第7話-志願
「ほう、イングリスの王太子を祝いに行きたいと?」
「はい。兄上方が行かれないのでしたら、是非私に行かせて欲しいのです。」
僕は、
昼下がりの執務室。
僕は今日は非番なので数日前から謁見を申し込んでいたのだが、王宮に来たらここに通され、今は何故か国王とお茶を啜りながら菓子を楽しんでいる。
男同士で何をしているんだと思いながらも、紅茶は一級品だし、菓子も美味いので文句はない。
「仲良く無いからと歩み寄らないのは国家間の更なる火種を作る原因にもなりうる。折角招待状が来ているのです。乗らない手はないでしょう。」
僕はそう言うと、マカロンを一つ口に放り込む。
実を言えば祝いの席に出席したいと言うのはもののついでだ。
本命は魔物の発生状況についての話を聞きたい。
イングリスは魔物の発生件数が非常に多く、その研究も盛んに行われている。話せるならその辺の話をしたい。
マカロンを飲み込み、紅茶を一口飲む。やはり香りが良い。フワリと抜けるようなベリーの香りに感動する。
いつもは城下町で煮出した茶を出す茶店で騎士仲間と午後の休憩を取る。その味も嫌いではないので良いのだが、国王が嗜む茶葉となるとやはり次元が違うのだなと感心した。
茶葉に感動している僕を国王は心配そうに見ている。
「しかし、公式の訪問とは言えど敵国。そのまま捕虜にされる事も考えうるのだぞ。命の保証もない。」
まったく。国王が他国との交流会を図るこの絶好の機会を逃すのはあまりに愚かだ。
「捕虜にされたのならばお見捨て下さい。私が殺されようと国に大した損害はない。けれどここでイングリスに近寄る事が出来れば今後の外交がより円滑になりましょう。私にお任せ頂けませんか?」
国王は目を伏せて黙ってしまう。この件は欠席で通すつもりだったのだろう。
イングリスは貿易が盛んな開けた国だ。
敵対国家となった理由は昔の領土問題からだ。領土を取られたのはトラスダン側だが、イングリスも今の領土はトラスダンと大して変わらない。大国というほど広くはないのだ。
僕としては、もう昔の話だからと仲良くすればいいのにと思っている。しかし年寄り達はそうもいかないらしい。
なら、王太子と仲良くなっておけば、将来的には友好国となるだろう。あちらにその気があればの話だが。
入国した瞬間に捕虜にするなどという火に油を撒くような馬鹿な国王では無いだろうし、王太子の婚儀をダシに戦争を起こすなんて事も考えにくい。心配しすぎだ。
「お前は自分自身を卑下に扱いすぎだ。クリストファーよ、お前も私の大切な息子なのだという事を忘れるな。」
国王は僕を諌めるようにそう言うが、僕にはあまり響かない。大切なのは次期国王の兄上だ。そうあってくれなければ困る。
「勿体無いお言葉でございます。ではご検討をお願い致します。」
「……分かった。」
僕は立ち上がると深々と礼をして執務室を後にした。
部屋を出て、王宮の渡り廊下を歩いていると、第二王子のアルマンが側近を連れて前方から歩いてきた。
父譲りの焦げ茶の髪は癖があり、母譲りの翠の瞳がちらりと僕を見つける。僕は上二人とは母が違うので、容姿はあまり似ていない。
僕は端に避けて深々と一礼をする。嫌な人に会ってしまった。
「クリスか。何故こんな所に?」
「イングリスへの外交の件を国王に志願して参りました。」
アルマンは嫌そうに僕を見る。
「はっ。敵国にわざわざ単騎で乗り込むとは、相変わらずお前は物好きな事だな。」
鼻で笑う様に言われるが、僕は特に何も感じない。いつもの事だ。
ジッと横目で見下ろされる。まるで虫ケラでも見ている様に。
「あまり出過ぎた真似はするなよ。出来損ないが。」
「……。」
僕が何も言い返さずにいると、興味をなくしたように通り過ぎていく。
過ぎ去る兄をチラリと見て、姿勢を正すと僕は兄とは反対の方向に歩き始めた。
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