ヴォールス帝国編

第8話 人間の村

 魔王城を出発してはや数時間。以前焼け焦げた村に来た。最後に様子を見たかったからである。


「…フォティノース様? ですか?」


 この前、宿はどうかと言ってくれた人だ。生きてたんだ。


「どうも。無事でよかった。他のみんなは?」


「はい、無事の者も居ます。ですが残念ながら殺された者も……」


 怒りと悲しみに溢れた彼の感情を、私は簡単に察した。

 なら、こんなところで世間話なんてしてる場合では無い。


「ねえ、あなたの名前を教えてくれる?」


「私の名前、ですか? あ、アナクーフィシです。ですがこんな下民の名を覚えるなど、無駄でしかないでしょう……」


「いい名前だね。アナクーフィシ。うん。素敵な名前だ」


 私は彼に握手を求めた。

 アナクーフィシは戸惑いつつも、私の手を握ってくれた。

 彼のためにも、みんなのためにも、頑張らなければ。きっとこの出来事は、何年経っても忘れないだろう。

 なぜならこれは、私が覚悟を決めた瞬間だから。


────


 歩いて、歩いて、歩いた。

 まだ夜、暗い夜。

 星はまたたき、星座を成す。

 歩いて、歩いて、歩いて。

 月はもうすぐ沈む頃、だがすぐまた昇るだろう。

 歩いて、歩いて、歩いた先。

 私が目にしたのは、失明してしまいそうなほど明るい太陽だった。


────


 私はようやく人間に会えた。年老いた男だ。

 私はすぐさま彼に近付き、話しかけようとしたが先手を取られた。


「おや? 朝早くに見知らぬ人だ。旅人さんかな?」


「はい。そうなんです。つかぬ事を聞きますが、ここはどこですか?」


 私は人間が住む土地まで、魔王城からぶっ通しで歩いてきた。

 そして森を抜けてようやくたどり着いたのが、この小さな田舎の村である。私は村を囲んでいる木の柵から入口らしい所をみつけ、そこからお邪魔した。

 辺りは森林ばかりで、田畑しかなく、木材で作られた家がぽつ、ぽつと建っていた。

 村をよく観察してみると、羊、牛、豚だったり、私でも知っているような家畜を飼い慣らしているらしい。「コケコッコー」と鳴く不思議な生き物もいた。

 だがあの生き物を知らないと言えば、きっと魔族と疑われてしまう。慎重に行動しなければ。

 フードを深く被り、アサナシアから貰った香水も付けてある。

 これで魔族の者だとバレる心配は無いだろう。

 ……バレてないよね?


「ここはフォルス村だ。ここで会ったのも何かの縁、食べ物はあるかね?」


「いいえ、持ってないです。1週間に1度で良いので…じゃなくて、お腹はあまり減らないので」


「そうかい? いいから着いておいで。食事を振舞ってあげよう」


「大丈夫です。お腹減ってないので」


「そう言わずに。ささ、おいで」


 頑固さで負けたと感じた瞬間、やっぱりお腹が減っていたようで、腹の虫がぐぅぅっと鳴いた。

 あ、はやく言い訳しなきゃ。


「すみません……お腹、減ってます……」


 老人はにこりと笑い、村の中でもそれなりに大きい家に招待してもらうことになった。



───


「さ。お食べなさいな」


「いえ、ええと……こんなに多くなくても……」


 私の目の前に出されたのはとてつもなく多い料理の数々であった。まるでパーティーでもするかのような量である。

 事の発端は約3時間前。

 男の老人の家の中に入ると、そこにはもう1人の人間がいた。老婆である。その老婆が早朝にも関わらず村の人々を叩き起し、旅人が来たと情報を拡散し、老若男女問わずこの家に入り込み、私の姿を見るなりご馳走を自分の家から作って持ってくる羽目に。故に、こんな事になってしまったのである。


「いいのよ! 折角作ったんだから、沢山食べて頂戴!」


「なんせこの村にお客さんが来るのは久しぶりだからねえ。ゆっくりお食べなさいな」


「ど、どうも」


 お言葉に甘え、私は手前にある謎の料理を味見した。

 これはシチューだろうか? 魔族の中でも定番の料理だが、人間界にあるなんて知らなかった。具材はよく分からないが、とりあえず食べよう。


「どうかしら? お口に合うと良いのだけど」


 スプーンですくい、シチューを口に入れる。毒とか盛られてないといいんだが。

 

「…おいしい」


「良かったわ! じゃあこれも食べてみて! きっと美味しいわよ!」


「僕のこれも食べてくれるかい?」


「あたしもつくったの! おいしいよ!」


 うん、歓迎されすぎている。デジャブとはまさにこれ。

 私はほんの少しの食料で良かったのだが、出されたからには食べよう。


「ありがとう。順番に食べますね」


 後ろや前からの視線が、私の居心地を悪くさせる。大勢の人から見られるのは、いつまでたっても慣れない。私は黙々と食べ続け、シチューとパン、ラム肉のステーキを完食した。だがまだまだ料理は残っている。


「もうお腹いっぱいです。ありがとうございました。それじゃあここらで──」


「えぇ〜、もう? それじゃあこれは夜に取っておきましょうか!」


「そうだな。旅人さんもいらっしゃる事だし、今日はお祭りといこうかね」


 わーいわーいと喜ぶ村人たち。私はここで1日過ごさねばならないことが確定した。

 きっとお祭りは久しぶりなのだろう、子供たちもはしゃいでいる。魔族の村も人間の村も、そう対して変わらないのかもしれない。でも1日ここで過ごすのは嫌だなあと思いながらも、たとえフードで見えないとしても愛想笑いはしておいた。

 そしてすぐに私は席を立ち、空気を吸ってくると言い外に出た。

 

「うぉっ、眩しい…」


 太陽というものは明るく、ずっと暗い場所にいた魔族には不適切なのかも。フードがあって助かった。

 私は村を探検してみようと思い、まず気になったのが家畜たちである。自分たちが囚われているのに気付いていないのだろうか、牛たちはただひたすらに地面の草をむしゃむしゃと食べていた。

 私は木の柵に手を置き、ぼーっと家畜たちをながめてい時。


「かわいいでしょ! この子たち!」


 隣から甲高い声がした。子供の声だ。私は右下を見てみると、茶色の髪をした女の子が私の隣に立っていた。


「かわいい、のかな。私には分かんないや」


「そっか。でもエマから見たら、かわいいの!」


 彼女はエマという名前らしい。人間の子供と話すのは初めて。でも子供は知能が低いから、私はちょっぴり苦手だ。


「この白と黒の牛さんはモーちゃん、あっちの真っ茶色の牛さんはマーちゃん、あそこのピンクのブタさんはミーちゃん! かわいいでしょ!」


「うん。そうだね。かわいいね」


 全くもって可愛いなんて思ってないけど、泣かれると困るので適当に同調しておく。


「たびびとさんは、おねーちゃん? それともおにーちゃん?」


 声からして女に決まっているが、確かに顔も体も全て隠されているので、子供に分かるわけもないのだろうか。


「性は女だよ。おねーちゃんだね」


「わぁ…! ねえねえ! おねーちゃんは、どうして旅をしているの?」


 キラキラした目で質問された。純粋無垢なその瞳に、『君たち人間を倒すためだよ』なんて言えるわけが無い。子どもに罪は無いのだ。けれど私は人間全員を憎んでいるので、申し訳ないがこの子には死んでもらおう。


「そうだね、悪い人間をやっつけるためかな。大まかに言うとね」


 あながち間違いではない。


「そっかー。おねーちゃんは強いの?」


「強いよ。すっごくね」


「ほんと?! じゃあいっしょにあそぼ! ちよっとここで待っててね!」


 そう言ってエマはどこかに走り去って行った。

 それにしても、この村は本当に自然豊かでいい村だ。近くに山があって、川もある。お城なんてなくったって、ここの環境は恵まれている。

 しばらく私は牛たちを見ながら待っていると、たくさんの土を蹴る音が一斉にこちらに向かってきていた。

 振り返るとそこには5、6人の子どもたちが私に向かって全力で走ってきている。


「おねーちゃん! あそぼー!」


 ……まじか。



────


 私は夕方になるまで子どもたちの相手をし、疲れ果てていたところを大人に捕まえられ、パーティーをするからと、朝食を食べたあの家に再びお邪魔した。

 そこには今朝よりももっと豪華な食事が用意されており、簡単な飾り付けも施されていた。

 豪華な食事とは言っても、各々が好きなものを食べれるようにとバイキング式になっていた。



「さあ! 旅人さんも来たところで、パーティを始めましょうか!」


 うぉぉぉ! と、少人数ながらもパーティーが始まった。

 お酒を飲んだり、並べてある料理をつまみながらお喋りしたりと、皆自由にパーティーを楽しんでいた。


「旅人さん、そういえばお名前聞いていなかったわね。なんて言うの?」


「フォティノ……フォティです。どうかフォティと呼んでください」


「年はいくつなんだい?」


「17です。多分」


「お嬢ちゃん、そろそろローブ外さないのか?」


「こうした方が落ち着くので」


「おねえちゃん! またあれやってよ!」


「ぼくも見たい!」


「よぅし待ってろ……はい、飴どうぞ」


「すごーい! ありがとうおねーちゃん!」


「あなた、魔法使いなの?」


「はい、魔法使いです。お見せしましょうか?」


「いいの? みんな! 旅人さんが魔法を見せてくれるらしいわよ!」


「いきますね。はい、お花です」


「うぉぉぉ!」


 私は結構楽しんでいた。こんなしょうもない事で喜んでくれるのだから、尚更うはうはだった。

 流石に名前を聞かれた時は焦ったが、なんとか乗り切った。

 そして村人は久しぶりの旅人であることに加え、魔法使いであることがわかった途端、更にテンションが上がっていた。

 もちろん私も気分が良くなって、人間達と一緒にお酒を飲んでいた。ローブで隠していた顔も、いつの間にか見せていた。白い髪に翡翠色の瞳、珍しいし可愛いということでみんな喜んでいた。私もうはうはだった。


「いやぁ、それほどでもぉ…えへへぇ」


 褒められまくっていた私は、当然深夜まで宴に付き合っていた。

 だが酔いが回って疲れも溜まっていた私は、机に伏せて寝てしまった。

 

「くそぅ、人間めぇ……ゆるひゃない…」


 私が記憶にあるのは、その言葉を発したのが最後だった。

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