第11話 キツネリスを追いかけて(1)


 桐生さんからの挑戦状。

 この人は、ポケモンバトルの気軽さで、勝負を仕掛けてくる。生粋の 対 戦 中 毒 者 バトルジャンキーらしい。もちろん、挑戦されたら、断る選択肢はない。


「いいですよ。今度は勝たせてもらいます」

「いいねぇ。そういうところだよ」


 ちなみにボクは過去に、このゲームを結構やり込んだことがあった。その時の最高記録が何を隠そう38匹。キツネリス捕獲偏差値は55を越えているだろう。ちょっと自信ありだ。


「どっちが先にやります?」

「どっちでも」

「じゃあ、ボクから行かせてもらいます」


 そう言ってゲームを始めた。記録は34匹。久しぶりにしてはなかなかに悪くない。


「34匹ねぇ。結構やるじゃん」

「久々だったんですけど、結構いけましたね」

「オレも気合い入れないとな」

「手加減しなくていいですよ」

「もちろん」


 そう言って桐生さんはゲームを始めた。

 記録は、──38匹。

 マジなんなの、この人。


「久々だったけど、結構いけるもんだな」


 とびきり良い笑顔で言ってくる。

 煽りもなかなかだ。


「なんか悔しいんで、明日また挑戦します」

「いいね~。その負けず嫌いな感じ。せっかくだから、シンにコーチしてもらいな。アイツ、教えるのめちゃめちゃ上手いから」

「ちょっと、勝手に話を進めないでもらえる。私だって暇じゃないんだから」

「いいじゃないか。お前昔言ってたじゃん。私にもっと素早さがあったら、絶対オレに勝てるって。それをテルルにやってもらえばいいじゃね?」

「なんでよりにもよって、コイツに!」

「そういうところだよ」


 シンさんが嫌そうにしていると、からすさんが出てきた。


「それは良いですね。お互いのわだかまりを解消するのに、良い機会じゃないですか?」

「……でも」


 シンさんは嫌そうにしてから、こちらを見た。

 絶対に嫌だからなっ! って表情で伝えてきている。

 そうだろうなぁ。自分が相手の立場だったら、気持ちよく「うん」とは言えない気がする。というか、絶対に言わないと思う。

 だからボクは、自分から言った。


「桐生さんに勝ちたいので、是非教えてください」


 頭を下げた。

 それは、シンさんの気持ちを少しは変えたようだった。

 シンさんは複雑な表情を浮かべてから、ため息をひとつして、それから言った。


「そこまで言うなら。ただし、優しくはしないから」

「はいっ。よろしくお願いします」


 それを見ていた、桐生さんはニヤニヤしていて。からすさんはニコニコしていた。なぜか、ラクシュンさんが、毛虫を見るような目で見ていた。

 いずれにせよ、シンさんのコーチングを受けられることになった。


§


 キツネリス捕獲大会解散後、ボクとシンさんは、2人で特訓を始めた。


「まず聞きたいんだけど、何匹くらい捕まえられるようになりたい?」


 桐生さんに勝てるくらいだと、何匹だろう。今回が38匹だったから、最低でも40匹は必要か。


「安定して40匹オーバーくらいには」

「まぁ、妥当なところね。40匹が安定すれば、たぶん55%は勝てるようになるかな」


 55%か。

 その数字は、ほぼ互角ながら少しだけ有利、といった意味だ。本気で勝負するなら、もう少し高い数字が欲しい。けど、まずは一歩一歩だ。


「頑張ります。よろしくお願いします」

「はいはい。頑張ってね。それじゃあ最初に確認するけど。キツネリスはどうやって捕まえる?」

「え? 歩いて後ろから近づいて、捕獲します」

「凡人の答えね。それで取れるスコアは30台が限界です。40匹に到達するには別のテクニックが必要なの。さっきのゲームのなかで、桐生は何回かダッシュで近づいて捕まえていたんだけど気がついた?」

「はい。モーションがダッシュの時が何回かありました。キツネリスが反応していなかったので、ラグか何かかな、と思ったのですが」

「あれはテクニックよ。キツネリスの反応範囲のギリギリからダッシュすると初速度の関係で、2Fフレームだけ、捕獲判定が出るのよ。そこで捕まえるの」


 マジか。知らなかった。

 でも2Fフレームはなかなかシビアだ。1Fフレームが1/60秒なので、2Fフレームは1/30秒。0.03秒だ。

 違う。シビアなんじゃない。それで捕まえられることが大切だ。ボクにはまだ、自分の限界を越えられる。


「でも、桐生さんはダッシュで近づいていましたよ。範囲外ギリギリから、ダッシュをはじめないとダメなんですよね?」

「急停止を使うの。ダッシュで近づく。急停止。再ダッシュ。あとは2Fのタイミングを見極めて捕獲だけ。ね、簡単でしょ」


 伝家の宝刀「ね、簡単でしょ」。

 上級者が、激ムズテクニックをあたかも簡単そうに披露したあとに使われることば。当然、1ミリも簡単じゃない。

 それをやれと言うのか。

 ──おもしろそうだ。


「ちょっとやってみます」


 ボクは早速、実践してみた。

 やってみて分かった。全然できる気がしない。

 まず最初に、キツネリスの反応範囲が分からない。ダッシュに反応する範囲を確認するためには、ダッシュで近づかないといけない。でもそうすると、スピードが速すぎて境界線が曖昧になる。境界線ギリギリからのダッシュ。これが条件なのに、そのギリギリが、システム上分かりにくくなっている。まずはこれを何とかしないといけない。

 そんな状況を察してか、シンさんが教えてくれた。


「私が指示するから、歩いて近づいて行って。もうちょっと進んで──。行きすぎ、もうちょっと戻って──。っはいそこ!」


 ボクが言われた通りに動いて立ち止まる。


「それがギリギリ範囲外。その距離を体で覚えて」

「わかりました」


 そのあとは、距離感の練習が始まった。

 ボクが近づいて、シンさんが距離感を採点する。

 それが形になった頃には、日付が変わり、夜もだいぶ深い時間帯になっていた。


「距離感はまぁまぁね。明日も学校があるんだから、今日はここまで」

「了解です。練習に付き合って貰って、ありがとうございます」

「別に良いわ。その変わり、アイツに勝ちなさい。いい?」

「わかりました」

「はい。それじゃ、また明日」


 シンさんはそう言ってログアウトした。

 残ったボクは、キツネリスを捕えるゲームを始めた。

 新しいテクニックを身に付けた。

 それがどのくらい結果を変えるのか、見たかった。


「っよし」


 範囲外で急停止。そこから再度ダッシュ。

 捕まえられそうなタイミングで捕獲。

 失敗。もう一度。

 失敗。もう一度。

 失敗。もう一度。

 それ繰り返していくうちに、初めて成功した。

 やばい。

 楽しい。

 眠気なんか吹き飛んでしまって。

 ずっと、技術の向上とキツネリスを追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る