第5話 怒り

 魔王がアサナシアになって数日後、私達は人間の視察を頼まれていた。

 私達が頼まれていたのはエーリモス国だ。

 エーリモス国とは、神聖パンゴズミア帝国の宗主国らしく、主に褐色肌の人間が住まう地域らしい。

 私の代わりに部下を行かせているのだが、なんともまあ丁寧な報告書を提出してくれた。

 ふむふむ、と私は報告書に目を通す。

 簡単に言えば神聖パンゴズミア帝国に縋らないと崩壊してしまうような経済体制であり、輸出入も全て頼りっぱなしというとんでもない依存をしてしまっている国らしい。

 それに内紛も絶えない、どうなってんだこりゃという状況。


「ふうん、でも歴史はあるんだ」


 エーリモス国。200年の歴史を誇る、国の中でも高齢の国である。

 エーリモス国歴21年のある時、魔族を生贄として神に捧げるならば、なんでも願いを叶えるという信託が降りた。

 だが魔族が現れなくなり、生贄を捧げられなくなった人間達は、ついに同族までも生贄にした。

 それに怒った神は二度と願いを叶えなくなり、涼しかった気候も今では灼熱と化しているらしい。

 その伝承を今でも信じている者も少なくないため、私たち魔族が行けばおしまいだろう。

 なんだか、背中がぞわっとするような国だ。


 報告書を見ていると、コンコンとお上品に扉を叩く音がした。


「お疲れ様です、フォティノース様。こちら紅茶でございます」


「ありがとうイウースリ。そういえば、領民達は大丈夫? 何か困り事があったら、いつでも言ってね」


「ありがとうございます。ですがご安心ください。民達はいつものように住む場所や食料、衣服までも自分たちで作っています。ここ魔王城から少し遠いですが、ご案内しましょうか?」


「うん。じゃあ行ってみようかな」


 私はメイドのイウースリと一緒に、城下町を見てみることにした。

 丁度報告書もつまらないなと感じていたところだし、気分転換するのも良いだろう。

 私はあつあつの紅茶を一気飲みしてから、執務室のベランダに出る。

 そこから飛んで移動しよう、という魂胆である。


────


「おぉ! フォティノース様だ! みんな! フォティノース様がいらっしゃったぞ!!」


「フォティノース様ー!」


 みんなからの熱い歓声に照れつつも、無視をするのもどうかと思って手を振っといた。


「フォティノース様、人気ですね」


「まあ一応領主っていうか、階席だからっていうか…」


 結構照れるなこれ。


 星が輝く半月の夜、活気に溢れた魔族の村。

 家庭があり、友人がいて、未来がある。

 平和な日々がいつまで続きますようにと、私は心の底から願った。


「フォティノース様、お腹は減っていますでしょうか!」


「フォティノース様、『お風呂』はご存知でしょうか! 人間達の文化であり、入ると心も体も温まるというものすごい魔法で──!」


「フォティノース様! 今ならこの宿の特別部屋を──!」


「フォティノース様! 実は──!」


 うわあ、歓迎されすぎている。

 どれもこれも楽しそうなものばかりだが、生憎お腹は減ってないしお風呂?も怖いので遠慮しとこう。


「悪いけど、今日は私抜きで楽しんで! それより私は、みんなのいつもの姿を見たいんだ」


「そ、そういうことでしたら…」


 集まっていた人だかりは一瞬にして散らばっていった。

 それはそれで寂しいのだが、彼らの普通の暮らしを見せてもらおう。


「いらっしゃい! 今なら新鮮なお肉が売ってるよ!」


「こっちは美味しい茶葉だよ! いかがですかー!」


 うん、私はこれを見たかった。

 真の幸福とは、なんだかんだいつもの変わらないのことを言うのだろう。

 魔族の寿命は長いとしても、いつ死ぬか分からないこの世の中。

 私はここのみんなを、絶対に守ってやろうと誓った。


 けれど、現実は残酷なそう甘くないのだ。



────

 私がイウースリにもらった紅茶を、優雅に飲んでいた日のこと。

 その日はちょうど新月であり、星が主役の日だった。

 突如大きな爆発音が轟き、あの気持ちが悪い魔力の反応を感知した。


「まさか、ね」


 そう、これは私の気の所為であり勘違いである。お願いだからそうであって欲しい。

 地下にて発動されたあの魔法とは違う流れだが、あの日と同じ胸騒ぎがした。

 私は引き続き執務作業を続けたが、不幸な事に城内が騒がしかった。


「フォティノス様──!」


「分かってる!!」


 私は思わずカッとなり、声を荒らげてしまった。

 このままだと今度は本当に全員殺されてしまう。

 急がなければ、対処しなければと席を立とうとした瞬間、イウースリが衝撃的な事を私に教えてくれた。


「いいえフォティノース様! 今の音もそうですが、調査員達が先程、遺体で発見されました…」


「は? 今、なんて?」


 もう限界だ。

 まだ報告書は届かないのか心配していたが、案の定これであった。

 私は机に拳を思いきり叩きつけ、窓ガラスを魔力圧により全て割ってしまった。

 怒りは増す一方、全てを破壊しそうな勢いだ。

 けれどイウースリの心配そうな顔をみた途端、自分の中の魔力暴走が収まった。


「…ごめん、感情的になった。でも今は領民優先。先に行って様子を見てきて。もし人間が居たなら殺して構わない。でもなるべく、生きた人間を捕らえてきて」


「はい!」


 彼女は瞬間転移魔法を使い、すぐさま村に向かってもらった。

 彼女の実力は並大抵の者なら瞬殺できる程であり、魔族の中では優秀な方である。

 私はアサナシアに報告しなければならない、勝手な行動はご法度である。

 私は玉座の間に走った。


「魔王様! 今民達が大変な事に!」


「あぁ、承知している。今カターラを向かわせた。お前もメイドを向かわせただろうから、もう増援は要らない。下がれ」


「魔王様、お言葉ですが、カターラだけでは勝てないと思います。私も向かって良いですか?」


「…俺は援護しないぞ。勝手にしろ」


「ありがとうございます!」


 ピリついた玉座の間の空気を、何とか生き抜けた。

 何故私がカターラとイウースリだけじゃ勝てないと思ったのか、それは自分にも分からない。

 ただ直感がそう言ったから、という幼稚な理由しかないが、アサナシアが私を信頼してくれていることを感じられた。

 兎にも角にも、私は目にも見えぬ速さで村へと飛んだ。


───

「オラァァァ!!」


 聴覚を引き裂くような金属音が、耳に強く響いた。

 人間達は全員殺していいってアサナシアから命令されたから、アタシは容赦なく殺してる!

アタシが最初に来た時、もう既に村は崩壊状態になってた。

 燃え盛る火は止めれるはず無いし、皆きっと逃げてるだろうから、やりすぎても問題はナシ!

 大きな鎌を振り回し、大人数で襲ってきた人間の首を狩る。

 こんな快感は久しぶり!

 またいっぱい人間を食べたくなってきた!


「ふふふ、あはははははは!」


────

 私が到着した頃には、もうカターラが人間の軍を全滅させていた頃だった。

 それはいいんだけれど、1人くらいイウースリが捕らえてくれただろうか。

 いやいやそれも良くて、とりあえずカターラが暴走する前に落ち着かせないと。

 私は人間の死体を避けながら、血の海の真ん中に立つカターラを窘める。


「ちょっとカターラ! 落ち着いて!」


「あはははは! …あ? って、フォティノースか。ねえ、ふふふ、見てよ! 私、久しぶりにこんな人を殺したわ!」


「そうだね。でも全員殺したら情報を集められないじゃん!」


「あー…それは考えてなかった。でもアンタんとこのメイドが、1人連れてったのを見た気がするわ」


「ふぅ、良かった。じゃあ一旦帰ろう」


「そうね。服も汚いし、帰ってシャワーでも浴びるわ!」


 そうしてひと段落着いたところで、突然魔力を感知した。

 一体何故、どこからなのか。

 私たちは周りを見渡す、だがあるのは衰えを知らない火の手だけ。

 その時、カターラは私の肩を両手で強く押してきた。

 短刀が私の頭に命中する寸前に。

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