの手綱を握りながら恭順を示す倒錯的な関係も、離れるに離れられない末期症状を迎えている。
昼でも暗い寝室を出て、通路の突き当たりに広がるリビングへ向かう。リビングの最奥、窓を背にして設置された黒檀の重厚な机に向かって、きっと、シギが表向きの仕事をしているはずだ。
ワンフロアをぶち抜いた広大な部屋は、地上三十階を超える高層階に位置する。寝室も浴室も、そんなに面積がなくても事足りるというくらい広いのだが、リビングは取り分け広い。調度品や家具を取り除かなくとも、ちょっとしたパーティーを開けそうなくらいの面積だ。
本来、この部屋は、高級三ツ星ホテルのインペリアルスイートなのだが、ホテルを運営するグループ会社の総裁であるシギが個人的に借り上げている。周囲に同じ階層の建物がないから外からの狙撃の確率は下がるし、ホテルで雇うガードマンたちは精鋭揃いだというから、表でも裏でも恨みを買いやすい自身の立場を理解した上で、用意周到なのである。
そこまでの準備をしていながら、彼はある日突然、ふらりと消えてしまいそうな雰囲気を持っているのだけど。
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