第31話-ウィルの夜這い


「ウィリアム殿下……剣が手元にあったら抜いていましたよ!?」

「やぁ、ごめん。急に会いたくなってさ。」

ウィルは楽しげに笑いながら、先程まで僕が座っていた場所に座る。

「まったく、男の夜這いなんてサユ殿に泣かれますよ。」

俺は落としてしまった本を拾い上げぱっぱっと払いなが彼の隣に座る。燭台の灯りは対面に届くほど明るくないのだ。

すると、ウィルは嬉しげに僕に近付いてきた。

その艶かしい視線は男の僕でもドキリとしてしまうほどに美しく感じる。

「ほ、本当に……申し訳ありませ……僕にそっちの、趣味は……っ」

「いいじゃない。こういう経験も貴重だよ?」

「ちょっと……ッ」

近付いてくるウィルを避ける様に身を仰け反らせていると、バランスが不安定になった所で押し倒されてしまった。そして首筋に顔を埋めらた。

「……殿ッ……――」

「……静かに。」

抗議しようと口を開こうとすると、首元でウィルが小さく言った。

「……?」

「声は出さないで、よく聞いて。トラスダン王国で魔女狩りが始まってる。そこにゾエらしい女性が捕まったと報告が入った。今から行けば裁判には間に合うはずだよ。そちらの国での保護が難しければ、規約に従い私がゾエを保護する。その間に君が国王になれ。城の正門に馬を用意してる。必要な物は積んであるから、そのまま行っていい。君の従者達には、僕のせいで君が憤慨して帰ったって言っておくよ。」


ゾエが……魔女?


俺は目を見開く。

彼がこんな事をするのは……お遊びで無ければ、誰かに監視されているからと考えるのが自然だ。

言葉を失っているとウィルが俺の胸元の紐を解き始めながら、言葉を続けた。


「いい?魔女なんて生物はこの世に存在しない。生者にウワズミは入れない。これは定期的に来る指導者になり得る女性の牽制と粛正だ。こんなくだらない茶番でゾエを失うなよ。……顔を上げたら私を押し返して。君に逢えた事を誇りに思う。次に会う時は共に国王となってからだ。」


そう言うと、ウィルはふっと笑いながら顔を上げて見下ろしてくる。その胸元を思いっきり押し返してやる。

「……っ!!」

ウィルはソファーの端まで追いやられ、僕は立ち上がり胸元を押さえながら苦笑する。


「……まったく、貴方という方は本当に底がしれない。それに、無理な話ですよ。」


……僕なんかが国王になんてなれるはずがない。兄上二人の基盤を奪わない限りそんな事は不可能だ。


「そんな事はないよ。私は君がいいと思ってる。ああ、一番はサユだよ?」

僕の言葉に、ウィルは起き上がりながらニコリと笑って返した。誰に念を押しているか知らないが僕は苦笑する。


「僕は僕にできる事を全力でやるだけです。けれど、もっと早く出会えていれば……。不可能では無かったかもしれない。」


僕に出来る事、それはゾエ一人を助けるくらいだ。国王なんて冗談じゃない。


「じゃあ、来世に期待するさ。」


ウィルはそう言うとサッサと行けと言わんばかりに手を振る。

僕はそのまま踵を返し王宮を出て行ったのだった。

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