第21話-サユ姫

「君の魔物に対する情熱は火傷しそうな程伝わったよ。それじゃ、それを読むよ。あと、ここ数年の魔物の発生状況と被害状況の記録があれば見て見たいな。僕が見ても大大夫な物があれば。」

ウィルの手から分厚い本をひょいっと受け取ると、僕はにこりと笑う。するとウィルはコクリと頷いた。

「クリスならとくに隠す事は無いから大大夫だよ。集めて持って行くから席で待っていて?」


どうしてそんなに信用されているのだろう。命の恩人だとしても気を許し過ぎなのではないかと、彼が少し心配になりつつ、ウィルの視線の先を見て唖然とする。

その先には彼の婚約者殿が座っている。


先に挨拶してろって?次期王太子妃に独り身の男が単独で??

しかも非公式の場だ。それは……あまり良く無いのでは……。


「ウィル、できれば紹介してほし……、」

振り向くとそこにはもうウィルの姿は無い。


「はぁ……。」

僕は片手で顔を覆い肩を落として溜息を吐いた。

ウィルは彼女を放っておき過ぎじゃないか?

しかし、このまま突っ立っている訳にもいかない。

とりあえず、初対面の女性だ。驚かせないようにしないと。

踵を返してサユ姫の所へ行く。


サユ姫は幼少期に遠く東方の島国から献上された姫君なのだそうだ。その濡羽の黒髪と瞳はこの大陸では大変珍しい。サユ・フジワラという名前も珍しい響きだ。

ゆったりとしたシンプルなドレスに身を包み窓辺で本を読むサユ姫の対面の席の前に立つと、そっと声をかける。

「サユ姫、ご機嫌麗しゅうございます。」

僕の声に、彼女は顔を上げる。黒曜石のような瞳なのかと思いきや、とても不思議な色合いの瞳だ。光の加減で様々な色が見え隠れする。

見惚れてしまっていた自分にハッとし、胸に手を当て会釈する。

「突然の非礼をお許しください。トラスダン王国より婚儀に御招待頂き逗留しております、クリストファー・シャルロンド・アーティ・トラスダンと申します。この度はウィリアム王太子殿下とのご結婚、誠におめでとう御座います。」

そう口上を述べる。直ぐにお返事が貰えると思いきやしばらく返事がない。顔を上げようとすると、サユ姫の鈴を鳴らすような声が発せられた。

「アーティ……とは、お母様のお名前ね。」

僕は下を向いたまま目を見開く。何故そんな事を知っているのだろう。

母は僕が産まれてすぐに亡くなった。国王の側室だ。名前は、国王が母の守護があるようにと取り入れたのだ。知っているのは兄上達と国王、そして少数の側近くらいだ。


そろりとサユ姫を見ると彼女は優しくこちらを見て微笑んでいた。

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