第12話 キツネリスを追いかけて(2)

 夜。昨日と同じ場所。

 そこには、ボクと、桐生さんと、シンさんがいた。


「ずいぶん練習したんだって?」

「あ、はい。なんか楽しくなっちゃって、やりすぎました」

「そいつはいいな。こっちも楽しみだ」

「今日は、たぶん勝ちますよ」

「いいねぇ。見せてくれよ。どれだけできるようになったのか」


 お互いの口上はここまで。

 あとは実戦で。


「3回挑戦して、捕獲数の多い方が勝ち。それでいいですね?」

「もちろん」

「それじゃあ、ボクから先でいいですか?」

「もちろん」


 ボクは軽くジャンプして、首を回した。

 準備はOK。

 それじゃあ、やってやる!

 そうして出した結果は、40匹に1匹届かない、39匹だった。

 そんなボクの前に、シンさんがやって来た。

 ため息をついて。

 髪に手櫛で、もてあそんで。

 それから声をかけた。

 

「どんだけ練習したのよ」

「シンさんに教えてもらったら、楽しくなっちゃって」

「それは良かったわね」

「はい。次は40匹オーバーを目指します」

「まぁ、アイツ次第ね」


 そう言って、桐生さんを見た。


「アイツも一緒。さっきまでバカみたいに練習してた。きっと手強いわよ」


 桐生さんはこっちの視線に気がついて、ウィンクを投げてきた。

 それから、楽しそうな表情で、ゲームを始めた。

 桐生さんは、ミスらしいミスがなかった。

 技術力を要求される捕まえ方も、つぎつぎと決めていった。

 そうして出した結果は。

 43匹だった。

 この人は本当に化け物だ。

 本当に良い笑顔で、右腕をあげる。


「どんなもんだいっ!」

「スゴすぎます」

「めっちゃ練習したからね。自己最高記録タイだ。次は自己新記録だな」


 まだまだイケる。

 言外にそういっている。

 それを聞いてボクは、やる気が上がっていくのを感じた。

 桐生さんのプレイは勉強になった。

 それを、自分でもやってみたいと思った。

 自分なら、もっとうまくやれると思った。


 2回目の挑戦。

 深呼吸をして、意識を暗い水の底に沈める。

 目の前のプレイにだけ、集中させる。


 ──ゲーム開始の合図。


 何度も繰り返してきた動き。

 桐生さんの動き。

 それらを意識しながら、ただプレイに集中した。

 好調だった。思った通りのプレイができていた。

 それに、運も味方している。

 目の前に最出現することが何度か起こった。

 その運に、心臓が揺さぶられる。

 タイミングを見計らって正確にボタンを押し続ける。

 不意に、目の前からキツネリスが消えて。

 それで、ゲーム終了を知った。

 ただただ、楽しかった。

 記録は。

 ──43匹だった。

 シンさんが目の前に来た。

 

「すみません。勝てませんでした」

「──あ。うん。そうね。次、頑張って」

「はい。ありがとうございます」


 ボクは、さっきのプレイを短く振り替える。

 そこに桐生さんが来た。


「なぁ、テルル。なんでキツネリスが出てくるところを、先読みできたんだ?」

「あれは半分パターンで半分かんです。練習をしてたら、出現場所のパターンがあるような気がして。それが結構ハマった感じです」

「……やっぱり、そうだよな。ありがとう。良いこと聞けた」


 桐生さんはそう言ってからスタート位置についた。

 桐生さん2回目。

 ゲーム開始。


 前半は動きに無駄が多かった。曲線的に動いたり、「く」の字に動いたり。とにかく無駄が多く、捕獲数が伸びなかった。

 後半で取り戻してきたがそれでも結果は36匹だった。

 それでも、桐生さんの口許は笑っていた。


 さて。

 最後の挑戦だ。

 ボクはスタート位置についた。

 ──ゲーム開始。


 ボクは持てるものをすべて使って、キツネリスを追った。

 今度は運が良くなかった。

 とにかく、再出現までの時間と距離が厳しい状況が続いた。

 それでも、最善を尽くした。

 そうして出た結果は。

 ──40匹だった。

 

 お互いの記録は、43匹で一緒。

 ただしボクの記録は確定したけど、桐生さんは最後の1回を残している。この時点で、ボクの勝利はなくなった。互角か引き分け。

 でも、そんなことどうでもよくなっていた。ただただ、桐生さんのプレイを見たい気持ちの方が大きかった。ただただ、見たかった。


「悪い。3回目は放棄するわ」


 桐生さんの一言に目をぱちくりさせた。


「……どういうことですか?」

「悪いなテルル。イケる気しかしないからさ。この1回にオールインするわ」


 桐生さんはそう言って、アイテムを取り出した。それは一時的にステータスを変化できる、超稀少レアアイテムだった。

 ポケギガは種族によってステータスが決まっている。桐生さんの狼の特徴は、全体的に高いことだ。一方、ボクのウサギは、素早さが全種族中最高の数字に設定されている。そしてその素早さは、通常移動速度にわずかに影響している。

 桐生さんはこのゲームに影響しないステータスを下げて、その分を素早さに振り替えた。ステータス変化できる最大値に。ボクと同じ素早さに。

 桐生さんは、本当に全部つぎ込んできた。


 桐生さんは軽く体を動かすと、そのままスタート位置に立った。

 その様子はもう、ゴール以外の、なにも見えていないようだった。

 ゲーム開始。

 

 桐生さんの動きは、ため息が出そうなほど、綺麗だった。

 まるで T A S ツール・アシスト・スコアアタックのような動きをして、そうしてそのままゴールを迎えた。

 結果は。

 ──51匹。

 

 ファンファーレが鳴って、50匹オーバーの証し、キツネリスが桐生さんの肩に乗った。

 桐生さんはそこで、ふぅ、と息をついた。


「いや~。できると思ったけど、できたね。よかったよかった」


 そう言って、いつもの笑顔を浮かべていた。

 ボクは桐生さんのところまで言って、握手をした。


「50匹オーバー、おめでとうございます。なんかスゴすぎて、感動しちゃいました」

「まぁ。読みが当たったのが大きかったね。それもこれも、全部テルルのおかげだ。あのパターンがあるっていうのが決め手だったからさ」


 桐生さんはそう言い終えると「あっ、そうだ」と言って、肩に乗っているキツネリスを、ボクの肩にのせた。


「サンキュ、テルル」

「そんな。これは桐生さんの」

「もらってくれよ。オレはそれ以上に嬉しかったからさ」


 そういって、桐生さんは笑顔を見せた。

 そんなに嬉しそうにされたら、あとはもう野暮だと思った。

 ボクは「ありがとうございます、大切にします」と言うと、桐生さんは嬉しそうに「うんうん」と頷いた。


「じゃ、オレはそろそろ寝るは」

 それから小声で。

「シンの相手、よろしくな」


 桐生さんはログアウトしていった。

 それからボクは、シンさんのところに行った。


「ありがとうございました。すみません。桐生さんには勝てませんでした」

「良いわよ。負けなかったら。それに最初から、どうせ無理だと思ってから。……だからちょっと、見直した」

「そう言ってもらえると嬉しいです」


 シンさんは、複雑な表情をして。

 一度深呼吸をして。

 それから。


「ごめんなさい。私、貴方達に当たってた。自分のミスを貴方達のせいにしてた。だから、──すみませんでした」

「ボクの方こそ。すみません。こんなとき、なんといったらいいのか。シンさんに嫌われていたのは、薄々わかっていましたが。でも、こうして認めてもらえてよかったです。これからもお世話になりますが。よろしくお願いします」


 ボクはそう言って、手を差し出した。

 シンさんは複雑な表情をしながら、その手をとった。


「こっから先、辛い戦いもあると思うけど。あのバカを助けてあげてね」

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