第32話-“彼女”のこと
王宮を出て城の大門の前に行くと、イングリスの近衛騎士が一人、黒馬を引いて待っていた。
「トラスダン王国クリストファー殿下で御座いますか?」
「はい。クリストファー・シャルロンド・アーティ・トラスダンです。」
フルネームと共に身分証明として身に付けているトラスダンの王族の証である百合の紋章を刻んだ銀色のペンダントを見せる。するとペンダントを確認して馬の手綱とローブを渡してくれた。
「ウィリアム王太子殿下より、こちらをお使い下さいとの事です。」
騎士から渡された黒く分厚いローブを羽織ると馬に跨り馬を者の者の外へと向ける。走り出す前に、見送りの騎士に声を掛ける。
「恩に着る。ウィリアム殿下とサユ姫にご多幸を願うとお伝え下さい。」
騎士はニコリと笑い頷いた。
「賜りました。」
そして、すぐさま王城を出て寝静まった城下町を風の様に駈けていく。
今の時期ならまだ積雪には早いが、風はとても冷たく、息は白く過ぎ去っていく。
馬を乗り潰さずに行くなら二日ほど掛かる道のりだ。
国境を抜けたらルベルジュで情報を集め、王都に帰り、ゾエを助け出す。
僕が先に帰ったことは、おそらく現地の部下には明日の朝に知らされ、トラスダンに知らせが行くよりも先に帰り着ける筈だ。
魔女狩りなんて歴史書でしか見た事がない。恐らくゾエの予言書を危険視した貴族の誰かが国王に進言したのだろう。
他にあの国を騒がせるような不可思議な者は居ない。
面会を申請していたのでは、国王との問答になり恐らく間に合わない。魔女とはその目で民を魅了し洗脳する危険があるという記述が歴史書にあるのだから、信じているのならまず面会などさせないだろう。
裁判の日までに魔女に罪を自白させ、裁判にてその罪を認めさせた後に聖なる業火で火炙りにして処刑するのだ。
「……冗談じゃない。」
彼女の予言書があったから飢饉を起こさずに済んだのだ。彼女が居なかったら何万何千という民が飢えに苦しみ命を落としていた。感謝こそすれど、魔女などという不名誉な称号を与え処刑するなんて間違っている。
だから僕は人知れず彼女を助け出さなければならない。王子として表立って助けるのはその後からだ。
「こんな事になるのなら、もっと継承争いに乗っておくんだった。」
馬を走らせながら苦笑する。僕には国内での後ろ盾が無い。リュシアン兄上に事情を説明して味方になってもらう?
彼もかなりの野心家だ。ゾエを利用しようと考えるだろう。僕に力が無い以上ゾエを奪われる可能性もある。
彼女をイングリスに亡命させて、安全を確保してから今後を考えた方がいい。
「彼女……か。」
まだ確定ではないのだけど。嬉しくて口元に笑みが浮かぶ。一つ、“彼女”の事が分かったのだ。嬉しくないはずが無い。
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