空気な王子は恋愛作家に恋をする。

pasuta

第1話-僕は空気

木々が色付き葉を落とす秋。

三番目とはいえ、一応現王の息子という身分のため、毎日のように勉強、勉強の日々を送る僕の唯一の楽しみは、王宮の中庭の大きな木の下で本を読む事だ。


トラスダン王家、第三王子として生まれた僕、クリストファーは、王位にまったく興味がない。そもそも生まれも兄達とは異なっている。


一番上の兄、リュシアンは第一王位継承権を持ち、既に王として才覚を惜しみなく発揮していた。カリスマ性があり臣下に慕われ、政治力にも長けている。


その継承権を狙う第二王子のアルマンは、効率重視で時には手段は選ばない結果が全ての賢い兄だ。この兄を慕う家臣も少なくない。密かにリュシアンが隙を見せるのを舌舐めずりをして見ている。

この二人に割って入るなど命が幾つあっても足りはしないのだ。


自分は表向きは無害であると主張して生きていく事にした。

王位の継承争いなんて真っ平ごめんだ。


ほどほどに無気力に目立たないように生きていく事で、誰も僕を危険視はしなくなった。いわば空気のような存在だ。

そんな僕も二十歳のいい大人になり、兄達のように忙しくない分、騎士団に入り、あちこちの地方に遠征し、国内の実情を見て回っていた。最初から団長になれと言われたが、無理だからと断った。

僕としては団長の陰に隠れていた方が動きやすいのだから、肩書きなど邪魔なだけだ。


騎士団にも外の世界にも慣れた頃、城下町を歩いている時に、僕は一冊の本に巡り合った。

ワインレッドの皮表紙を金の蔦の箔で囲った、とても可愛らしい見た目に惹かれ僕は、その本を手に取った。

久しぶりの新しい本だった。読書は好きだ。読んでいる間は嫌な事は何もかもを忘れさせてくれるから。

今日の城下町の土産はこれにしよう。まぁ土産と言っても自分への、だけど。


王城の地下通路から自分の部屋への直通の道を見つけてからは、外に出やすくて本当に助かっている。なんせ使用人たちに会わなくても済むのだから。今更、俺にどうこう言う使用人も居ないから、空気な僕は自由に行動できた。

服を着替えてソファーに座ると、分厚い物語の本をぺらりとめくった。


その本は、女の子が好きそうな恋愛を題材にしていた。

物語に出てくる女の子はいつも主人公の男の子を目で追い、男の子も次第に女の子を好きになっていく。町娘と商人の恋物語だ。

幼馴染の二人は一旦は幼少期に離れ離れになってしまうが、大人になってまた出会うのだ。二人は運命の様に惹かれ合いそして添い遂げる。この本の凄いのは愛し合うシーンまでしっかり書かれてある事だ。まるで本当に本の中の彼女を愛しているような気分になってくる。


「可愛いな。」


スルスルと文字を愛しげになぞる。

「僕にもこんな恋が出来たらいいのに。」

さぞや経験が豊富な方が書いているのだろう。

僕はその本が大好きで何度も読み返した。その本の作者は"ゾエ"と言った。

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