路上喫煙者暴行殺人事件

@zaitou

安全の意味

 横転川おうてんがわ築城史跡という場所がある。

 曰く、戦国時代に領地の境としてあった横転川の傍にあった出城、その名残である。城名は正確には残っておらず、史料によっては横転川出城、横転川砦など、表記もバラバラである。

 現在は森林公園として市の管轄下にあるが、地元の人間にとってはあまり好まれていない。

 端的に言うと治安が悪いのだ。

 1980年代半ばまでは川沿いにある公園ということで花火大会の観覧場所などにも利用されていた。しかし、バブル崩壊に伴う行政予算の縮小から森林整備も滞り、木々が繁茂し全体が薄暗くなってしまった。

 その結果、近隣大学の学生が集まり騒ぎを起こし、喫煙者がポイ捨てを行うなどが常態化してしまった。警察や市民団体によるパトロールも行われているがあまり成果が上がっていない。


 そんな時に起きたのが一連の横転川連続暴行殺人事件である。

 最初は今年の6月頃。史跡保護などの観点から条例による喫煙禁止区域にも関わらず、日中に喫煙していた会社員の男性がいた。そこを蛍光色のチョッキを着た青色防犯パトロールと思しき中年男性に声をかけられる。

 喫煙禁止の旨を注意された男性はタバコを消し、その場を立ち去ろうとする。

 その時に後頭部を鈍器と思しきもので殴られたそうだ。

 痛みに蹲っているうちに加害者は逃亡。外見的特徴もマスクに帽子、パトロールに似せたチョッキという事と、被害者男性自身も相手に覚えられないよう顔を伏せていたことが災いした。

 その後、救急車を自分で呼んだ被害者は病院で治療を受けた際に警察に事情聴取されることとなる。

 余談だが、業務中に社外で長時間の休憩、しかも喫煙禁止場所で社員証を付けたまま喫煙を繰り返していたという状況から、会社でも問題視されて被害者男性は懲戒解雇となったという。

 同じように、男子大学生数人が森林公園内の休憩スペースで喫煙、およびバーベーキューを行っていたところ、先日と同じ加害者と思われる防犯パトロールを模倣した男に声をかけられる。

 喫煙禁止および火気厳禁の旨を伝えられたところ、酔っていた男の一人が注意した男性を突き飛ばし、帰るよう恫喝したという。

 しかしその後、催涙スプレーを取り出した男が全員の顔に噴射。呻く男たちに暴行を加えて立ち去る。

 暴行された学生達の悲鳴にたまたま通りかかった近隣住人によって救急、および警察に通報が成され、学生達は緊急搬送される。

 男の外見的特徴は前述の通り定かでなく、被害者からそれ以上の情報も出なかった。むしろ、20歳未満の学生が飲酒喫煙していたこと、火気厳禁の場所での危険行為が明るみになったことで、関係する全員が停学または退学処分とされた。

 同一犯と思しき人間の凶行に警察でも巡回を強化。

 行政も森林公園内への立ち入り規制と樹木の剪定などを行うことが決定され、皮肉にもこの暴行犯により横転川築城史跡近辺の治安は改善したのだ。

 ただし、施設整備に前後して公園に立ち入れなくなった喫煙者が周辺のコンビニ、公共施設近辺で喫煙するようになったこと、大学周辺でタバコを含むゴミが大量に廃棄される事態となる。

 大学へも学生達の問題行動に周辺住民から抗議が集まり、道路脇にコンビニ袋に詰めた酒類の缶やタバコが散乱する状況にまで発展したことで警察側から道路交通法76条3項に該当すると罰則適用の可能性も説明された。

 大学側も対策として悪質行動が発覚した時点で、退学、ないし停学とする旨を学内にも掲示。掲示から一週間も経たず周辺コンビニで飲酒喫煙を行っていた大学生がコンビニから通報された警察によって身元確認され、大学へ連絡が入り停学。

 もっと悪いのは、警察到着時に逃亡した学生数人が不審行動から確保され、うち一人は逮捕時に抵抗したことから公務執行妨害および暴行罪まで適用されることとなる。

 その後、大学へ学生会から喫煙場所の増設要望。暫定的に現在の倍となったことで、路上喫煙問題はやや緩和されるも、学外で飲酒、騒ぎを起こした人間が更に停学となった。

 大学に関しては厳罰化を含む上記経緯を経て一時的に沈静化するが、周辺住民および周辺勤務の労働者達による路上喫煙問題は続いていた。

 わるいことに、ここでまた事件が起きる。

 路上喫煙していた男性が登下校中の小学生にタバコを当ててしまい、火傷を負わせる。

 子供の悲鳴にパトロール中だった警察官が現場に駆けつけ、男は任意同行、頬に火傷を負った小学生はそのままパトカーで病院へ運ばれる。

 小学生の両親が事情を知ると同時に激怒。被害届を提出。

 会社側は上層部含め謝罪に伺い示談を求めるも、悪質性から両親は拒否。喫煙していた男は懲戒解雇に加え、未成年者に対する暴行罪の適用から実刑に至る。会社側も風評被害から業績が大きく低下。

 上記のようなトラブルからもともと嫌煙の風潮だった市内は、批判的な報道による市民感情を配慮とし、コンビニなど各商業施設でタバコの販売を休止する。

 それでも市外でタバコを買い喫煙する、電子タバコを吸うといった人間も一定数いたが、喫煙者の何割かは禁煙していった。

 同年10月、築城史跡および森林公園の整備が終わり利用が開放される。監視カメラの設置と再整備で舗装された周辺には散歩する家族やランニングする学生が見られるように変わった。

 しかし、公園開放をどう捉えたのか、ほんの数日で防犯パトロールがタバコの吸殻を発見。監視カメラを避けるように木の根元に落ちた吸い殻に、警察関係者および近隣の企業は戦慄する。

 各企業は社外での条例を無視した喫煙や路上喫煙などをきつく戒め、警察関係者も治安の再悪化や問題の再発を懸念して防犯パトロールと協調のうえ路上喫煙を行わないよう周知を徹底。

 更には同地域のTV放送局も密着取材というお題目で巡回強力を申し出て、公園周辺を見回る。

 そのうえで目撃された路上喫煙者に取材交渉が行われ「撮るな」、「寄るな」とその場を去る姿が映像加工したうえで放送されることに。

 結果、身元が特定された男はネットに晒し上げ。所属する企業から厳重注意を受ける。


 迷惑行為の根絶にこそ至らないものの、小康状態の続く11月。

 暴行事件は、ついに殺人事件に発展する。


 被害者は前述のネットに晒し上げとなった男性。被害状況は深夜、公園内にある自販機傍で暴行され死亡。早朝に通りかかったウォーキング中の夫婦により発見される。

 死因は頭部打撃による脳挫傷で、周辺状況からすると帰路の途中に自販機傍で喫煙。その最中に襲われた可能性が高いという。

 現場には複数本の吸い殻とゴミ箱の外に放置された缶が複数あり、かなり長い時間その場で喫煙していた様子があった。

 過去の連続暴行事件の犯人と同じ相手の可能性があったが、今回は被害者が死亡するまで複数回殴られていたこと、今までは日中の犯行であったのに今回は深夜だったことなど、仔細が幾つか異なっていた為、模倣犯や怨恨などによる別人ではないかという意見も出た。

 殺人事件について報道が続く。

 このことに対し、 殺人という大きな悪事に対して、喫煙者を擁護する動きも出た。


 単なる路上喫煙が殺人という代償が必要なほど嫌悪されるべきものなのか。

 社会通念におけるルールを簡単に無視する人間に対し、こらしめる、排除するという考えをもつことにどれだけの共感がもてるか。

 同時に、独善であるのは間違いないがかといって否定するだけの正義も喫煙者側にもてない。

 人々の間で問題は大きく揺れた。

 懲罰的行動か。それとも単なる私怨か。

 もしくは愉快犯かもしれない。

 そういった憶測の中でも犯人逮捕の一報はなく、事件に動きがないまま半月が過ぎることとなる。

 事件解決が困難となったのが、目撃者のいない現場、そして監視カメラに映っていない殺人犯という2点からだった。

 大学近くの森林公園西口から駅へ繋がる森林公園東口までは川沿いに続く緩やかなカーブとなっており、複数箇所で分かれ道などもあるがそう複雑な構造ではない。木々の間やフェンスを越えて移動すれば、誰だって逃走できるルートがある。

 特に西口側は大学の敷地を囲む外壁が長く続き、監視カメラのない範囲が広い。このまま犯人特定に至らず捜査も縮小されるのではないかと市民の間では諦めるような空気が流れる。


 12月の初旬。事件に動きが生じる。

 新たな殺人事件の被害者が発生したのだ。

 被害者は大学勤務の研究員で、早朝に通りかかったウォーキング中の夫婦、奇しくも前回と同じ発見者によって通報されたのだ。

 死因は溺死。手足に複数箇所の骨折があり、川べりまで移動できず大量の水を飲んだとの鑑定だった。

 ただしこの研究員、今までと異なる点が1つ。

 喫煙歴がまったくなかったのだ。

 これまで一連の事件における被害者に喫煙者という共通点があったことに反し、交友のあった周辺関係者に聴取したところ該当の研究員は喫煙習慣がなかったことが明らかとなった。

 溺死体ということで志望時間帯はやや不鮮明であるものの、退勤記録が夜の9時ということから、夜9時から発見される朝6時までの間に殺害されたという推測が成り立つ。

 ただ、この研究員の行動に対しても調べた警察官から疑問が投げかけられる。

 当時の出勤は夕方6時から。その僅か3時間の業務だけで引き上げていたのだ。

 直属である教授に事情聴取したところによると、数日前から所属する研究室で行われている実験の途中経過の確認に訪れ、記録の追記とチェックのみで引き上げた為にこの時間であったという。

 その研究は一種の耐久試験で、当番制で途中経過を確認していた。

 結果、施設の施錠をする教授と、その日の最終チェックを行った研究員が挨拶をしたのが生前最後の顔合わせになった形である。


 今回も目撃者はいなかった。だが、そのほかの痕跡が多く残っていた。

 まず犯行現場。

 前回の撲殺された会社員の場合、自販機傍で背後から後頭部を狙った様子から、一定以上の腕力のある人間が警棒らしきもので打擲した、といった程度しかわからなかった。

 比較して今回の暴行溺死させた現場である橋の上では、被害者と揉み合った人間が、26センチほどのスニーカーを履いた女性ということまで確認できた。

 前日の雨によりはっきりとした形で歩道の泥に残った足跡、被害者の指に絡まった毛髪、最初にハンドバッグに近い右腕を折った様子。

 毛髪の色と、同日にコンビニの監視カメラに映っていた映像から、一人の犯人が浮上する。

 それは同じ研究室に務める一人の女性だった。

 事件翌日に任意同行を求めた警察に対し、女性は同行を拒否。

 しかし容疑者の手にひっかき傷と思しき傷跡が発見されたことから逮捕礼状をもとに確保された。

 実際に被害者である研究員の爪から採取された皮膚片とDNAが一致。該当の女性が犯人であることを自供することとなる。そして、犯行理由を聞いた警察官は顔を強張らせる。


「だって、今までの犯人は見つかってないじゃない。なんで私だけ捕まることになったの?」


捕まっていない犯人、それを理由に発生した安易な模倣犯。

 実行理由は研究室内で起きた痴情のもつれ。研究室で大きな権限をもつ教授は、関係する研究員達に性的な要求を行っていたらしい。そこから不倫関係にまで発展していた二人の研究員の間で殺意が芽生え、それを実行したと。

 殺人の心理的ハードルが下がってしまった人間。

 それは聴取から感じ取った警察官は危惧した。

 そして危惧の通り、徐々に市内で犯罪率が上昇を始めた。


 見つからなければ捕まらない。

 わからなければ捕まらない。

 知られなければ捕まらない。


 それはまるで、小さい子がいたずらを隠すような、ちょっとした危機感を持ちながら赤信号を渡るような、精神的なハードルの低下から始まる事件。

 同じ公園内での婦女暴行事件。現場には封を切られたばかりのタバコと、複数人の足跡。

 スマートフォンの着信履歴から公園に呼び出した同じ高校の男子学生達が行った犯行と露見し、即座に逮捕された。18歳以下の未成年者も含まれたが、事件の悪質性から即座に刑事事件として対応。

 飲食店での暴行事件。退店した男性客が店前の喫煙スペースでタバコを口にした瞬間、近くに居た会社員の男が喫煙者を殴り倒した。暴行の現行犯としてその場で取り押さえられ警察へ通報。

 ドラッグストア駐車場での強盗傷害事件。車に乗り込む直前の女性客に対して別の車から降りた男性が落とし物があったと呼び止める。次の瞬間、顔に防犯スプレーを浴びせ、財布やスマホの入ったバッグを持って逃走。

 しかし、車のナンバーを女性が覚えていたことで奪った財布と共に見つかり同日に逮捕となる。

 類似した事件が立て続けに起き、市内は混乱が続く。

 どの事件の犯人も自白しながら言い訳をする。


「模倣犯が出ていながら捕まっていない殺人犯がいる。似せておけば、今回こそ殺人犯の方だと考えるだろう」

「喫煙者は排除して然るべきだ。あいつらのせいで治安がまた悪くなるじゃないか」

「なんで俺だけ捕まるんだ。似たようなことをやったやつは今ものうのうと生活しているだろうに」


どうかしている。

 他のやつがやっているのだから自分も、という話なのは理解し難いが理屈としてはわかる。だからといって、同じに出来るはずはないというのに。

 市内で続発する事件がメディアに大きく取り上げられ、市民の不安と混乱は広がり続ける。同時に、模倣犯たちが未解決の殺人事件に触発されていることがメディアで議論され、その影響でまた市民達は疑心暗鬼に陥る。

 警察は事件防止に努めようとするも、そもそも触発される市民に傾向や類似性はない。正義感への安易な共感や、自分も捕まらないはずという根拠のない希望的観測を元に行動を始めるような人間が行動を起こすのだ。事後対応に終止する他なかった。

 そして事後対応とはいえ、解決する事件の対応を行う為に人員の手は塞がり捜査がまた行き詰まる。

 最初の事件、その犯人逮捕が成されない限りこの恐慌は収まらない。

 警察の予想を肯定するように事件は続き、事件件数は県内でも有数の有様だ。

 時期は年末。もし、このままの状況が続けば、年末年始という時期にもっと大きな事件が起きてもおかしくない。

 その危惧は現実のものとなる。


 ガソリンスタンドへの大型トラックの追突事故。

 大規模な火災から周辺住人の避難が行われ、避難時にまた事件が起きる。

 人と人が炎の中で争う光景は、まさに地獄としか思えない状況だった。

 多数の消防車両による消火活動が3時間以上も続き、周辺の延焼は免れ鎮火した。

 事故原因である運転手は「娘が暴行被害にあった。その加害者がガソリンスタンドの隣に住んでいるから復讐のために実行した」と口にする。

 運転手である男は、数日前に起きた婦女暴行事件の被害者の父だった。被害に巻き込まれ避難した中に加害者家族は含まれており、この事故による死者は出なかった。

 しかし、事故原因が現在も検察官のもとで勾留されている男子高校生のせいだと知った周辺住人達が被害者家族を許すことはなかった。その後、男子高校生の母が自ら命を絶ち、父と妹はその地を引っ越すこととなる。高校生はその後実刑を受けた。

 手放した未来は戻ることはない。一生、後悔しながらかつての男子高校生は生き続けることになるだろう。

 

 この日の午後。一人の男が出頭する。

 横転川連続暴行殺人事件、いや、の犯人である男が。

 それは20代の会社員だった。

 

 20代の男は殺意を否定するも、結果的に殺人に至った経緯を放す。そして自首をした意味を。

 男と被害者男性は元々同じ会社の人間であった。しかし、上司で親子ほども年の離れた被害者男性は、喫煙、飲酒を行うもそのマナーは非常に悪く、たびたび加害者含む同僚達を無理やり連れ出しては酒を飲みながら叱責したり、同じ自身の自慢話を繰り返し聞かせるなどの行為を平気で行った。

 現在において間違いなくパワハラ、セクハラに当たる業務上過失であったが、労働基準監督署に相談した同僚は親族経営の企業内でもみ消され、実際の証拠が出ずに不当に会社の評判を貶めようとしたと懲戒解雇された。

 そう、そのこの懲戒解雇となった同僚こそ暴行事件の最初の被害者だった。

 今年の6月、事件によって業務中に社外で長時間の休憩、しかも喫煙禁止場所で社員証を付けたまま喫煙を繰り返していたという報道がされていたが、それらも労働基準監督署したことから仕事を干され、職場に居場所がなく社外に出ていたことを悪評として会社から喧伝されたのだ。

 暴行事件で明るみになった禁止場所での喫煙行為以外、全てが風評被害だったのだ。

 そのことを知りながらも、自身の身の可愛さから口をつぐむ他なかったと、殺人犯であるはずの男は悔しげに心情を吐露する。同期入社の彼がさも悪辣な人間のように周囲に扱われながら会社を去ることに、声をかけれなかった時のことを。

 その後、とある大学生達が、大学OBである市内の会社役員から雨天で中止になった会社の行事に使うはずだったバーベキュー用の食材を譲り受ける。ただし、お酒も含め渡す都合上、学校内で大々的にやらないようにと言い含めながら。


「まさか」

「最初の2件の犯人、それは、私が手を下したあの男なんです。2件目の事件は、懲罰的に喫煙者や迷惑行為の相手をこらしめる、偽りの私刑人を作り出すための」


聴取していた警察官、溺死事件の際も立ち会っていた彼は吐き気を堪えた。

 単に事件を掘り起こさせない為だけに、無関係だったはずの学生達に条例違反行為をそそのかし、そのうえでそれを利用したというのだ。安易に禁止場所で行った彼らにも否があるといえ、生贄のように暴行し、喫煙や迷惑行為そのものに問題があるという風潮へ誘導するために。

 その結果はどうだ?

 喫煙者は締め出しをくらい、市内の治安、経済、教育にも混乱が出た。

 単なる社内問題の隠蔽、その延長に犯罪行為をしたことで。


「それだけじゃありません。あの男はその時の行為で味をしめたのか、ついにはその件をほのめかすような発言をし、次の計画を話したんです」


警察官は次の言葉を怖れた。まさかと。

 人の善意を信じているからこそこの仕事が続けられたと、そう思っていたから。


「自身の行動で市内に影響を及ぼし、まるで社会の流れを作ったのだと、自慢気に酒の席で披露しました。その場には、自分と、あの男しかいませんでした。そして次に、大学構内に新しいサプリを似たようなやり口ではやらせてみるか、なんて笑いながら話すんです。そのサプリがまともなものとは思えませんでした」


大麻グミ、他では痩身サプリと呼ばれる似たようなものもある。

 規制対象ではないが合成麻薬の成分を含んだものが関西の会社で製造され、健康被害を出した話はごくごく最近のニュースだ。


「実際にジェネリック医薬品を扱う系列の会社がうちにはありました。今度こそ取り返しのつかないことになるんじゃないかっと恐怖しているうちに、新たな事業が立ち上がりました」


当時問題になっていた喫煙所の増設に対して、業務協力いただければ寄付金という形で援助する。研究中の健康補助食品のサンプルを渡すから、大学内で試供品を試すモニターを募集してくれないかと。


「モニター参加者のうち異常行動をとる人の影響からか大学周辺でたびたびトラブルが起き始めました。学校からも体質に合っていないのではないかという疑問の声が上がり始め、成分に問題があるかもしれないと、モニターは中止されました」


同時期に喫煙所の増設工事が完了。

 まるで時期を合わせたようにトラブルは沈静化の方向に落ち着いていく。


「同じ時期にカンナビノイド「THCH」が指定薬物として公表されたのですが、おそらく類似した化合物がサプリにも含まれていたのでしょう。実際にプロジェクトは中止となり、ほっとしていたんです。

 ただ、あの男はまだなにか考えていたのか、横転川おうてんがわ築城史跡のまわりをうろつき始めたんです」


上司の行動を不審に思った彼は、そっと後を追う。

 その時に見たのは、たまたま通った女性に顔色が悪いが大丈夫かと声をかけ、廃棄されたはずのサプリの試供品を手渡す姿だった。

 依存性はない、そのはずのサプリを手渡した女性を誘って話をする上司。


「まるで、薬の売人みたいなやり口でした。どう考えてもあの男はどこかがイカれてる、今度こそ終わらせなければだと思いました」

「なぜ、通報を」

「言ってどうなります? 証拠がなければ民事不介入でおわりでしょう?」


不信感。かつての同僚の背を見送った際の後ろめたさ、そして助けてくれなかった労働基準監督署の人の姿、それらが警察官にも投影されたのだろう。

 口から出そうになった弁明を必死に飲み込んだ警察官は、続きを促す。


「結果として、私が殺しました。上司を」


そうして、上司が行った横転川連続暴行事件が、横転川連続暴行事件になる。



「けれども、そのせいで、こんなことに」


なにもかもがおかしくなるなんて、思わなかった。

もっと早く自首しておけばよかったと殺人犯である彼はこぼす。


「しなかった、理由は?」

「廃棄されなかったサプリの所在がわからなかったんです。それだけは、探すべきだと思いました」


けれども、あのガソリンスタンドの爆炎に恐怖した彼は自首をした。

 この街がまだ助かるであろう今に。


 そして、殺人犯の自首という形で話は締めくくられる。

 だが、社会が正常に戻るには歯車が足らなかった。

 そのため、供述理由を元に何らかの形で廃棄された大麻サプリが市街に知らぬ形で流通や混入したのではないかという仮説が報道され、市内の人々は狂乱はその影響であったと一応の納得を得ることになる。

 だが、サプリは既に警察の手で発見され、不足はなかった。

 事件の理由にサプリなどなかったが、そうすべきでないと。

 報道関係者も、警察関係者も、そして殺人犯当人でさえそう主張した。


 この街には横転川おうてんがわ築城史跡という場所がある。

 川沿いにあるそこは森林公園が整備され、大学から駅前までを繋ぐ遊歩道がある。

 だが、その公園のどこにも、喫煙所は今もない。


 ー 終 ー

 

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