第71話 捜査会議(2)

 ジャスパーの表情から、自分の考えが当たっていると分かった。

 さらわれてきた者たちが丁寧な扱いを受けていたとは考えにくい。テオドールは痛めつけられる人々を見たのだろうか。


 眉を寄せたララに向かって、ジャスパーが「ここから先はララに言いたくなかったんだけど」と前置きをした。


「いまさら秘密はナシです」

「よね。……昨日頼んだもの、持ってきてくれた?」


 ジャスパーの質問に答えるように、ララは円柱形の魔道具を机に置いた。以前フロイドたちに見せた、鉱山の一部を爆破する魔道具である。


「これがどうしたのですか?」

「鉱業が栄えてる地域の道具屋にね、カルマンが似たものを大量発注してたの。道具屋の店主は他国に輸出されるものだと思ってたみたい」


 言い方から察するに、輸出はされていないようだ。


「これ、自由に形を変えられるじゃない?」


 魔道具を掴んだジャスパーが、ぐにゃりと変形させた。途端に嫌な予感が襲ってきた。肌が粟立あわだち、呼吸が浅くなる。

 ジャスパーは暗い顔で魔道具の形を整える。そしてあろうことか、――自分の首に巻いてみせた。


 用途を理解した瞬間、世界がぼやける。


「捕らえられてる人の首にね、つけられてるらしいのよ」

「そんな……」


 堪えきれなかった嗚咽が漏れた。ララは手で顔を覆い、下を向く。


「ぅ……ぁあ……」


 実際に起動されたことがあるのかは不明だ。だが間違いなくカルマンは、魔道具を人を傷つけるために使っていた。攫ってきた者が逃げないように、爆発する首輪をつけて。


 カルマンは人の命と共に、道具を作る職人たちの誇りを踏みにじったのだ。人のために作り続けてきた、ララの心も。

 テオドールはこれを、見過ごせなかった。

 

「……つぐなわせましょう」


 喉の奥が、焼けるように痛かった。だが泣いている場合ではない。声を絞り出し、目元を乱暴に拭う。


「どうすれば、終わらせられますか」


 なんだってやろう。カルマンに罪を償わせるためならば。

 ジャスパーの新緑色の瞳を見つめて問いかけると、彼は口角を引き上げ、表情から悲しみを追い払った。


「倉庫の中を捜索して、証拠を押さえるのが確実ね。人身売買の契約書とか、顧客リストとか。一刻も早く動かなきゃならないわ。カルマンは他国に逃げようとしてるから」

「捜査しているとバレているのですか?」

「違うわよぉ、そんなヘマしないもん。逃げようとしてるのは、オルティス伯爵が原因」


 思わぬ人物の名前が出た。

 先日家に帰った時、父は「ララに頼まれたドレス手配したからね。着てくれるの楽しみだよ」と踊り出しそうなほどご機嫌だった。


「父が、何か」

「前に言ってたでしょ。『この国で商売をさせない』って。有言実行よ、恐れ入ったわ。カルマンに仕事が回らないように徹底してるの」


 知らないところで、父は復讐中だったようだ。

 呪いの噂があった時でさえ、我が家は金銭面で困ったことがない。絶えず仕事を取り続けていた。父の手腕はそれほどなのだ。


 シアーズ侯爵を含む大半の貴族がオルティス家についた以上、カルマンは手も足も出ない状態だろう。

 ミトス王国では生きていけないと考え、他国に逃げる準備をしている、ということらしい。

 

「逃げられる前に捕らえなくてはなりませんね」

「問題は倉庫の中の情報が少ないってこと。フロイドたちが巡回で見たエリアは異常がなかったらしいから、見られたくないものは別の場所に隠してるはず」

「今から情報を集めるのでは、時間がかかりますね」

「そう、だからここで」

「――俺の出番ってわけだな」


 勢いよく後ろを見ると、テオドールが立っていた。彼は整った顔にふっと笑みを浮かべる。


「倉庫の中の情報、知りたいんだろ?」

「……もしかして、覚えてきたのですか?」

「正解」


 テオドールに体を貸したララは、ペンを動かす自分の手をぽけーっと眺めていた。


(テオが仕事人間なの、忘れてた)


 数分前は真っ白だった紙に、倉庫の詳細な見取り図が描かれている。凄まじい記憶力だ。体を貸していなければ拍手を送りたい。


「地下に部屋があるのですか」

「ああ、アリの巣みたいに入り組んでる。霊体このからだじゃなかったら、調査に苦労しただろうな」

 

 地上の倉庫は表の顔。一から二十までの番号が振られた赤レンガの倉庫内には、荷物が入った木箱や樽が大量に並んでいる……ように見える。

 だが実際は、空箱が積まれただけのエリアがあるらしい。空箱の下の床は扉になっており、階段が地下へと続く。


 ララすら知らなかったカルマンの本性が、地下に眠っていた。


「攫われてきた人間は、鉄格子の牢屋に閉じ込められている」


 いつ爆発するか分からない首輪と、牢に繋ぐための足枷あしかせをはめられて。

 テオドールは淡々と説明するが、魂が触れ合っているララには彼の怒りが自分のもののように感じられた。


「牢屋の鍵はこの部屋に保管されている。魔道具の起爆スイッチはさらに進んだこっちの部屋だ」


 見取り図の内容を必死に覚えていると、ひとつだけ空白の部屋があることに気付いた。

 

「この部屋は……」

「俺が潜入した時には誰も使ってなくてな。灯りがつけられないから中の様子を確かめられなかった。だが――」


 まだ見取り図に描かれていないものがある。


「おそらくこの部屋に、人身売買の契約書がある」


 テオドールがつぶやくと、捜査官たちが小さく頷いた。契約書が手に入れば、カルマンと取引していた者も芋づる式に捕まえられる。


 必ず押収してやる、と意気込むララの手に、体から出たテオドールがそっと触れた。


「正直なところ、君を連れていきたくないと思っている」

「バカなこと言わないでください。私も捜査官です」

「俺を刺せるくらいの手練れがいるんだぞ。怖くないのか」


 ――テオドールは誰に刺されたのか。

 それはいまだに謎のままだ。あれだけ強いテオドールを死に追いやったのだから、相当腕が立つ者なのだろう。想像しただけで手が震える。


「怖いですよ」


 でも、とテオドールの指先を握った。


「あなたはこの仕事を完遂してから神の元に帰りたいと思っているはずです。願いを叶えるには、私の体を使うのが最善。それに――」

 

 指さしたのは見取り図の一部。詳細に描かれた図によると、牢の鍵と魔道具の起爆スイッチは厳重に保管されているのだ。金庫の中に。


「私にしか、開けられないではありませんか」


 足手まといになるくらいなら、行くとは言わない。だが自分にしかできないことがあるのに、逃げようとは思わない。


「あなたと一緒に戦いたいのです」


 テオドールとの別れまで、あと三日しかない。

 残りの時間は、のんびりお喋りをして過ごしたかった。二人で美味しいものを食べに行きたかった。ささやかな幸せを味わいたかった。


 だが、それすらも叶わないのならば。

 せめて隣で、戦わせてほしい。


「これが私の、愛し方なのです」


 テオドールの指に自分の指を絡ませる。すると彼は、脱力してしゃがみ込んだ。長いため息の後、


「……これ以上惚れさせて、どうするつもりなんだ」


 下を向いているが、赤い耳が丸見えだった。


「ケガはさせない。必ず守る」


 テオドールの許しを得て、ララの参加が決まった。

 倉庫捜索の目的は四つ。

 捕らえられた人々の解放。人身売買の誓約書および証拠品の押収。カルマンと彼の仲間の捕縛。テオドールの死の真相究明。


(テオが手掛けた最後の仕事。なんとしても解決しないと)


 今後についての話し合いを進め、その日の会議はお開きになった。そして――


 八月十五日、午後十一時三十分。

 静まり返った夏の夜。

 王立犯罪捜査局は、チェスター・カルマンが所有する倉庫への一斉突入を開始した――。

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