【猟犬】-3

「安い仕事しか請けねェんならいいけどな」

 と、フユトは意味ありげに笑う。

 物盗りに見せかけた一家惨殺だとか、死体を切断した上で庭に埋めて消すような計画的犯行だとか、対立候補の汚職を糾弾しようとしたら濡れ衣を着せられて失墜したので政敵を狙撃するだとか。着手金からして一桁違う依頼を飯の種にする彼だから、セイタが張り切ってこなす依頼なんて子供の使いのようなものだろう。が、セイタはずっとハウンドでいるつもりはなかったし、ある程度の金が貯まったところで離れてもいいと考える程度には、一般人と変わらない思考の持ち主でもある。

 射撃の腕を見てやると言って兄貴分を気取りながら、悪辣に笑う男は実のところ、セイタを体良く舎弟扱いすることで使いっ走りにするつもりか。何とない直感にぶるりと震えると、フユトはますます笑みを深めるので、予感は確信に変わる。

 嗚呼、本当に、厄介な人間に目をつけられてしまった。

 小間使いは嫌だと言って、喧嘩の腕っ節でフユトに勝てる自信があるわけでもない。フユトが二十歳そこそこの頃の、怒りと衝動に任せた同業者殺しの逸話を聞くだけでぞっとする。本人はガセがほとんどだと言うけれど、ハウンドが仕事に用いる凶器を使わず、他人を死に至らしめるほどの暴行を加えるなんて、正気の沙汰ではない。圧倒的な暴力を向けられて悶えながら死にたくもない。

 そして。

 そんなフユトに過激な制裁を加えて従順な飼い犬たらしめ、傍に置く総帥なぞは、セイタにとっては化け物である。

「そう言えば、あの時、何の話をしてたんスか?」

 酔漢の話し声に満ちたパブの店内で、セイタはふと、カウンター席で横並びのフユトに尋ねてみた。

 射撃訓練の帰路。少し付き合えと言われて、連れて来られたのはアイリッシュパブだった。座敷席があるような酒場と違って喧しいほどではないものの、アルコールが入ると声が大きくなるためか賑やかだ。物静かに飲むバーよりは砕けているが、どんちゃん騒ぎをするには相応しくないという点で、サシで飲むのに向いている。

「あの時?」

 セイタの問いに、アイリッシュ・ウイスキーをロックで飲むフユトが片眉を上げる。

「総帥と二人で話し込んでたじゃないスか」

 『塩の街』という店の一件を告げると、フユトは、あぁ、と頷いて、

「ただの世間話だよ」

 何でもないことのように答える。

「総帥と二人で世間話ですか、仲が良いんスね」

 騒ぎを起こしかけたのは確かに悪かったと思うけれど、テーブルを蹴倒すくらいの剣幕だったから、てっきり、大事な仕事の話でもしていたのかと思っていたセイタは拍子抜けしてしまう。

 総帥の姿を見掛けたことは数回しかないが、誰も寄せ付けない孤高のイメージを勝手に抱いていたので、子飼いと雑談に興じるなんて意外だった。ああいうタイプは、静かに微笑んだまま兵卒を死地に送る司令官にしか見えない。要するに、下郎だ。そんな男が、フユトと雑談するくらいに気を許しているのであれば、他の無粋な同業者連中が噂するように、あれだけの美形で女のように色白なのを武器にして、自分を餌にフユトを手懐けているのかも知れない。

 仲が良い、という言葉を使ったことに意図はなく、それが率直にセイタの感想だったのだけれど、フユトの双眸がふと剣呑な色を醸す。今の何処に地雷があったのかと内心で焦るセイタを横目に見たフユトは、

「仲良くねーよ」

 何故か不機嫌に返して、グラスを干した。

 これはもしかすると、もしかするかも知れない。短命の恋なら人並み以上にしてきたセイタの勘が告げている。無粋な連中の噂が、実は根拠のない話でもないのではないかということを。

 男が好きとか女が好きとか、個人の性的なことに口出しをするつもりはないし、勝手に噂をすることだってアウティングの危険性を孕む。性的指向というのは実にデリケートな問題なので、セイタは誰かに言いふらすつもりなどなかったし、フユトが誰を好いていようと逆手に取って利用する意図もないが、この先の接し方に迷うのは自然なことだ。

 そもそも、同士討ち御法度の組織内ルールに則れば、フユトは何回か死んでいてもおかしくない重犯罪者ということになる。が、ここでこうして生きていること自体が、噂の根拠ではないのか。

 あの総帥が、フユトさんを喰っている──そういう目で見てはいけないと思いつつ、セイタはどうしても、フユトの顔を正面から見られない。

 血腥いことを好みそうな性格だと、セイタは総帥について、勝手に思っている。性的なことには淡白か、無縁のように見えながら、直情型で衝動的なフユトを傍らに置くのはそういう意味もあるのだろうか。

「……おい、」

 考え込んでいると、不穏な響きの声がして、セイタはそちらを振り向いた。

「俺があいつと話し込んでたから何だよ」

 フユトは不機嫌を通り越し、苛立ちを隠さない顔をしている。酒が入っていなければ血の気が引いていたに違いない。

「ぁ、いや、話してたのに邪魔して悪かったなって」

 ヘラヘラと笑って答えたセイタの背中を、冷や汗が伝う。熱帯夜など、もう遠いのに。

「……へぇ」

 胡乱に目を細めたものの、フユトはそれ以上、セイタを追及して来なかった。

 セイタはストレートだから、同性をそういう目で見たことはないし、興味もない。けれど、総帥ほどの中性的な美形なら、肝心なところを見たり触ったりさえしなければ、いけるだろうか。

 フユトとサシで飲んでから、セイタの脳内は悶々としている。本人には聞くに聞けないシモの事情をあれやこれやと妄想するのもどうかとは思うものの、手軽な付き合いの女にフラれてからは相手がいないのだから致し方ない、と自分に言い訳する。

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