第9話 罪悪感



 朝目が覚めると、私は床で寝ていた。

 村人の人は悪いと思ったのか、床で寝ている私をそっとしておいてくれていた。おまけに毛布まで掛けてくれて、ありがたい。


「おや? 起きたかい? おはよう」


 昨日の、この家主のおじいさんだ。確かおばあさんも居たような気がする。変な体勢だったので腰も痛いし、頭も若干痛い。もしもこの村の人間が私に友好的ではなかったのならば、きっと今頃首なんてなかった。そう考えるとありがたい。


「……すみません、床で寝てしまって。布団、ありがとうございます」


「いいんだよ。なんせ昨日は、あんなにはしゃいでただろう?それに、子供たちも喜んでおったぞ。お礼を言いたいのはこっちの方だ。ありがとうね」


 実は昨日、子どもたちと遊んでいた時に考えていたことがある。

 私は人間が嫌いで、恨んでいて、彼らと違う種族なわけだ。人間にまつわる話は子どもの頃から聞いてきたし、滅ぼさなければならない存在と教えられてきた。きっと向こうもそうなのだろう。だから私は、この村の人間を全員殺してから出発しようと思っていた。けど──


『えー、なんで行っちゃうの? ずっとここに居てよ!』


『そうだよ! ぼく、おねえちゃんと遊ぶの大好き!』


 なんの悪意も込められていない、ただその純粋な言葉が心のどこかに引っかかって抜けないのだ。子どもだけではない。村の大人たちもだ。私が床で寝る前、机に突っ伏して寝ていた時。


『この子、楽しんでくれたかしら?』


『歩いてここまで来たと言っておったからのう、疲れが取れたならいいんじゃが』

 

 私は途中で目が覚めて、彼らの話し声を聞いてしまったのだ。

 どいつもこいつも、魔族がした事を聞いたことがないのか、まともな教育を受けていないのだろうか。これだとただ私の罪悪感が募るだけ。

 この人たちを殺すのは、やめておこう。


「ありがとうございました。名残惜しいですが、そろそろ出発することにします」


「そうかい。もっと泊まってもよかったのに」


「おじいさん。旅人さんが言うのだから、仕方ないでしょう。でも朝ごはんは食べていって頂戴ね!」


「…はい。ありがとうございます」


 彼らと会うのもこれで最後。これくらい甘えても良いだろう。

 私は起き上がる。いつの間にか脱いでいたローブを羽織り、おばあさんが用意してくれた朝食を食べた。その味は、昨日よりは質素だが、美味しいのは変わらなかった。


────



「気をつけてね! フォティさん!」


「また来てねー!」


「おねーちゃん! ばいばーい!」


 私は村人に見送られながら、少し大きいリュックを背負い、遠い国を目指して歩き始めた。昨日のようにフードは被っておらず、肩より少し下の髪を風に靡かせた。


「また会おうね、みんな…!」


 私は最後に村の方を向いて手を大きく振り、聞こえずとも呟いた。

 このフォルス村とはこれでお別れ。優しかった人間たちとはお別れである。


────

 

 次に私が向かう地は国の首都、である。先刻出発した村の住人から有益な情報を聞いたのだ。実はあの村、フォルス村はヴォーラス帝国の中にある村らしい。


「それにこんなのも貰っちゃったしぃ、私ってやっぱついてるぅ!」


 貰ったものはヴォーラス帝国のパンフレットだ。このパンフレットで旅行者だと勘違いして、入国審査も甘くなるだろう。

 パンフレットの中には国内の地図だったり、観光名所だったり、ヴォーラス帝国の王様だったりと様々。

 ふふん、この紙1つでヴォーラス帝国の全てを知る事ができるなんて、私はなんて幸運の持ち主なのだろうか! と、私はルンルンで歩いていた。


 村を朝に出たのに、もう日が暮れそうになっている。けれど私は魔族だ。夜でも大丈夫である。というか魔王城にいた時なんてずっと夜だったし。


 本格的に夜になり、上弦の月が私の真上に昇っていた。あと少しだけ歩いて、月が沈むときに休憩しよう。


 月が沈む頃、私が到着したのは大きな川の橋を渡った先にある町だった。いつの間にか山をいくつか超えていたようだ。

 辺りを見渡すが、人間からしたらまだ夜中である故、人間の姿はなかった。

 石造りの道に、レンガ造りの家。昨日の村とは雰囲気が違う。それに広くて家が大きい。同じ国なのにとは思うが、環境が違うのだろうか。

 ヴォーラス帝国のパンフレットに載っている地図を見てみると、国自体は小さなものであり、私が今いるのはきっとコモーポリという町だろう。

 この町をスルーして首都に向かってもいいが、疲れたので寝よう。

 そして私は路地裏に入り、座り込んで眠るのだった。

 

 

────


 ざわざわ、ざわざわ。

 私は賑わう人の声で起きた。今太陽は南にある。正午らしい。

 私はよいしょと立ち上がる。アサナシアがくれた香水を服にワンプッシュし、深くフードを被り、活発に動く町中に紛れ込んだ。

 

「美味しいパンはどうだーい!」


「お肉もあるよー!1つ買ってかないかーい!」


「旬の野菜もあるよー!」


 うわー。活気に溢れてる…! 

 私は思わず口が空いてしまった。さっきの村とは大違いだ。商店街、というのだろう。いや、大通りだろうか?いやいやそんなのは良いとして。


「ねえおばさん。そのパン1個くれないかな?」


「25ペシだよ」


「25ペシ…? それはなんですか?」


「はぁ? あんた変な事言うねぇ。もしかしてよその人かい?」


「ええ、私、旅の者で…」


「お金が無いなら、そうだ。そのカバンにある物1つと交換でいいよ。嫌なら帰りな」


 私はカバンをごそごそと漁り、要らない物は無いかと探した。


「すみません、パン1つ」


「毎度!」


 男の人が来たと思ったら、コインを支払ってパンを貰い、すぐ去ってしまった。あれはなにかわからない。褒美の品だろうか?


「で、あったのかい?」


「これならあります。ダメですか?」


 私は念の為に持って来ていた何個かの魔力石の1つを手渡した。すると店主のおばさんは血相を変えて私にこう言った。


「こ、これは…!! ねえあんた、これくれるのかい? だったらこのパン、全部あげるからさ!」


「い、良いですけど…パンは1個でいいです。その長細いパンをください」


「ま 毎度あり!」


 なんだかよく分からないけど、パンを貰えたからいいや。

 私はパンを齧りながら、この町を探索することにした。

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