第20話-魔物の書庫
広大な書庫は王宮の図書館かと思うほどに広く、近くの本のタイトルをサラッと見ただけでもこの国の書物だけではない事が分かった。
「こんなに、魔物の事について書かれた本があるんだな。」
うず高く、ひしめく本棚を見上げる。すると後ろから聞き覚えのある声がした。
「そうだよ。事実から迷信、言い伝え、神話にいたるまで、魔物に関連する様々な書を保管してる。クリスは何が読みたい?」
その声を聞いて後ろを振り返ると、ウィルが気さくに微笑んでいた。
「ウィル殿下。この度は貴重な書庫を閲覧する機会を与えて頂きありがとうございます。」
身分を知ってしまった以上、まずは礼儀を通さねばならない。ましてやここは彼の国だ。招かれた者として彼に敬意を示すのは当然の事だ。
僕は胸に手を当て会釈する。するとウィルは困ったように笑った。
「クリス、お互い王子という身分なのだし砕けて欲しいよ。どうか、ウィルと呼んで欲しい。」
その言葉にふっと微笑み、僕は面をあげた。
「分かった。ウィル。今日はありがとう。」
「私はキミに恩があるからね。このくらいなんて事ない。」
ウィルはニコリと笑ってそう言った。
「僕にばかりかまけていて良いのか?花嫁殿が寂しがっているだろ?」
僕が苦笑して言うと、ウィルは少し遠くの窓辺の机で読書をする姫君に目をやった。このあたりでは珍しい濡羽色の髪をサラサラと腰元まで流し、本に目を向けている。日当たりもよく、まるで黒猫が日向ぼっこをしているような雰囲気だった。
「婚約者のサユ。私達は幼馴染でね。彼女はずっと私を支えてくれている。書庫に行くと言ったら一緒に来てくれたんだ。」
彼女の姿を見つめるウィルはとても穏やかで幸せそうだ。なるほど寂しがり屋はウィルの方なのかもしれない。僕はくすりと笑う。
「では本を探して、早くウィルをツバキ殿にお返ししよう。」
そんな僕の言葉にウィルはほんの少し照れたようににこりと笑った。
「そうだ。どんな本が読みたい?伝承、仮説、神話……。御伽話なんてのもあるよ。東西南北、現地に赴いて集められるだけ集めてる。東方の島国じゃアヤカシって名前でね。やはり大陸によって魔物の姿は違うらしい。そこから幾つか書物を取り寄せたんだが、それがまた逸品で!まぁそれはまた今度にしてとりあえず、この辺の伝承なんかどう?魔物の根源について言及しているよ!!」
キラキラと輝く青灰色の瞳が僕を見つめて本を勧めてくる。その熱量からも、ウィルが職務や使命感だけで本を集めている訳では無い事が分かった。
「なるほど、これはウィルの趣味が高じて集まったのか。」
「失礼だな。天職と言って欲しい。これでも一応国家研究機関なんだよ?」
「誰が創設したんだ?」
「もちろん私だよ。成果も出してるし国民からの評判も良い。調査には国民の協力も欠かせないから国から情報料も出している。調査を専門にする民間団体もあるくらいだ。どう?趣味の一言で片付く情熱じゃないでしょう?」
見たかと言わんばかりに得意げだ。
「確かに素晴らしい。一代でここまで確立した組織を作るとは。」
僕はヘラリと笑い煽てるようにパチパチと拍手する。
実際に凄い王太子だ。王子とはその名と立場だけで身動きが取れなくなる程にしがらみが多い。王位を継ぐとなると周囲の家臣達は王子の一挙手一投足を具に観察している。気に入らなければ異議を申し立て妨害してくるのだ。歳を取れば権力ばかりが膨れ変化を嫌う事が多い。
僕はそれが嫌で王位争奪戦には参加せず、遊んでいるように見せているわけだが。おかげで僕のやる事なんて誰も見ていないのでとても動きやすい。帰ったらリュシアンにでも手柄を渡して僕はまた日常に戻るのだ。
ウィルはそんな権力の横行する王城で自分の事業を成功させているのだ。最初は反発も多かっただろうに、どうやったか分からないが、反対勢力すら掌握したのだろう。でなければ、こんなに大規模になる筈が無い。
彼自身が策略家なのか、大きな後ろ盾があるのか……。僕は内心苦笑する。
何にしても、敵に回しては茹でガエルにされてしまいそうだ。彼とは永遠に仲良くしていたいものだ。
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