第6話 呪いを操りし者


「ぐっ……!!」


 カターラは私を庇い、体に直撃した短刀による痛みを堪えていた。

 その短刀には魔力が込められており、通常時の倍の痛みを伴うだろう。


「カターラ!!!」


 私はしりもちをついたまま、彼女の名前を叫んだ。

 目の前で起こった事の衝撃が大きいと、体は動かなくなるというものだ。

 カターラの返り血が、私の服の一部分を赤く染めた。

 久しぶりに恐怖を感じたのだ、人間に対して。


「ちっ、外したか。魔族なんかが生きてていいわけねぇのによ〜、仲良しごっこは目に余るぜ〜?」


 その時、短刀が投げられた方角から声がした。

 燃え盛る炎の中から出てきたのは、ガタイのいい長身の人間だった。身長は3mほどあるだろう。髪の色は黒色で、肌は日焼けにより茶色くなっている。

 服装は至って簡単に済ませているようで、上半身は何も着用せず、下半身はアラビアを象徴させるズボンだけである。


 だが、ほぼ生身の状態でどうして炎の中に留まれたのか。

 思考は巡る、恐怖とともに。

 私はカターラの隣に立ち、怖くも共闘すると行動で示した。


「フォティノース、アタシは1人で大丈夫。さっきの傷も治癒したし、今のアタシは絶好調だから」


 カターラは自分専用の特殊な鎌を構え、相手が動くのを待つ。

 彼女を信じてみるのも悪くない、けど……。


「カターラ、それはダメ。相手の魔力が桁違いだ。私達2人で倒そう」


「人間相手に、か? アンタ馬鹿じゃねーの? アタシ1人で十分だっつーの!」


 彼女は長身の人間に飛びかかる。

 彼女の鎌が空気を裂く。

 すかさず彼も応戦し、彼の身長の半分程度の大剣を振りかざした。

 カターラはというと、その場から消えていた。

 大剣が振り下ろされた瞬間に、彼女は避けると同時に彼の背後に回っていた。


「死ねぇ!」


 鎌の刃は、彼の首を目掛けて突撃していく。もう避けることのできない至近距離だ。


「……ふっ」


 男は怪しく笑う、一体何故だろうか。

 その原因はすぐにわかった。

 カターラの攻撃は通っていない、首の近くで、あと少しというところで止まっている。

 カターラがどれだけ力を込めようと、届くことは無かった。

 彼女も異変に気が付き、私の隣に帰ってきた。


「カターラ、あの男はきっと魔法の鎧を纏ってる。見えないけど、魔力量が桁違いに見えたのはきっとそのせい!」


「ふん、嫌な事してくれるわね。頭のてっぺんからつま先まで、ガードがっちがちじゃない!」


 はあ、とカターラは嘆息をこぼした。

 私も実際、あのガードの硬さに呆れていた。炎の中にいても生身の人間が死なないはずがない、とは思っていたが、まさかこんなことだったとは。

 頭の中で全ての糸が繋がった感じがして、納得いく結論に導けたのは良いと思うが、対処法をどうするか、だ。


「ねえアンタ、名前は? もしかしてだけど、スカーゾと言った?」


「あ? ちげーよ。それは俺のおじい様の名前だ。

テメェら魔族に殺されちまったがなぁ!」


 カターラはにやりと笑う。

 彼女は彼の祖父と面識があるどころか、殺した張本人であるらしい。

 男がカターラに向かって急発進した。

 大剣を相手にお見舞いしてやろうと全力で振り上げるが、カターラの行動の方が何倍も素早かった。

 あとは重力に任せて落とすだけだったが、カターラの蹴りが男の腹部に命中した。あんな華奢な体をしているのに、物理攻撃の威力は凄まじいのだ。

 男は、「ぐはっ!」と言いながら燃え続ける火の中に飛ばされた。

 彼女がヒールを履いていないだけマシである。


「あはははは! 折角だから、アンタのおじいちゃんと同じ方法で殺してやるよ!!」


 カターラに強い魔力の波動を感じる。紫色をした三つ編みの髪は、見えない魔力の渦によって浮き始める。

 それだけではない。

 風が吹いているわけでもないのに、彼女の羽織る黒いローブがパタパタと音を立てながら、強くなびいている。


「最後だから教えてあげる。アタシの名はカターラ! アンタ、名前は?」


「オレはフローガ様だ。魔族を全員ぶっ殺して、エーリモス国の英雄になる男だ!!」


 カターラの魔法が発動した。

 彼女の鎌の刃が青紫に染まり、カターラの瞳はピンク色から真っ黒に変色した。

 大きく上に飛び、フローガと名乗った男を見下ろす。

 すると突然、後ろで起こっていた村の火災が止まる。

 スっと炎が消えたのだ、燃え尽きた家屋を残して。

 フローガは異変にすぐさま気付いた。

 大剣を構え、どんな攻撃が来ても防げるように構えをとる。


「死に至る根源を、貴方にお見せしよう。其れは海をも切り裂く冥界の刃。瞬きの合間に終わらせよう」


「来い! カターラ!!」


 そんな意気込みも乏しく、フローガの首は既にそこには無かった。

 ぼと、と音がしたすぐあとに、ばたっ、と胴体が倒れる音がした。

 カターラは空からフローガに向かって、目にも見えぬ速さで突撃したらしい。

 いやはや、これは流石の私でも目が追いつかない。


 カターラが発動した魔法は、彼女特有の魔法である。

 カターラは呪いを操ることができるのだ。

 呪いを一時的に彼女の鎌に集中させ、どんなものも切れてしまうというチート級の切れ味を生み出すことが出来たのだ。

 それにより、あの男が纏っていた魔法の鎧もサクッと斬れてしまった。


「覚えておいて、私はアンタ達より強いの」


 村人は避難したか殺されたか、でもきっとイウースリか他のメイドが対処してくれているだろう。

 かなりの損害はあったが、これにて害虫退治は一件落着。

 私は見ているだけだったけど、戦闘なんて久しぶりなので結構楽しめた。

 魔力の使いすぎでぶっ倒れたカターラを背負いながら、私は徒歩で魔王城に帰ることにした。




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