第2話-月下の女神様1

本を購入してから数日後、今日は王宮で社交デビューするご令嬢達のお披露目の夜会が催される日だ。

勿論、王子である自分は絶対参加だが、目立ちたくはないので兄達程着飾らない。


いつもは騎士団の礼服で出席するのだが、今日はこの間仕立てさせられた衣装に身を包む。

王族とは言え、自分の事を全部他人任せにするのは性に合わない僕は、あまり使用人の手を借りない。煩わしいのだ。

「はぁ。」

この夜会で目ぼしい令嬢でも見つけろと言いたげな装飾だ。まだ少女の面影を残すあどけない令嬢の中から選べるはずもない。

本当に面倒な話だ。

シャツを着てボタンを閉めて上着に袖を通す。

僕の世話をしてくれる初老の執事はその辺も分かってくれているので口を出してこない。

おしゃれなんて分からない僕は、細かい装飾品は執事に任せる。騎士服なら楽なのに。

「すまないが、よろしく頼む。」

「お任せ下さい。」

スカーフを止めるブローチや装飾品をテキパキと取り付けヨレやシワをチェックして上着を準備してしてくれる。

最後に上着のポケットには暇つぶしの飴玉を忍ばせれば準備完了だ。


王城で開催されるのが不幸中の幸だ。人に会わないようにどう周り道すればいいかも分かるため、挨拶も必要最低限で済ませられる。

女性方に興味が無いかと言われると、正直無い。貴族のご令嬢方に僕に地位や名誉を当てにされても困るのだ。

そういうのは兄達の得意とする所なのでそちらにお任せする。


兄達がホールで味方作りに躍起な中、僕の居場所はもっぱら人の来ない西のバルコニーだ。


今日もまた、爽やかな笑顔を振り撒き、人が付いて来ていないのを確認してから、ひと気の無いバルコニーへ出た。

「あ……。」

そこには先客がいた。フワフワとした可愛らしいドレスに身を包んだ、まだ少し幼さの残るお嬢さんだった。

「ご令嬢、お隣よろしいですか?」

「は、はい……」

くるりと振り向く女の子に、息を呑んだ。

秋の風に揺れる金色の麦の穂のような髪に、翡翠を雨に濡らしたような美しい瞳だ。


まるでこの国に伝わる豊穣の女神が降り立った様だと思った。

ぼうっと彼女を見つめていたせいか、女の子はジリッと後ずさるので、慌てて目を逸らした。

「ご、ごめんね!もう見ないから、キミもゆっくりして?」

慌てたせいで素が出てしまう。


しまった…………と思いながら口を押さえて月を見上げ、チラリと横目で彼女を見つめると、言葉遣いなどこれっぽっちも気にする様子も無くただただ景色を眺めていた。

春の風がフワフワと彼女の美しい髪を攫っている。


「君も夜会は嫌いなの?」

僕は内ポケットから飴の包みを二つ取り出す。

すると女の子はこちらを向くでもなくポツリと小さく言った。

「はい。貴族はめんどくさい。」

その言葉には激しく賛同できる。

「ふふ。中々言うね。確かにめんどくさいよ。」

そして、隣の女の子に飴を差し出した。

「どうぞ。毒とかじゃないから安心して?」

彼女の手に一つ渡すと、もう一つの包みを開いて口に放り込む。

甘い甘い蜂蜜の味が口いっぱいに広がる。

僕は女の子を見てにこりと微笑む。 

「甘くて美味しいよ。」

そんな僕を見て、また飴の包みに視線を戻すと、同じように口に飴を放り込んだ。

すると、キラキラの瞳を更にキラキラと輝かせている。

「…………!!」

その仕草が本当に可愛くて、心が温かくなるのを感じる。殺伐とした貴族社会なんてクソ喰らえだが、こんな子が居るなら我慢もできそうだど思えてしまう。

「ね、美味しいでしょ?女の子は大変だよね。そんなキッツイコルセットしてさ。それじゃ食事も食べれないよね。」

「……。」

女の子は返事をしなかった。

しばらく景色を眺めてコロコロと口の中の飴を味わっていると、女の子がまた僕を見てくる。

「あ、もう一個いる?」

ポケットに手を入れてみるが、いつもは沢山入っているのに、どのポケットにも飴が無い。俺は苦笑して謝る。

「ごめん。無かった。」

「そう、ですか。」

すると、タイミング良く。ぎるぅぅ。と女の子のお腹が鳴ってしまった。あまりの音にビックリしていると、女の子は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

「すまない、あんまりはっきり鳴るものだがら。お腹減るよね。」

申し訳無く思い彼女に謝罪するが、それでは逆効果だったらしく彼女はいつまでも顔をあげてくれない。

僕は次の作戦を考えた。

「ちょっと待っててくれる?飴まだあると思うから、貰ってくるよ。」

僕はバルコニーを出て、会場とは逆の、厨房の方に行ってみた。

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