第4話 呼び出し


 放課後。

 青空の下で、ボクは背伸びをしながら校庭を横切った。目指す先は部室棟。部室棟は校舎から少し離れた場所で、柔剣道場に併設される形で建っていた。柔道部や剣道部の部室の他に、奇術部やマンドリン部のような、あまり名前を聞かない部活動の部室が置かれている。

 ボクが部長を勤めるコミュニケーション研究部は、この部室棟の2階の角部屋にあった。部室の前に来ると、曇りガラスから明かりが漏れている。もう、なかに人がいるようだ。

 ボクはちょっと嬉しくなりながら、扉を開ける。


「おつかれ~」

 そういって部室に入っていく。

「うぃーっす。お疲れ~」

 そう返すのはアルルこと有城あるきれん

「おっ、新盟主だ」

 ふくっちこと福良ふくらふう。 


 2人の拍手で迎えられた。謎だ。でも、悪い気分はしない。ボクはテレテレしながら、椅子にカバンをおいた。アルルは紅茶を、ふくっちはコーヒーを飲みながら、雑談をしていたようだった。ボクも電気ポットでお湯を沸かし、ティーバックの緑茶を淹れて、長テーブルに座る。

 3人でふぃ~と一息つく。

 天国だ。

 部室で放課後ティータイムなんて。背徳的で幸せだ。

 このコミュニケーション研究部は、非言語コミュニケーションを研究することを目的に創設された。らしい。

 らしい、というのは、ボクが入部をする時にはすでに先輩はいなかったからだ。だから活動目的と活動内容はすべて、顧問の古賀先生から聞いた。古賀先生からは「先輩いなくてのびのび活動できるよ~」と誘われた。

 入部を決めた理由は、その活動内容だった。非言語コミュニケーションとして、ゲームの競技性を利用して、相手の考えを読みながら行動を決める。要はみんなでゲームしようぜ。ということだった。

 トランプゲームやカードゲーム、ボードゲームはもちろん。やろうと思えば、TVゲームやブラウザゲームといった電源が必要なゲームもできてしまう。

 正気か? 素敵すぎるやろ。

 使う側からしたら天国だが、学校側に見つかったら絶対に怒られそうな内容だ。古賀先生も「悪いことはしてないけれど、誤解を受けやすいから、注意しながら活動してね」とのことだった。まぁ、どんなに良いものでも、上からの印象がダメなら、ダメなのだろう。学校は、そういうところだと思う。知らんけど。

 そもそも、なんでこんな素敵な部活動の許可がおりたのか、謎だ。

 おそらく、顔も知らない先輩方が相当上手くやったんだろう。感謝すると共に、できるだけひっそりと続けながら、この部活動を受け継いでいきたい。

 そんなことを思っていると、ふくっちが「そういえば」と口を開いた。

 

「ポケギガの話なんだけど、これからどうするの?」

「そうなんだよね。ちょっと迷ってる。今季の残り期間はだいたい1ヶ月位だし、積極的な戦いはしないで、のんび~り農民をして過ごしたかったんだけどさ。昨日、あのあと。蓮華白夜の盟主から連絡が来たの。一緒に戦わないかっ、て。んで、今日の夜に話をすることになってる」


 アルルは口笛ひとつ。

 それから。


「蓮華白夜って、覇国天武とバチバチに頂上決戦やってる大同盟じゃん。ずいぶんなところからのお誘いだね」

「うん。昨日の騒ぎで、ワールドチャットに名前が上がったし、同盟順位も3位にあがったじゃん。そこで注目されちゃったみたい。蓮華としては、戦力はあればあるだけ、ってことなんだろうけど」


 大同盟から戦力として見てもらえたことは嬉しい。でも、その結果、200人対200人のバチバチの同盟戦に巻き込まれるのは、考えものだった。そんな大規模な同盟戦に巻き込まれたら、確実に現実リアルに影響が出る。ポケギガはリアルタイムで進んでいく。戦況が気になれば、スマホを開く回数は増えるだろうし「もうちょっと」「あと少し」は生活リズムを狂わせる。現実リアルを犠牲にして、そうしてまで得られるものは、満足感くらいしかない。学生の身としては、あまり歓迎すべき状況ではないと思う。

 でも。だ。

 戦いたい。そんな気持ちも、かなりあった。

 ゆる集は、たぶん強い。ふくっち、アルルのコンビ力。速水さんの暗殺技術。有能すぎる軍師ラクシュン。その強さが、どのくらい通用するのか。それを試してみたくもあった。

 

「2人の意見も聞いておきたい。戦うのと、それとものんびり過ごすの。どっちがいい?」

「私は戦いたいかな。連続撃破数、全国一位を目指したい!」


 ふくっちの答えは予想通り。

 問題はアルルだ。


「オレはどっちでもいいよ。このゲーム始めた時から、どんな状況でもテルルに付き合うって決めてるから」


 ──良いヤツ過ぎんか?

 ちょっと泣きそうなんだが? 

 良い同盟の条件は、気持ちの良いヤツが集まった同盟だと思う。

 ゆる集は、良い同盟だ。


「ありがとう。決めた。戦うことにする。ウチって絶対強いはずなんだよね。それを確かめてみたい。これから大変になると思うし、辛いこともあるかもしれないけど、よろしく」

「了解っ!」

「りょうか~い」

「じゃあ、今後の動きについてなんだけど──」


 不意に、部室の扉がノックされた。

 全員の視線が、扉に向けられる。


「ども~。生徒会の凪先輩だよ~」


 生徒会!?

 なんで?

 疑問に思ったのと同時に、口が動いていた。

 

 

「わかりました、いま行きます!」


 自分でも不思議なくらい、体が勝手に動いた。

 アルルとふくっちに、ティーカップを床に置くようにジェスチャーした。2人が行動したのを確認して、扉のドアノブに手をかけた。

 こんなこともあろうかと、ボクは絶対に扉に一番近い場所に座っている。すぐさま、扉のノブをしっかりつかんで、開かないようにした。

 部室全体を見渡して、見られてまずいものがないか確認した。

 その判断が終わる前に、状況は最悪の展開を迎えた。


「おじゃましま~す」


 ボクの声と力はビックリするほど無力だった。凪先輩はボクの全てを無視して、ノブを回して部室に入ってきた。

 長身ショートヘアで格闘技でもやってそうな体型の、女子の先輩だった。

 凪先輩は部室を見渡した。

 まるで、だるまさんころんだ。

 それから、凪先輩だるまさんはニヤりとして、軽い口調で言った。


「これはこれは。紅茶とコーヒーに、緑茶かな。その電気ポットを使ってるんだ。お茶会中に悪いねぇ」


 この先輩。鼻良すぎか?

 違う違う。そうじゃない。

 この人、普通じゃない人だ。

 常人より感覚が鋭そうだ。

 変な嘘は通じない気がする。

 なんだか、ヤバイ人だ。


「そうそう。部長さん、いる?」

「ボクですけど。なにか用ですか?」

「よかった、いた~。ちょっと生徒会室まで来てもらうよ。いろいろ聞きたいことがあってさ」


 この流れは、アウトかセーフか。

 少なくとも、凪先輩は今のところ何も言ってきていない。

 状況はまだ確定していない。

 ここで大切なことは、ボロを出さないことだ。

 そのために、自分に言い聞かせる。

 悪いことはしてない。

 悪いことはしてない。

 悪いことはしてない。

 部活動していただけ。

 悪いことはしてない。

 悪いことはしてない。

 言い訳をしたら負け。

 言い訳をしたら負け。

 言い訳をしたら負け。

 そう、全力で信じる。


「わかりました。ちなみに用件はなんですか?」

「手続き関係だよ。部活動報告書が提出されていないって。書類不備があると、部の存続が認められなくなるからさ。──まぁでも、」


 凪先輩は悪戯気に笑いながら続けた。


「その前に、別の問題があるかもしれないけど」


 どきっとする。

 落ち着け、挑発だ。

 でもつい、言い訳をしたくなる。

 でもだめだ。

 言い訳をしたら、認めたことになる。

 相手にしないのが最善だ。


「それは、お手数かけてしまい、申し訳ありません」

「いいんだよ。話が早くて助かる~。じゃ、一緒に行こうかい。新堂輝しんどうてるくん」


 気のせいか、凪先輩の笑顔で細まった目の瞳が、縦に細くなった気がした。

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