第9話 関所陥落

 関所の攻略は2段階にわかれている。

 1段階目が、城に配置されているNPCと呼ばれる守備軍の殲滅。そして2段階目が、関所の耐久値を減らして0にすること。

 その第1段階が始まっていた。

 覇国天武の攻撃で、20体のNPCが次々に倒されていく。


「敵の数は20ですね。思ったより多いです。敵の本命はこちらでしたね」

大当たりビンゴだね。でも敵の数が20って。防ぎきれる?」

「殲滅部隊は10人っぽいです。その殲滅部隊が、NPCの殲滅後に何人残っているか、によりますね。5だったらイージー。6だったらノーマル。7だったらハード。8はエクストラです。7人あたりからは、正直言って危ないです。最悪の場合、関所を落とされて、突破されるのも覚悟しないといけません」

「でも、ラクシュンなら、なんとかしてくれるでしょ」


 ボクはラクシュンを見た。

 ラクシュンはこちらを見ずに、ずっと相手を観察している。

 

「すみません。今回ばかりは自信がありません。もし相手が8人残っていたら、覚悟はしておいてください」


 そういいながら、ラクシュンは戦闘状況を確認している。NPC守備兵が5人を切ったところで、敵はまだ9人残っている。


「精鋭部隊だったみたいだ。ラクシュンの予想が、えげつないくらい当たってる」

「……いいえ。想像以上でした」


 ラクシュンの目が細くなる。

 そこには、この状況を読みきれなかった悔しさがにじんでいるようだった。


「大丈夫。ボクたちは強いから。ラクシュンは仕事をした。だからボクも、盟主として、やるべきことをやる」


 同盟チャットを開いた。


テルル:敵の攻撃が始まりました

テルル:どうやら相手は精鋭部隊です

テルル:ちょっと厳しそうな戦いです

テルル:でも、勝ちたいし、勝てると思ってる

テルル:精鋭部隊だからこそ

テルル:全員ぶっ潰して

テルル:ゆる集の強さを証明したい

テルル:だから。みんなよろしく!

ふう:りょ!

テル:久々に楽しめそう

速水:まかセロリ(๑•̀ㅂ•́)و✧


 みんなの反応がいい。

 士気は十分だった。


「じゃあ、ラクシュン。どのタイミングで仕掛ける?」

「守備軍が全滅後です。攻城に特化した敵が攻撃を始めたら、その敵を狙って叩きます。難易度はどうやらエクストラになりそうですが、攻城要員をうまく潰せれば応援が来るまでの時間が稼げます。それができれば、防衛は成功です」

「了解。全力でやっちゃうよ」

「──そろそろ行きますよ。さん。にー。いちっ!」


 ラクシュンの掛け声に合わせて、同盟チャットに書き込みをする。


テルル:全軍、突撃ー!

テルル:最初は攻城要員を集中的に狙って

ふく:うぉー

アル:いくぞー

速水:エイエイオー٩(´ω` ) و


 真っ先に飛び出した矛盾コンビが、敵の無防備な攻城要員を次々に吹き飛ばした。


「よし。狙いバッチリ!」

「気を緩めないでください。殲滅要員が来ます。相手は大同盟の精鋭部隊です。今までの敵の比じゃないですっ!」


ふく:敵、強い人来たよ!

アル:敵が邪魔で、攻城要員を叩けない

アル:どうする?

ふく:このひと、連続撃破数15だ!

ふく:戦ってみたい!

テルル:了解。攻城要員はボクたち三人でやる

テルル:二人は殲滅要員の撃破をお願い

アル:了解!

ふく:りょ!


 殲滅要員と攻城要員を別々に攻める作戦は功を奏した。

 ヒット&アウェイ。

 攻撃したら引いて、隙を見て攻撃して。チクチクとした攻撃を繰り返して、殲滅要員を撹乱し散らしながら、攻城要員を一人ずつ減らしていく。そうして、攻城要員の残りは3人になっていた。


 でも殲滅要員の方は旗色が悪い。矛盾コンビは連続撃破数15の敵に苦戦していた。残り4人から、全然減らない。むしろ、矛盾コンビ2人が危ないくらいだった。

 できるだけ早く。一秒でも早く。目標はいつの間にか、焦りに変わっていた。残りの攻城要員に攻撃を仕掛けようと思ったところで、速水さんが殲滅要員の1人に捕まった。それを見て、一瞬迷ってしまった。その一瞬の後に、ラクシュンが別の殲滅要員に捕まってしまった。


 ボク一人だけが残った。

 殲滅要員に、ボク一人で勝てるだろうか。

 いや、勝てるかどうかじゃない。

 関所と仲間。どちらを取るのか。だ。

 別に体力HPを0にされても、死ぬ訳じゃない。待機時間のあと、リスタート地点で復活する。死のデメリットが極端に小さいゲームのなかでは、捕まった2人は人質でもなんでもない。

 でも、仲間だ。

 目の前の仲間を助けないのは、たまらなく嫌だった。


「っ盟主! 行ってください!」


 ラクシュンの声に、背中を押される。

 足を動かす。

 やりたいなら、やればいい。

 仲間の元・・・・に走り出す。

 その直後に、後ろから命令された。


「止まれ」


 不意の声に、無意識に体が止まってしまった。

 後ろを振り向いて、声の主を確認する。

 そこには、真っ白な8頭身のイタチが、立っていた。

 

 名前は det 。

 そして、その名前の上に称号がついている。

 覇国天武盟主。


 ──嘘でしょ。盟主みずから!?


「君があの、ゆる集の盟主か。5人ぽっちの同盟にしては、戦いを良く理解している。良い軍師がついてるらしいな。良い軍師は千金あっても得難いものだ。大切にしろ」


 なぜだろう。

 その言葉に、胸の内側がざわついて、ささくれ立つ。

 思わず、言い返してしまう。


「別に、軍師だから大切にするわけじゃない。仲間だからだ」

「なるほどな。盟主は三流以下だ。せっかくだから教えてやろう。同盟に仲間なんていない。いるのは兵士だけだ。盟主の役割は、お前の大切にしている仲間とやらに『俺のために死ね』と言うことだ。仲良しをやりたいなら、今すぐ盟主をやめろ。それがお前の大切にする仲間とやらのためだ」


 その言葉を聞いて分かった。

 ボクはこいつの考えが嫌いだ。

 仲間を自分の手足だと、そう勘違いするヤツは。

 大嫌いだ。


「じゃあ、今ボクがその盟主様を攻撃したら、ボクの仲間を捕まえている二人は、助けてくれるんですかねぇ?」

「ウサギを狩るのに、助けがいると思うのか?」


 ……。

 いや、わかるよ。安い挑発だって。

 でも、本当にイライラする奴だ。

 ありったけのスピードで、一発ぶん殴ってやりたい。

 そう思っていると、ラクシュンの声が聞こえた。


「盟主。絶っ対に落ち着いてくださいね。今下手に動けば機を逃します。だからお願いです。絶対に突っ込まないでくださいっ!」

「ゴメン。あの自信満々の英雄面に一発ぶちこむ誘惑に、勝てそうにない」

「それ、本気で言ってますか?」

「わりとガチ」

「やりたいなら、できますよ。ただし、私も速水さんも、その瞬間にやられると思いますが。それでもその方法を知りたいですか?」


 ボクは口をへの字に曲げた。


「それじゃあ、あいつと同じじゃん」

「そういうことですよ。盟主がやりたいならできます。選んでください。一発入れるか。我慢するか」


 そんなこと言われたら。

 もう選択肢はない。

 ボクは握った拳をほどいた。


「……ラクシュン、マジ優秀」

「でしょ」


 それを見た det は、鼻で笑った。


「実に優秀な軍師と、実に間抜けた盟主だ。ラクシュンといったか。こちらに来ないか? 参謀の席を空けるが」


「──お断りします」ラクシュンは目を細めて言った。

「だろうね」det は半笑いで返す。


「ではこういうのはどうだろう。君がこっちへ来れば、関所は諦めよう。だが、来ないようであれば、この場で全員を戦闘不能にする。その上で、ホクトウ地方を侵攻する。お前達の主城もろとも、ホクトウ地方を焼き付くす。これは約束だ。約束は守るよ」


 ラクシュンは、歯噛みをして。

 それから、こちらを見た。


「──盟主。預けてもいいですか?」


 ボクはうなずいて返す。


「ではテルルくん。どうする?」


 ボクは握りこぶしをつくって、親指をたてた。

 それを思いっきり地面に向けてやった。


「もちろん、NOだ!」


 それは det への返答であり、二人への合図だった。

 矛盾コンビが影から飛び出して、ラクシュンと速水さんを捕られているヤツを速やかに倒した。ふくっちとアルルが戻ってきて、ラクシュンと速水さんが解放された。ゆる集、全員集合だ。

 同盟チャットでコソコソやっていて良かった。気付かれる前に、最高のタイミングで仕掛けることができた。


「なるほどな。殲滅要員も優秀だということか。盟主だけが三流なのが、ますます惜しい。まぁ、いずれ盟主に、愛想を尽かすだろう」


 そういうと det はつまらなさそうに鼻をならした。

 不意にシステムが世界ワールドチャットに案内が出た。


システム:同盟覇国天武がチュウキ地方とホクトウ地方を結ぶ関所を攻撃。

システム:覇国天武は関所を制圧しました。


「さて、関所の攻略は成った。成果は十分、今回は引くとしよう。時期に状況が一変する。精々あがけ」


 そう言って、 det は引き上げていった。

 最後の言葉の意味を、ラクシュンに聞いた。


「状況が一変する、とか言ってたけど。あれなに?」

「簡単ですよ」


 ラクシュンは、ふん、と鼻を鳴らして言った。


「捨て台詞ってヤツです」

「ああ、なるほど。本物をはじめて聞いた」

「そんなことより、ここでの戦いは終わりました。早速ですが、主戦場に向かいましょう」


 主戦場では、押しつ、押されつされていた。

 ボクたちが参戦し攻撃を仕掛けた。それは大きな力ではなかったけれども、蟻の開けた穴になった。あとはもう、蟻の穴から堤も崩れる。のことわざの通りだった。

 敵戦線は総崩れして、蓮華白夜はトウカン地方の北側を制圧した。

 

 これで蓮華白夜、ゆる集連合軍は戦線を押し上げて、形勢を五分五分まで戻した。

 あと少しだ。

 トウカン地方と、チュウキ地方を制圧すれば、覇国天武は降伏する。

 ゴールが見えた感じがした。

 あと、もう少しだ。

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