第70話 捜査会議(1)

 テオドールが亡くなった日に立ち寄ったカフェは、ルーウェンにある。イーサンが働く倉庫街も同じだ。

 そして倉庫街の周りには海。テオドールの体が濡れていたこととも繋がる。

 イーサンが怪しく思えてならない。


(倉庫街で何かがあったとしたら、カルマン卿もご存知のはず)


 彼もテオドールの死に関わっているのだろうか。

 夜になって捜査局に戻ったララは、捜査官たちに今日起こった出来事を説明した。するとジャスパーが頭を揉みながらぶつぶつと考え込む。


「イーサンとカルマンが絡んでる可能性、か。……その場合カルマンが指示出してるわね。マジで真っ黒じゃない。もう少しじっくり調べるつもりだったんだけど、そうも言ってられないか。……待ってて。四十八時間以内に調べ上げてくるから」


 腕時計に視線を落としたジャスパーは、颯爽と暗闇に消えていった。




 八月十三日、午後十時。

 受付に数名を残し、ほぼすべての捜査官が会議室に集合していた。長机を囲んで座ったため、皆の険しい表情がよく見える。

 最後に入室したジャスパーが、ララの隣の椅子を引く。捜査局の制服に身を包んだ彼は、どうにも見慣れない。


「テオは出掛けてるの?」

「はい、倉庫街に。先に始めていて構わないとおっしゃっていました」

「そう。……じゃああたしが調べたことを報告するわね。まずはカルマンの方から」


 ジャスパーは一呼吸あけ、はっきりとした声で告げた。

 

「チェスター・カルマンは、――快楽殺人犯よ」


 ララの椅子がぎしりと音を立てる。事前にこの情報だけ聞かされていたのだが、やはり動揺が隠せなかった。


「まあ色々やらかしてたわ。仕事を理由に他国に渡り、貧民をさらってきてた。自分が楽しむ用と、売りさばく用。ララにも心当たりあるでしょ?」


 できることなら、ないと言いたかった。だがカルマンの表裏のある性格を知っている。加えて彼には、明らかに他の人間と違う部分がある。


 憑いている霊の数だ。

 出会った頃から異常だったため、彼の体質によるものだと考えていた。しかし見方を変えると、別の可能性が浮かび上がってくる。


「あの霊たちは……カルマン卿が命を奪った相手、ですか?」

「そう考えるのが妥当ね」


 幽霊少年がカルマンに抱く負の感情も、殺されたのならば納得がいく。

 ジャスパーの態度から考えて、カルマンは確実に黒なのだろう。


「……カルマン卿の件は分かりました。イーサン卿とテオの死は、関係がありましたか?」

「それについても調べてみたわ。結果から言うと、あの男は実行犯ではない。テオが死んだ六月十七日の夜、タウンハウスにいたから。でも無関係でもないわ」


 ジャスパーの向かい側に座っているフロイドが、説明を引き継ぐ。

 

「以前の巡回で、怪我をした傭兵の目撃情報がありました。ルーウェン付近の医療機関をあたってみたところ、いくつかの診療所で治療した記録が残ってました。治療を受けた傭兵は全員で三十二名。他国の者でした。治療の手続きをしたのがイーサンっす」

「その傭兵には……」

「会えましたよ。向こうは会いたくなかったでしょうけどね。締め上げたらすぐに吐きました。カルマンに雇われ、四十名ほどで倉庫街の見張りをしていた。でも六月十七日の夜、たった一人の侵入者によって大半が気絶させられた、と」

「っ、それって」


 意識を失った傭兵たちは、皆同じことを言ったそうだ。『――侵入者は黒髪に青い目の、化け物みたいな強さの色男だった』と。


「局長で間違いありません」


 フロイドの声が、冷えた頭に入っていく。

 やはりテオドールは、亡くなった日に倉庫街にいたのだ。

 

「これからどうするのですか? テオについての捜査は禁止されて……」


 口ではそう言いながらも、捜査をやめたくなかった。

 すでに引けないところまで知ってしまった。休みをとって独自に調べるべきだろうか、と思案する。

 しかしその必要はなかった。ジャスパーがけろりとして、


「テオの死に関する捜査じゃないわよ。長年ララを苦しめたカルマンを追い詰めるための捜査をしてたら、偶然テオの死と交わってただけ」


 だから問題ない、と言い切る。屁理屈だ。さすが我が友。最高である。


「グラント公爵家が恐れているのは、捜査を進めて敵の神経を逆なですること。患者がいる医療棟を襲撃されるのは最悪の事態。でもこれは、敵が見えないから脅威に感じるだけ。誰を潰せば良いのか明確になった今、何も怖がることなんてない。あたしたちが根絶やしにする。人様の家を襲う余裕なんて与えないわ」

「グラント公爵家の守りは強化しないのですか?」

「もちろんした方が安心ではあるけど」

「捜査局だけでは人手が足りませんね……」


 通常任務もおろそかにできない。ジャスパーと二人して口を尖らせ、うーんと唸る。

 するとララの前で書記をしていたヒューゴが「人手の件はなんとかなりますよ」と言った。


「シアーズ侯爵に依頼すれば、第二騎士団を動かしてくれます」

「侯爵がですか?」

「ええ。先日捜査局にいらっしゃった時に、協力体制を築こうと提案されました。ララさんの味方にならないと、彼は夫人とご令嬢に睨まれるそうです」


 家でのパワーバランスが垣間見えた。真面目な騎士団長が仕事に私情をはさんでも許されるのだろうか。


「大丈夫ですよ。カルマン卿が他国の者を攫ってきていたという点で騎士団も知っておくべき事件ですし、あそこにはララさんのファンが大勢いますから」


 提供したアロマオイルの効果がここで出るとは思わなかった。協力してもらえるのは嬉しいが、少々恥ずかしい。

 ヒューゴは話しながらも、スラスラとペンを動かし続ける。


「実際のところ、カルマン卿はグラント公爵家を襲撃しようだなんて考えていないでしょうけどね。テオの殺害は予定外だったはずですから」

「そうなのですか?」

「自分の悪事を暴かれることを恐れていた可能性はありますが……彼の性格を考えると、捜査官を攻撃するような度胸はなかったかと」

「……確かに。自分より弱い人間が相手でなければ、カルマン卿は本性を出しませんでした」

「でしょうね」

「では、どうして」


 テオドールは亡くなったのだろう。


「現段階で集まった情報と、テオの思考。この二つを元にして、仮説を立ててみました」


 ララが喉をごくりと鳴らすと、ヒューゴはテオドールが亡くなった経緯を語った――。




 テオドールは六月十七日の昼頃から、ララと会っていた。開発局で婚約破棄について話し、その後、修理済みの魔道具を持って捜査局に帰った。


 テオドールにはこの辺りからの記憶がないが、捜査局を出たのはおおよそ午後四時。

 彼は非番の日でも頻繁に町の見回りをしていたため、この日もルーウェンのカフェに行くまでの間、見回りをしていたと考えられる。途中、倉庫街周辺に立ち寄った可能性が高い。


 午後七時頃、カフェに到着。しばらくカフェで過ごした後、見回りをしながら捜査局に戻っていた。


 しかし王都付近まで来たところで、あることに気付く。左耳につけていたはずのイヤーカフがなくなっていたのだ。右耳のイヤーカフを確認すると、色は金色だった。近くには落ちていない。

 そこでテオドールは、再びルーウェンに向かった。


 実際にイヤーカフを落としたのはカフェだったが、そんなことを知らないテオドールは通った道をしらみつぶしに捜し回った。

 夜遅くに倉庫街を通ったことで、彼は異変に気付いた。


「傭兵の証言によると、事件が起こったのは午後九時から十時。テオの近くに馬はいなかったそうですから、どこかに隠していたのでしょう。そこでテオは腹部を刺され、海に飛び込んだと思われます。真っ暗な海の中まで追ってくる人間はそういませんし、負った傷を考えれば、海の中で死亡する可能性が高い」


 だがテオドールは安全な陸地まで泳いで移動した。

 隠していた自分の馬に乗り、重傷の体で王都のタウンハウスに向かった。時間が遅いことと追手が来た場合の被害を考え、彼は自分の家で治療を受けることを選んだのだろう。


「テオはなんとかグラント公爵家にたどり着きはしたものの、家族のそばで力尽きた」


 ヒューゴの仮説を聞きながら、テオドールに文句を言いたくなった。

 

「……助けも呼ばずに、一人で行ってしまうなんて」


 イヤーカフは左右揃っていなくては使えない仕様だ。テオドールに仲間を呼ぶことは不可能だった。


 隠れているところを傭兵に見つかったのならば仕方がないが、おそらく違う。傭兵はテオドールのことを『侵入者』と呼んだ。彼は危険だと承知の上で、単身乗り込んだのだ。

 身を潜めてやり過ごし、捜査局に報告することが最善だと、分かっていたはずなのに。


 ララが膝に置いた拳を握ると、ジャスパーに肩をポンっと叩かれた。


「テオは判断を間違えたわけじゃないのよ。どうしても許せない状況が目の前にあったから、出ていくしかなかった。それがあいつの正義だから」


 ジャスパーはテオドールが乗り込んだ理由を知っているようだ。

 彼が出るしかなかった状況を想像してみる。


 そもそも平和な夜であれば、傭兵が倉庫街をうろついているのは不自然だ。夜の倉庫街は昼間と対照的に人通りが少なく、静かだとイーサンが言っていた。

 見張りが必要だったということは、カルマンにとって見られたくないものを運んでいたはず。


「……攫ってきた人、ですか?」

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