第3話月下の女神様2


「で、殿下!?どうしてこの様な場所に!」

いきなりの王子の訪問に厨房がざわつく。


「すまない、飴は、あるだろうか。チョコレートでも良いのだが。」

料理長なのだろうか、体格の良い柔らかな印象の男性が話を聞いてくれた。

「チョコレートか飴、ですか。少しお待ち下さい。」

男性が厨房の奥に入っていくと、可愛らしいハンカチに飴や小さなチョコレートを包んでくれた。

「体温で溶けてしまうのでご注意ください。」

「ありがとう。忙しい時に邪魔をしてすまなかった。」

「いいえ、殿下のお力になれるのでしたら。いつでもお越しください。」

男性はにこやかにそう言って、僕を見送ってくれたのだった。


バルコニーに戻ると、そこに彼女の姿は無く、月明かりだけが誰も居ないバルコニーを照らしていた。

会場もそれとなく探してみたが、先程の令嬢は見受けられない。

僕はまたバルコニーに戻り、一人で貰ったチョコレートを口に含んだ。

「甘い……。」


可愛らしく包まれた菓子をあの子に渡したら、笑ってくれただろうか。


夜会や舞踏会に通ってればいつか会えるだろうか。一頻り月を眺め会場から外に出る。


僕が居なくとも、兄二人が居れば盛り上がるだろう。会場は王宮なので、少し歩けば僕の部屋のある東棟だ。ここはあまり僕に干渉して来ないからとても助かる。


部屋に入り首に巻かれたスカーフを取り、窮屈なシャツのボタンを外すと、ゾエの本を手に取りそのままソファーに座る。部屋に帰ってからの一連の動作がすっかり癖付いている。無意識の行動に苦笑した。


本を広げ、文字をなぞる。

「名前、聞いておけばよかった。」


それから、その社交シーズンで彼女に会うことはなく、どこの令嬢かも分からないまま時は流れた。

招待されるお茶会は全て出席し、金髪碧眼と噂に聞く令嬢にはこちらから声を掛ける事もしばしばあった。

けれど、どの令嬢も俺の探しているあの人では無かったし、お茶会で遭遇する事もない。

もうすぐ、彼女を見つけてから一年になる。

一切の手掛かりがないままここまで来てしまった。

「俺が見たのは本当に女神だったかな。」

ソファーに寝そべり俺は苦笑する。テーブルにあるゾエの本を手に取り僕は溜息を吐いたのだった。

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