68話 藩主、酒井忠利と対面

毎日、城には武士だけで三百人ほど常駐しているらしいが定かではない。(歴史的を見ても川越藩に何人勤めていたかは記されていないので推測で語るしかない)他は交代で登城するのか藩士は何人いるか知らない。その他に女中やらその数は相当なものになるだろう。それにしてもかなり人数が集まって来た。ここで車を降りるわけだが保管場所が問題だ。まさか盗む者はいないだろうが、秋山半兵衛に保管場所を頼んだ。車が入る小屋の鍵を掛けて警備するものを数人付けてくれた。

 車から雄一は殿への土産として持って来たダンボールを出すと、気を利かせたのか家来がダンボールを持った。雄一は秋山半兵衛に従って城の中に入って行くと、家老である本田良成が出向えに出た。

「これはようこそお出でくだされた。遠路ご苦労で御座る。家老職を務める本田良成と申す」

「佐伯雄一と申します。どうも本日は、お招き戴きまして有難う御座います」

この本田良成は身長百五十センチそこそこの小男だった。年の頃は五十近いだろうか、しかし眼つきは鋭かったがその身長の差は三十センチ以上もある。さぞ戦国時代は先陣をきって戦った武将ではないだろうか。しかしこの大きさは桁外れだ。異人は大きいと聞いていたが、これ程大きいとは驚きだ。それでも武士の威厳がある。驚きを隠し丁寧に迎え入れた。

現在川越藩は七万石の藩だというが、それが雄一にはどれ程の規模のものか分からないが、因みに一石で大人一人分の食料に相当するそうだ。中に進むと城内の柱など黒光りしている。


戦が無くなって十年余、戦国時代も終りを告げ城勤めする侍たちも役所に勤めているように穏やかだ。雄一は大広間に通された。さすがに広い六十畳以上はある大広間だった。

長方形の部屋で下座からでは、上座に座る人の顔がよく見えないほどだ。

一段高くなった所に川越藩城主の酒井忠利が座っているようだ。この酒井忠利は三代将軍家光(幼少期名 竹千代)の子守り役をしていたことがある。その下の両側に酒井忠利の重臣達が十人くらい座っている。流石の雄一も緊張して来た。映画ドラマでは見た事があるが、ここは城の中で沢山の侍が雄一を見ている。


 噂が広まっているのだろうか。未来から来たという青年の服装は背広だが、勿論見たことも聞いたこともない姿に一同は驚いた表情に見える。雄一の隣には秋山半兵衛が付き添っていて礼儀作法を教えていた。まず殿を直接みてはいけない。それまで顔を伏せているように言われた。

それに長身の大男には度肝を抜かれたようだ。全員が揃ったところで藩主の酒井忠利が扇子を立てた。それをみた家老の本田良成が「皆の者、おもてをあげよ」と言った。

 雄一もそれに合わせ顔を上げると、殿の酒井忠利と目があった。

「そなたが未来から来たという男か? 遠路ご苦労であった。ちこうよれ」

ちこうよれ? 確か時代劇ドラマで近くに来いという意味と理解し、雄一は立ち上り三メーター位前に座り直した。この時代は殿様と言えば雲の上の人、礼を損なわないようにしないと、雄一は緊張した。

「そう緊張しなくてよいぞ。余は藩主酒井忠利である。作法は気にすることはない。その方の作法でよろしい」

「はあ、お気遣い有難う御座います。私は佐伯雄一と申します。ご招待に感謝致します」

感謝とは言ったが、この時代、感謝という言葉を使って居たのか知らないが雄一がそれ以外の言葉が見つからない。こんな挨拶の仕方で良いのだろうか、体が緊張で汗が噴出しそうだ。顔をまともに見てはいけないと、家臣の秋山半兵衛から聞いていたので頭を伏せたままだ。

「佐伯氏(うじ)とやら面(おもて)をあげよ。楽にしてくれ余は一向にかまわんぞ。四百年の先の未来から来たと聞いておるが真か?」

「はい、改めてご挨拶申し上げます。私は佐伯雄一、三十二歳。生まれは東京……いや府中と申しあげれば分かるでしょうか」

「ふむ、府中は知っておる。ここからもそう遠くはないが。なんでも未来から来たと聞き及んでおるが、詳しく聞かせてくれんか」

 

「実は父が亡くなり財産の整理をしていた所、数日前から毎日雷が鳴り嫌な感じがしていました。そんな時に雷が近くに落ちたのか一瞬気を失いました。暫くして外を見ると周りの家が消えて林になっていました。この時に四百年前の過去来た事を後で知りました。これまでの時代の金は使えなくなり、この時代で生きて行くには金が必要だと分かり、運よく府中の味噌問屋の主人に打ち明け、私の知る知恵を絞り玉子焼きや揚げパンを作りましたが、それが評判良く川越藩が知る事となったようたようです」

「ほう、父が亡くなるとは気の毒にのう。それにしても不思議な事が起きたものだ。未来から過去に戻ってくるとはのう。四百年先とはどんな世界であろうな。もう少し詳しく聞かせてくれぬか」

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