第30話-伝承
僕は部屋に帰ると着替えるのも億劫になり、真っ暗な部屋で衣装のままベッドに突っ伏する。
エドワード達には、もう今日は下がれと休ませた。
衣装を脱ぐくらいなら自分でもできる。
「あ――……疲れた……。」
後は……ウィルとサユの婚姻の儀に参加してお終いだ。
「ああ、そうだった……本を借りたんだったな……。」
これは帰国までに読み終えないといけない。僕は気怠い身体を起こして勲章やらなんやらと重たい衣装を脱ぎ部屋着に着替えると、燭台に灯りをつけて小灯台に置いていた本を手に取り、ソファーに寝転んだ。
ベッドに居ては寝てしまうから、ここで我慢だ。
俺は借りてきた“神と魔物の伝承集”を読み始めた。
開いた最初のページには、女神の肖像と魔物の絵が水鏡のように描かれていた。
伝承の最初は、“生命の循環”
――女神は孤独に耐えかね、自らと似た存在、人間を作り出した。次に作り出した者は自身の補佐を任せる神子だ。
そして女神はその者達が生きていける世界を作り、生命の源である命の水を世界に巡らせた。
命の水は目に見えるものではなく、世界を包む様に巡っている。
天に染み込み、地に染み込み、土地に誕生する身体に宿り生命となる。
天に染み込んだ命の水は女神の神子になった。
地に染み込んだ命の水は人間になり、地に芽吹き大地に森を作った。様々な命が地を満たした。
生命は、その天寿を全うするとまた還る。神子も生物も平等に。
芽吹いた命の還る場所は大いなる循環。
最初の数百年は穏やかに過ぎた。
次第に人間達の争いが目立つようになった。
怒り、怨み、深い悲しみを抱いた命は命の水を穢した。穢れた水は命の水に混ざれない。
いつしか、黒いウワズミの様に大地の表層に溜まり始めた。
時を重ねるごとに人間は強欲になり奪い合い、憎しみ合い、そして殺し合った。
争いで循環する命の水の穢れは進み、ついに黒いウワズミも肉体を求めるようになった。
女神の加護を受けた新たな肉体には穢れたウワズミは入る事ができない。
ウワズミは死んだ肉体に生命を宿し、それは凶暴な魔物となった。――
要するに、生前に罪を犯して憎悪を抱えたまま死ぬ者が増えると魔物も増えていくのか。
「確かに戦争の後は魔物が増えていたな。」
僕はまた、次のページをめくる。“神子”と書かれた見出しの先を読む。
――ウワズミが増えると命の水が減っていく。
穢れたウワズミは女神の使者である神子が浄化する事で命の川へと還る事ができる。神子は土地により産まれる能力に違いがある。それは親となる神が異なるからだ。――
「じゃあ、サユ殿の能力は……――、」
「サユは神子じゃないよ。巫女だ。」
「わぁあッ!」
心臓が跳ね上がり、慌てて飛び退く。
ソファーの横からコッソリと顔を出して暗がりから本を覗き込んできたのはウィルだった。
「やぁクリス。呼んでも返事が無かったから勝手に入ったよ。」
彼は悪びれもせずにニコリと笑ってそう言った。
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