第18話 早朝の部室で

 早朝の部室は、空気が澄んで気持ちが良かった。

 いつもは賑やかな部室だけれども、誰もいない静かな空気も悪くない。

 茶がうまい。

 おにぎりもうまい。

 そうして、朝食を済ませ、時計を見た。

 7時。

 ──早く来すぎた。

 ポケギガやろう。

 スマホを取り出すと、部室の扉が開いた。

 凪先輩だ。


「えっ、めっちゃ早いじゃん。ごめんね、待たせちゃって」

「いえ、先輩より早く来ようと思って」

「なになに。対抗意識。嫌いじゃないよ、そういうの」

「で、今日はどんな用件ですか?」

「挨拶だよ。短い間だけど、よろしくな。ゆる集盟主殿」

「あっ、はい。よろしくお願いします。で、用件はなんですか?」

「せっかちだな。こっちにも心の準備ってものがあんだよ」


 ──心の準備、だと!?


「なんですか、心の準備って。急に怖くなってきたんですけど」

「怖い話ではない。真面目な話ってだけだ」

「先輩が真面目な話って。すみません。正座してもいいでしょうか?」

「おう。ちゃんと靴脱いで座れよ」


 ボクは靴を脱いで、パイプ椅子に正座した。


「準備できました。よろしくお願いします」

「まぁ、まだ先の話なんだがな。誰にも言わずに、輝の心のなかにとどめておいて欲しい。今晩くらいには、蓮華はトウカン地方を一掃する。そうすれば、全国統一まで一直線だ。──問題はその後だ。話は紗儚から聞いてる。輝はゆる集は前盟主が失踪して、それで輝が盟主をやっているって。それでさ、次のシーズン。ゆる集はどうするつもりだ?」

「そうですね。前盟主のシシさんが戻ってくれば、ボクはまた平に戻って、楽しむつもりです」

「戻ってこなかったら?」

「あんまり考えていませんが。のんびりだと思いますよ。のんびり内政をして、あとは戦いたくなたったら、傭兵同盟として戦線に参加する。そんな感じになるとおもいますよ」

「──蓮華に来ないか?」

「お気持ちは嬉しいですが、遠慮します」

「悪い、言い方が良くなかった。蓮華と合併しないか?」

「……。話がキナ臭いんですが」

「オレはさ、輝を気に入っている。お前はたぶん、やれるヤツだ。だから教える。ここだけの秘密の話だ。蓮華は全国統一をしたら。──今季で解散する」

「解散するんですか!?」

「ああ。私たちももう3年生だ。やることがあるんだよ。ゲームをやめる訳じゃないが、もう大同盟を維持できるほどの時間は割けない。だから解散する」

「そんな。蓮華は良い同盟ですよ。解散なんて、もったいない」


 それを聞いて、凪先輩は目を細めた。


「やっぱり輝に話してよかったよ。オレもそうおもってる。解散するにも労力がかかる。移籍の話をつけたり、そもそも蓮華に思い入れのあるやつもいる。なにより一番、私が解散させたくない。だとすれば、誰かに渡せるのが一番だ」

「渡すって。だから合併ですか?」

「そうだ。次シーズン、蓮華の運営に回ってほしい。対価は名前だ。蓮華白夜の半分をやる。蓮華集でも、ゆる蓮華でもなんでもいい。悪い話じゃないだろ?」

「……あー。ちょっと待ってください。整理したいです」


 そんな大切な話。本来なら、紗儚先輩が出てくるはずだ。

 それなのに、なぜ凪先輩が?

 そういえば昨日の夜。からすさんは、桐生さんに同盟を預けると言った。それは、ボクの思っていた以上に、大きな意味があったのかもしれない。


「──もしかして、なんですけど。紗儚先輩と真心先輩が、同盟を解散肯定派で。でも、凪先輩は解散否定派で。だから、こうしてボクに話をしに来ている、ということですか?」

「冴えてるじゃん。やっぱり、オレの見立ては悪くなかったな。おおよそ、その通りだよ。正確にいうと、真心は迷ってて、紗儚は解散させたい。オレは続けたい。三者三様なんだ」

「つまり。凪先輩のために、ボクに使われろって。そういうことですね」


 凪先輩は、ボクをまっすぐ見て言った。


「そうだよ」


 悪い話じゃない。ゆる集の名前を残しつつ、蓮華白夜の大戦力が手にはいる。今後の活動にも幅が出る。全国統一までは難しいにせよ、世界サーバーでの1位争いには絡めるだろう。蓮華白夜ほどの大戦力を、思うようにできるのは、盟主をやった人間なら、憧れる状況だ。

 でも。

 今のゆる集はなくなる。

 のんびりした雰囲気ではなくなるだろう。

 良いところも悪いところもある。そういう話だ。


「別に、直ぐに決めなきゃいけない話ではないですよね?」

「ああ。返事は早く欲しいがな」

「わかりました。同盟員にそれとなく聞いて、その上で返事をしますよ」

「そうしてくれ。あと、これはお願いなんだが」

「なんでしょうか?」

「輝にはガンガン働いてもらうつもりだから。よろしくな」


 そういって、凪先輩は拳をつきだす。

 ボクは、しぶしぶ、拳を合わせた。

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