第3話 痛みは突然に
そっと扉を開けた先、私が見たのは蜘蛛の巣に囲まれたベッドが待っていた。
「あ、あ、ぁ…。ぅぅうぐっ、ぁ…」
元々寝るスペースだけの狭い部屋だった。けれども、以前のような装飾はもう無くなってしまっていた。
我慢できないこの感情を、一体どう表せば良いのか。
突如奪われた仲間とか、人間に負けた悔しさとか、積み重なった悲しみが今ここに来て開放されたようだった。
ここ数百年間、涙は流れなかった。
魔王様が、我ら魔族により良い暮らしをと頑張ってくださっていただけなのに。
人間に対する憎しみは、日が経つにつれて増す一方。ただ涙は、溢れ出るばかりだった。
────
基本的に、魔王城に朝は来ない。
何故なら地の果て、断崖絶壁のような場所に建てられているからだ。
星は輝き、月は西から東へと移るばかり。
日によって月の満ち欠けは変わるが、星の輝きが衰えることは無い。
私は一日中寝てたらしく、月は少し欠け始めていた。
「…あ、イウースリ。大丈夫かな」
起き上がったその時、腰に激痛が走った。
「い、痛ぁぁぁ!!」
思わず声が出てしまった。しかもかなりの声量である。
なんと私は床で寝てたらしい。
ひんやりしていて気持ちがいい、としか思っていなかったのに、まさか自分の体を痛めていたとは。
「フォティノース様!! 大丈夫ですか?!」
くそ、こんな時にイウースリか。
確かに昨日はあれから顔を出してなかったし、もしかしたらと思って来たのだろう。
なんて言えばいいんだ、『床で寝てたので腰を痛めました』とでも言えばいいのか。私を1番に慕ってくれている彼女に、こんなダサい姿を見せるつもりなんて無かったのに…。
「だ、大丈夫…。うん、大丈夫だから…。それより私、今忙しいから…。イウースリは朝食の準備をお願い…」
何とか立ち上がり、腰に手を当てながらイウースリにそう告げた。必死こいて言い訳したが、通用しただろうか。
それにしても、忙しいという言い訳は見苦しいだけである。
「フォティノース様がそう仰るなら…。で、では私どもは朝食の準備を致しますね。きっとすぐ出来るはずですので、暫くしたら、大広間までお越しください」
「あ、あ、ありがとう…」
産まれたての子鹿のようにぷるぷると震えながら、感謝の言葉を彼女に述べた。
若干引いていたような気がするが、純粋な彼女ならきっと信じてくれるだろう。
はあ、なんというか、最悪だ。
────
「おや、起きたのかい? フォティノース。床での寝心地はどうだったかな?」
大広間にて食事をしようと降りたところ、階席の皆様がお揃いのようだった。
そしてエクリーポに茶々を言われた。
最悪な気分なのにもっと最悪な事を言われるとなると、誰でも腹が立つというものだ。
「お、おまえぇ…! なんでそのことを…」
怒りを拳にぎゅっと込め、もうすぐ殴れるというところで私はぐっと押えた。
いやいや私はもっと大人なのだ、そんな事言われてもなんとも思わないぞ、という顔をしてやった。
「フォティノース、おはよう。私達は先に食べているわ。地上での食事って久しぶりね〜」
「ああ、そうだな。お前も早く食べるといい」
今イスキオスに同感したのは、第1席のアサナシア。
私の師匠で、魔王様より強い。
ちなみに男性で、顔もよし頭もよしそれに実力もよしと、まさに非の打ちどころのない人だ。
「どうも」
私は一言だけ彼らに伝え、目の前にあるステーキを食べた。
ナイフとフォークを器用に使う姿は、まさしく淑女そのもの。
そんな淑女が食すこの料理、かなり絶品である。
お肉は口の中でとろけて、残るはソースの香ばしさ。
美味しい、本当に美味しい。
美味しすぎるがゆえに、何事もなくすぐ完食してしまった。
「…美味しかった。ありがとう」
私はメイド達に感謝を伝えると、食器を下げさせた。
1口お水で口をスッキリさせ、折角の機会だからと話を始めた。
「丁度みんな揃ってるんだし、話し合いたい事もあるんだ」
先程の空気とは打って変わって、きりっとした。
久しぶりの階席会議が、ここで幕を開けようとしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます