第5話 生徒会室で

 生徒会室。

 そこはまるで、「ヤ」のつく自営業の事務所のような有り様だった。

 八百屋やおやかな? 八百屋やおやじゃないよヤクザだよ。

 長机で作られた長方形。その奥に、座っているのは生徒会長。蓮乗寺れんじょうじ紗儚さくら先輩。誠実実直でユーモアのある、人気の高い生徒会長だった。でも、ボクはあまり好きではなかった。紗儚先輩は、あまりにも「ひとたらし」すぎる。人をもてあそぶ才能。ボクにはそれが、あまり好きではなかった。

 左手奥には、書記の小早川さおとめ真心まこ先輩。一度だけこちらを見て、あとはずっと手元のノートを見ている。

 ボクの後ろにいぬいなぎ先輩。出入り口の前に立って、ニコニコしている。前後完全包囲の体制。

 なんだろう。生きて帰れる気がしない。


「急におよびだてしてしまい、申し訳ありません。コミュニケーション研究部、部長の新堂輝さん、ですね。現在、各部活動に活動報告の提出を確認していたのですが、そちらの報告書が提出されていなかったため、確認でお呼びしました」


 そんな報告書の提出が必要なんて、聞いたことがなかった。きっと古賀先生の教え忘れだろう。ちゃんと働いてほしい。


「それはすみませんでした。すぐに提出します」

「期限がありますので。今この場で記録を作成します。いくつか質問しますので、お答えください」


 なにそれ?

 この場で作成?

 聞き取り?

 そんなこと普通しないでしょ。

 それをわざわざって。そこはかとなく、ヤバそうな気配がする。 

 怖い。


「この報告書は、どういった目的で使われるものですか?」


 その質問に、紗儚先輩は目を細めて口の端をあげた。


「適切な活動を行っている部に、適切な活動費を分配するため。そのために、活動内容を確認しています。もちろん、その逆もあります。不適切な活動を行っている部活動であれば、整理する場合もあります」


 しっかりヤバイやつだった。

 しかも、この反応から予想するに、当たりをつけられているみたいだ。

 つまりこれは、部の存続をかけた口頭試問だ。

 こんなにも明確な殺意って、あるだろうか。

 ボクにかわしきれるだろうか?

 そんなビビり散らかしているボクに、ラクシュンの言葉が浮かんだ。


 ──勝ち負けよりも、譲れないもののために戦っていましたよ


 そうだった。

 ボクはこの部が好きだ。

 だから戦うんだ。

 現実リアルに、有能な軍師はいない。

 それでも、戦える。

 ゲームでできたんだ。現実リアルでも、きっとできる。


「お手数お掛けします。よろしくおねがいします」


 紗儚先輩は笑った。

 まるで、それを待っていた、とでも言うように。


「真心、筆記を。では、始めます」

「まずは、コミュニケーション研究部の部活内容をお教えください」

「日常での円滑で有意義なコミュニケーションを目的に日々の活動しています。主に非言語コミュニケーションについての研究を、ゲームという道具ツール補助線サポーターに使って、行っています。状況判断、戦術や戦略の構築、他者目線。そういった、自他の利益の調整の、手段や方法を学んでいます」

「具体的な活動内容は?」

「将棋をはじめ。国際大会もあるチェス、コントラクトブリッジ、ボードゲームなど。色々なものに取り組んでいます」

「Wi-Fiが設置されているようですが、webを使った活動も?」

「はい。安全性を確認した上で、さまざまな人との交流を目的に使用しています」

「具体的には?」


 なんだろう。ずいぶん切り込んでくるな。

 ってことは、ここが最初の勝負どころか。

 どうしようもなく、ありきたりな現実を。

 全力で、美辞麗句に置き換える!


「たとえば人狼というゲーム。これは多人数でコミュニケーションをしながら、隠れた敵をあぶり出すゲームです。このゲームは、初めて会う人たち、そしてある程度の人数で行うほうが、ゲームの本質に触れられやすい構造になっています。そういったゲームを行う場合に、webを利用します」

「わかりました。では、そのゲームから学んだことをお願いします」


 このリアクションは、悪くないっぽい。

 ただ油断は禁物だ。

 キツく締めた後に緩める。

 相手のミスを誘う手段のひとつだ。

 まだ気をついてはいけない。

 そのうえで、一発かます。

 本音でかます。


「人間の本質です。学校では道徳が教えられますが、ゲームでは人間の本質が学べます。談合、根回し、裏切り。時には握手をしたその手で、相手の首を絞めることだってあります。勝つためならなんでもしてきます。。だからこそ、そこに本質が出ます。多様性やさまざまな価値観、それらを身をもって実感できました」


 真心先輩のシャープペンの芯が、音をたてて折れた。

 真心先輩の小さな声「失礼しました」。それから、シャープペンのノック音が響いた。

 紗儚先輩はそれを、「ふふ」と笑った。


「人間の本質、ですか。興味深いですね。それが壮言大語でないといいのですが」


 紗儚先輩の否定的な発言に、風向きが変わったことを感じる。

 不意に水溜まりに、片足を突っ込んだような、ちょっと嫌な感覚だ。

 たぶん、大きな言葉を使いすぎて、逆に中身が小さいのだと思われたのかもしれない。うまく伝わっていない感じがする。

 でも、修正する気はない。全部、本当のことだ。

 だから、あとはもう──。

 全力で踏み抜くっ!


「ええ。少し言葉が大きいと感じられたかもしれません。でも、わたしはそう感じています。少なくても、それは事実です。そうだ、紗儚生徒会長もいかがですか? オススメを紹介しますよ」

「それはそれは。是非教えていただきたいです。できれば、輝さんの言葉が実感できるような、とびきりのタイトルを」


 紗儚先輩が遊びに来た。

 相手の話に乗っかることで、気持ちを良くさせる。話す側は気持ち良くなったら最後だ、あとは要らないことでも、自分勝手に喋ってしまう。

 相手の感情を攻めるやり方は、エグみを感じる。

 紗儚先輩に乗せられないように、自分を観察しながら話す。


「ポケット鳥獣戯画、日本を舞台にした陣取りゲームです」

「そのゲームは、人間の本質を学べるのですか?」

「はい。紗儚生徒会長ならきっと、人間の本質を知った上で、たぶん全国で一番の規模の大きい集団を作れますよ」


 真心先輩のシャープペンの芯が折れて、凪先輩はけらけらとした笑い出した。


「凪。失礼です」

「悪い、わるい。でもさ、言ってることがあんまりにも面白いから」

「そんなに、変なことを言いましたか?」

「いや。全然変じゃない。面白かっただけだから」


 そういって、凪先輩はまた笑い出した。


「凪に変わって、謝ります。あの子のツボはちょっと変なんです」

「はぁ」

「活動内容はわかりました。おおむね、昨年と同じような形ですね」

「昨年はまだ、私は高校に入学していないのでわかりませんが」

「私たちでは把握しています。私たちの部でしたから」

「えっ?」


 えっ?

 ……っえ?


「え?」

「ここにいる3人は、元コミュニケーション研究部の部員です」


 いったい、なんの話をしているのだろう。

 頭が状況についていけずに、ポカンとしていると、凪先輩の声がした。


「部室の電気ポット、私のヤツだったんだからな。つまりお前たちは、オレの可愛い後輩だったわけだ。わかったか輝。わかったら焼きそばパン買って来いよ」


 急にフランクになりすぎだろ。この先輩。


「じゃあ、部活動の方は……」

「この活動内容であれば、問題はありませんね。このまま続けて貰って、結構です」


 ほっとした。

 それからやっとすべてを理解した。

 本当に、遊ばれただけだった。


「ひとつ、聞いてもいいですか?」

「ええ。どうぞ」

「なんでこんな茶番を?」

「今年の部長は、どんな後輩なのか。いいえ。輝君が、どんな人柄なのか。それを知りたかったからですよ」

「よくわからないのですが、そうなんですね」

「ええ。そうです。輝くんも先輩になったら、きっとわかりますよ」


 なんか、釈然としない。

 でもまぁ。部の存続について、生徒会からお墨付きが出たと考えれば、悪くないか。そう、自分を納得させた。


「では、わたくしからも、ひとつ質問です。もし生徒会が廃部を宣告したら、輝くんはどうしていましたか?」


 ──なぜそんなことを聞くのだろう。

 ボクにはそう、不思議に思えた。

 紗儚先輩の目を見た。

 その瞳には、興味の光が浮かんでいる。


「戦っていたと思います。色々な理由をつけたり、言葉の端々からつつけるところをつついたりして。お互いに利益の無い消耗戦に持ち込んで、手を引いてくれるのを待つとおもいます」

「──それは、とても素敵ですね」


 紗儚先輩の最後の言葉は、得たいの知れないものを感じさせた。

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