第32話 オートバイ

松三は木綿屋の手代二人に大八車を引かせて、雄一の後ろについてきた。最初に松三と出会った所にオートバイを隠して置いた。それを道に出して来た。

但しエンジンは掛けずに押しながら。またしても三人は見た事もない二輪の車を見て、あっけに取られた。

「佐伯さま、それは一体なんで御座います?」

「うん、これはオートバイという乗り物で馬よりも早く走れる乗り物です」

「う、馬よりも早い?」

「そう馬よりも早い。ただ道が良ければだが」

「ぜ、是非それを見せてくださらんか」

「それは良いが、驚かれるといけないので他人が居ない所なら」

それから一キロほど歩いただろうか、町中から外れて先ほど来た原っぱに出た。松三は手代達に、周りに人が居ないかを確認させた。


「佐伯さま、ここなら大丈夫。さっそく見せてくださらんか」

三人はオートバイを、固唾を呑んで見つめた。雄一はスタータ・スイッチを押した。バル~ン・バル~ンと原っぱにその音は響いた。

三人は機械の付いた猛獣が暴れたかのように思えた。

雄一はローギアにシフトした。オートバイは動きだしギヤアチェンジをして加速して行った。青白い煙とガソリンの燃えた匂いを残してオートバイは疾走して行くが道が悪い為六十キロが限界だった。

二百五十CCオートバイでも、高速道路なら百八十キロは出せる。

オフロード用のもので山道を得意とするオートバイだ。しかし、これもガソリンが無くなったらタダの鉄屑に過ぎなくなる。

またまた三人は驚きを通り越して、アングリと口を開けるばかりだった。まさにこの世の物ではない。月の世界の向こうから来た人間かも知れない。

「まっまさに馬より遥かに早い。なんて凄い物ですなぁ」

雄一は別に自慢するつもりはなかったが、自分が未来から来た人間であることを確信させたかったからだ。一周して雄一は戻って来た。聞いた事もない音にガソリンの匂いも異様だ。まだオートバイのエンジンが掛かったままだ。三人は生き物かと思ったのか、そのオートバイを恐ろしい物を見るように慌てて遠ざけた。松三は驚きながらも、オートバイについて尋ねた。

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