第5話 生徒会室で
生徒会室。
そこはまるで、「ヤ」のつく自営業の事務所のような有り様だった。
長机で作られた長方形。その奥に、座っているのは生徒会長。
左手奥には、書記の
ボクの後ろに
なんだろう。生きて帰れる気がしない。
「急におよびだてしてしまい、申し訳ありません。コミュニケーション研究部、部長の新堂輝さん、ですね。現在、各部活動に活動報告の提出を確認していたのですが、そちらの報告書が提出されていなかったため、確認でお呼びしました」
そんな報告書の提出が必要なんて、聞いたことがなかった。きっと古賀先生の教え忘れだろう。ちゃんと働いてほしい。
「それはすみませんでした。すぐに提出します」
「期限がありますので。今この場で記録を作成します。いくつか質問しますので、お答えください」
なにそれ?
この場で作成?
聞き取り?
そんなこと普通しないでしょ。
それをわざわざって。そこはかとなく、ヤバそうな気配がする。
怖い。
「この報告書は、どういった目的で使われるものですか?」
その質問に、紗儚先輩は目を細めて口の端をあげた。
「適切な活動を行っている部に、適切な活動費を分配するため。そのために、活動内容を確認しています。もちろん、その逆もあります。不適切な活動を行っている部活動であれば、整理する場合もあります」
しっかりヤバイやつだった。
しかも、この反応から予想するに、当たりをつけられているみたいだ。
つまりこれは、部の存続をかけた口頭試問だ。
こんなにも明確な殺意って、あるだろうか。
ボクにかわしきれるだろうか?
そんなビビり散らかしているボクに、ラクシュンの言葉が浮かんだ。
──勝ち負けよりも、譲れないもののために戦っていましたよ
そうだった。
ボクはこの部が好きだ。
だから戦うんだ。
それでも、戦える。
ゲームでできたんだ。
「お手数お掛けします。よろしくおねがいします」
紗儚先輩は笑った。
まるで、それを待っていた、とでも言うように。
「真心、筆記を。では、始めます」
「まずは、コミュニケーション研究部の部活内容をお教えください」
「日常での円滑で有意義なコミュニケーションを目的に日々の活動しています。主に非言語コミュニケーションについての研究を、ゲームという
「具体的な活動内容は?」
「将棋をはじめ。国際大会もあるチェス、コントラクトブリッジ、ボードゲームなど。色々なものに取り組んでいます」
「Wi-Fiが設置されているようですが、webを使った活動も?」
「はい。安全性を確認した上で、さまざまな人との交流を目的に使用しています」
「具体的には?」
なんだろう。ずいぶん切り込んでくるな。
ってことは、ここが最初の勝負どころか。
どうしようもなく、ありきたりな現実を。
全力で、美辞麗句に置き換える!
「たとえば人狼というゲーム。これは多人数でコミュニケーションをしながら、隠れた敵をあぶり出すゲームです。このゲームは、初めて会う人たち、そしてある程度の人数で行うほうが、ゲームの本質に触れられやすい構造になっています。そういったゲームを行う場合に、webを利用します」
「わかりました。では、そのゲームから学んだことをお願いします」
このリアクションは、悪くないっぽい。
ただ油断は禁物だ。
キツく締めた後に緩める。
相手のミスを誘う手段のひとつだ。
まだ気をついてはいけない。
そのうえで、一発かます。
本音でかます。
「人間の本質です。学校では道徳が教えられますが、ゲームでは人間の本質が学べます。談合、根回し、裏切り。時には握手をしたその手で、相手の首を絞めることだってあります。勝つためならなんでもしてきます。ゲームなので。だからこそ、そこに本質が出ます。多様性やさまざまな価値観、それらを身をもって実感できました」
真心先輩のシャープペンの芯が、音をたてて折れた。
真心先輩の小さな声「失礼しました」。それから、シャープペンのノック音が響いた。
紗儚先輩はそれを、「ふふ」と笑った。
「人間の本質、ですか。興味深いですね。それが壮言大語でないといいのですが」
紗儚先輩の否定的な発言に、風向きが変わったことを感じる。
不意に水溜まりに、片足を突っ込んだような、ちょっと嫌な感覚だ。
たぶん、大きな言葉を使いすぎて、逆に中身が小さいのだと思われたのかもしれない。うまく伝わっていない感じがする。
でも、修正する気はない。全部、本当のことだ。
だから、あとはもう──。
全力で踏み抜くっ!
「ええ。少し言葉が大きいと感じられたかもしれません。でも、
「それはそれは。是非教えていただきたいです。できれば、輝さんの言葉が実感できるような、とびきりのタイトルを」
紗儚先輩が遊びに来た。
相手の話に乗っかることで、気持ちを良くさせる。話す側は気持ち良くなったら最後だ、あとは要らないことでも、自分勝手に喋ってしまう。
相手の感情を攻めるやり方は、エグみを感じる。
紗儚先輩に乗せられないように、自分を観察しながら話す。
「ポケット鳥獣戯画、日本を舞台にした陣取りゲームです」
「そのゲームは、人間の本質を学べるのですか?」
「はい。紗儚生徒会長ならきっと、人間の本質を知った上で、たぶん全国で一番の規模の大きい集団を作れますよ」
真心先輩のシャープペンの芯が折れて、凪先輩はけらけらとした笑い出した。
「凪。失礼です」
「悪い、わるい。でもさ、言ってることがあんまりにも面白いから」
「そんなに、変なことを言いましたか?」
「いや。全然変じゃない。面白かっただけだから」
そういって、凪先輩はまた笑い出した。
「凪に変わって、謝ります。あの子のツボはちょっと変なんです」
「はぁ」
「活動内容はわかりました。おおむね、昨年と同じような形ですね」
「昨年はまだ、私は高校に入学していないのでわかりませんが」
「私たちでは把握しています。私たちの部でしたから」
「えっ?」
えっ?
……っえ?
「え?」
「ここにいる3人は、元コミュニケーション研究部の部員です」
いったい、なんの話をしているのだろう。
頭が状況についていけずに、ポカンとしていると、凪先輩の声がした。
「部室の電気ポット、私のヤツだったんだからな。つまりお前たちは、オレの可愛い後輩だったわけだ。わかったか輝。わかったら焼きそばパン買って来いよ」
急にフランクになりすぎだろ。この先輩。
「じゃあ、部活動の方は……」
「この活動内容であれば、問題はありませんね。このまま続けて貰って、結構です」
ほっとした。
それからやっとすべてを理解した。
本当に、遊ばれただけだった。
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
「ええ。どうぞ」
「なんでこんな茶番を?」
「今年の部長は、どんな後輩なのか。いいえ。輝君が、どんな人柄なのか。それを知りたかったからですよ」
「よくわからないのですが、そうなんですね」
「ええ。そうです。輝くんも先輩になったら、きっとわかりますよ」
なんか、釈然としない。
でもまぁ。部の存続について、生徒会からお墨付きが出たと考えれば、悪くないか。そう、自分を納得させた。
「では、
──なぜそんなことを聞くのだろう。
ボクにはそう、不思議に思えた。
紗儚先輩の目を見た。
その瞳には、興味の光が浮かんでいる。
「戦っていたと思います。色々な理由をつけたり、言葉の端々からつつけるところをつついたりして。お互いに利益の無い消耗戦に持ち込んで、手を引いてくれるのを待つとおもいます」
「──それは、とても素敵ですね」
紗儚先輩の最後の言葉は、得たいの知れないものを感じさせた。
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