第7話 選択
火薬庫での花火大会をするときの正しい手順。
まず最初に、一番エライ人を煽りましょう。
「からすさんの好意、感謝致します。ですが、大同盟の盟主としては、ずいぶんお粗末な話ですね」
盟主、宰相。共に動かず。
でも、参謀に反応あり。
声こそ出さなかったものの、今にも噛み殺しにきそうな顔をしている。
う~ん。いいぞ。
まだ行けるな。
もうちょっと煽ろう。
「もっと簡単で、もっと両者に利のある方法がありますが、お聞きになりますか?」
そう言い終わると、参謀が顔を真っ赤にして大声を出した。
「弱小同盟が、調子になるなっ!」
少しの静寂。
それから、からすさんが口を開いた。
「シン。訂正してお詫びしろ」
「ですがっ!」
「では選べ。私に従うか、私の顔に泥を塗ったまま、今すぐ出ていくか」
「ですが……」
最悪な空気だ。
悪いことはしてないけど、なんか申し訳ない。
カボチャのスープみたいな、どろどろとした空気を変えたのは、宰相の桐生さんだった。
「悪い、テルル。シンに変わって謝るよ。許しちゃくれないか?」
友達に言うみたいにフランクだ。
でも、考えられているのが分かる。
敬称なしの呼び捨て。それで、こちらの非礼を手打ちにした。その上で、頭を下げてきた。敵対する相手に謝ることは難しい。自分に立場があればなおさら。なのに、この宰相はそれを、やって見せた。
大同盟の宰相だ。器が違う。
そういった態度で出られたら、こちらもトゲトゲをしまうしかない。
「こちらこそ、誤解されるような言い回しだったかもしれません。申し訳ありませんでした」
桐生さんは笑顔で「うんうん」頷いた。
「オレはテルルの話を聞いてみたい。簡単で両方に利があるなら、そっちの方が良いに決まってる。ぜひ聞かせてくれよ」
呼び捨ては、戦略ではなく、素だったみたいだ。
この人はちょっと分からない。
今も、なんだか楽しそうだ。
「共闘です。蓮華白夜がつくる国家の傘下に加えてもらえれば、機能的には同盟に加入したのと同じことになります。ボクたちは今まで通り活動できる。そちらは、機能を使うだけ、ワンクリックで戦力が増える。お互いに利のあることではないですか?」
からすさんは口を開いた。
「もちろんそれも考えた。だが、情報共有の点でデメリットがメリットを上回る」
「どんなデメリットが?」
「──質問を、質問で返そう。それを聞くことに、どれほどの意味がある?」
う~ん。ダメか。
本筋から外れようとすると、すぐに見抜かれてしまう。
やっぱり、大同盟の盟主だけある。
論点をずらして、本題を
そんなことを考えていると、向こうからの攻撃が来た。
「君の選択は2つ。私たちと来るか、私たちに潰されるか。それ以外はない」
そう。これが向こうの最大の武器。
力を背景にした、誤った2択。
できればこれを突破したい。
ここが踏ん張りどころだ。
「選択肢、狭めてくるじゃないですか。それ以外の選択肢はそちらにとって、そんなに都合が悪いんですか?」
その挑発に、からすさんは溜め息をついた。
「君は一体。何をしている?」
「お互いのベストを探っています。今のままじゃ、まるで囚人のジレンマですよ。互いが自分の利益だけを追って、そうして結局お互いに不利益な結果になる。両者で歩み寄りがあれば、利益を最大化できる。それはそちらも、分かっているはずです。ですから、無礼を承知の上で。互いの最大利益になるように、そのための糸口をさがしています」
「だから、共闘を提案している。と」
「はい」
からすさんは、小さく笑った。
それから冷徹に言い放つ。
「それは過大な要求だよ。テルル君。このままではただただ平行線になりそうだからね。ハッキリ言おう。君の返事は2つに1つだ。「はい」か「よろこんで」。それ以外の発言は、すべて、交渉決裂として受けとる」
ダメだ。
強行策で来られたら、もうどうしようもない。
力はすべてだ。
力とはそういうものだ。
どんな無茶な要求でも通せる魔法の鍵。
からすさんはそれを、交渉のテーブルに乗せた。
ボクはため息をついた。
できることはすべてやった。
それでこの結果なら、仕方ない。
ボクは、ラクシュンに合図を送った。
ラクシュンは頷き、口を開いた。
「蓮華白夜盟主、からす様に問います。戦いで勝つために必要な、たったひとつのことをご存じでしょうか?」
「くどいっ!」
からすさんの一喝に、ラクシュンは怯まない。
そのまま、続ける。
「準備です。すべての物事は準備の結果です。からす様は、十分な準備をしてくださったことに感じ入りました」
ラクシュンは、からすさんをまっすぐ見て、その言葉を言った。
「でも、てんでダメです。ゆる集を50人規模と同程度だと。そこが誤りです。いまこの瞬間においては、私たちは蓮華白夜と同等です」
からすさんの口がつり上がる。
それから。
楽しくて、楽しくて、仕方なさそうに、歪む。
「そちらの軍師は、ずいぶん大きなことをいうのだな。その軍師に免じて、最後のチャンスをやろう。それが壮言大語でないことを、今すぐ示してみせろ」
ラクシュンは頭を下げてこちらを見た。
仕上げは盟主が。
そういっていた。
「わかりました。今この場で、ゆる集は蓮華白夜に宣戦を布告します」
次の瞬間。からすさんは、嬉しそうに笑った。
「おもしろい。自分達から、潰されに来るか」
「いいえ。この戦いで勝つのはボクたちです。ボクたちの準備は功を奏しました。からす盟主本城の近くに、攻城値が500オーバーの兵を待機させています」
そういって、速水さんの個人チャットに連絡をした。
速水さんは隠密行動のスキルを解いて、姿を表した。
それを確認して、ボクは続ける。
「蓮華白夜の部隊はすべて、戦場に出払っていますね。今この場で、私が攻城を指示すればそれで蓮華白夜は陥落します。この
からすさんと視線が交錯する。
その目に動揺はなかった。
ビビったら負け。
そうとはわかっていても、動揺を隠すのは難しい。
この人は本当に、胆が据わっている。
「忍び、か。対策はしていたのだがな。シン、どうなっている?」
「わかりません。対策は完璧のはずです。どうやってそこまで来たのか、……全くわかりません」
「シンがそういうのなら、そうなのだろう。実に優秀な部下を持っているようだな。実に愉快だ」
そういって、パン、パンと、手を打った。
「この状況を作った事に敬意を表する。ではゆる集盟主、テルル殿。やってみるかい? 君は私に守備部隊はいないといったが、本当にそうかな? もし私に守備部隊がいれば、私は陥落しない。それどころか、君の同盟がなくなるぞ。0か100か、だ。引き金は君が引ける。改めて聞こう。その引き金を引く覚悟は、君にはあるか?」
プレッシャーをかけてくる。
動揺を見せなかったことが、ここで活きてくるのか。
動揺していないのは、備えがあるから。
そう、思わせるため。
なるほど。
でも、そんなの関係ない。
「勘違いしていませんか?」
ボクの勝ちだ。
「攻撃する意思なんて、最初からないですよ。こちらの目的は共闘です。そのために、力を示せ、といわれました。だから示しました。蓮華白夜に勝つことは目的ではありません」
そう。力を示すだけ。
そしてそれは成った。
ボクたちは要求されたことをした。
すでに勝負はついている。
「もし、君の一言で、世界を変えれる力が手に入るとしても、君はそれをしないのかい?」
「ええ。興味ありませんから」
その言葉に、桐生さんが笑った。
「なぁなぁ、これさ、もう合格でいいだろ?」
からすさんも少し笑って続ける。
「桐生がそういうのであれば、聞かざるを得ないね。わかった。我々蓮華白夜はゆる集と共闘の道を選ぶ。これからはパートナーだ」
そういって、からすさんは手を差し出した。
ボクは目をぱちくりさせた。
あっという間に話が進んで、そして終わっていた。
まぁ、でも。
目的は達成できたのか。
ボクはからすさんの手を、しっかりと握った。
ちょっと残ったモヤモヤは、ラクシュンが答え合わせをしてくれた。
ラクシュンは最初に、からすさんに深々と礼をし、その次に桐生さんに頭を下げた。
そうして、言った。
「お口添え、感謝致します」
「君は、ラクシュンだっけ。こっちに挨拶をしにきたってことは、本当は見抜いていたわけだ。なかなかの軍師だね。その力でテルルを支えてやってくれよ」
二人の会話に、ボクは割って入った。
「どういうことですか?」
「からすさんの本城には守備兵がいます。桐生さんの部隊です」
「守備部隊、置いてたんですか……」
「ああ。テルルだったら、なにかやってくれそうな気がしてな。念のために配置しといた」
そこに、からすさんが言った。
「桐生の勘は、よく当たるから」
「へへ~ん。そっちが攻撃を選んでいたら、こっちも全力で潰したけどな。ウチに勝つことが目的じゃない、ってのはなかなかよかったぜ」
つまりは、あれか。
最初から勝ち目はなかったわけだ。
手のひらで踊らされつつ、それでもなんとか最善を引き出せた。
あれ。
もしかして。
「ラクシュン。もしかして、最初から知ってた?」
「──可能性は考えていました。あくまで可能性ですし、こちらではどうすることもできないので、黙っていました」
「……ありがとう。教えられていたら、あんな自信満々に交渉なんてできなかった」
なにはともあれ、よかった、よかった。
そう思って胸を撫で下ろす。
いや、まだだ。
最後の大問題が残っている。
シンさんだ。
今にも飛びかかって噛みついてきそな表情をしている。
間違いなく、怒っている。
「なんかさ、シンさんの恨みかっちゃった?」
「面子潰されたんですから、当たり前じゃないですか。参謀の恨みをかったんですから、楽しいたのしい共闘になること、間違いなしですよ♪」
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