第29話 物々交換の交渉

 そこで雄一は、歴史辞典みたいな物を取り出した。

「現在は元和八年(1622年)と言うことですか。この前は確か織田信長が本能寺の変で明智光秀の謀反により自害した日、今度は将軍が家光に変ろうとしている。何か節目、節目に歴史の中を私は渡っているのか、神が実体験者として俺を選んだのか? そして四十年を一瞬にして飛んだのか、歴史の中を歩かさられているかのように」

 小さな声で、雄一は独り言をブツブツと呟いた。

「ほう詳しいですなぁ。もし未来から来たのなら、これからの幕府はどうなります。分っているのですか?」

「歴史は紛れもない事実です。当分は安泰です。今の将軍、秀忠公は寛永九年〔1623年〕まで勤め、次に家光公が三代将軍に四代将軍は家綱公になり益々、徳川幕府は安定した時代に入ります」

大戸宗右衛門は口を、閉じる事を忘れポカ~ンと口を開けたままだ。

この大戸宗右衛門はやがて府中味噌を全国的に売り出す事となる。将軍家への献上品や甲州街道を通る大名達は国への土産として、こぞって買っていったと云う。後に関東の豪商として歴史に名を刻む人物となる。

その目の前に居るのが木綿屋の当主、大戸宗右衛門と嫡男であった。 

しかしそれは後に未来から来た佐伯雄一の知恵があったからか? 未来からの知恵を大戸宗右衛門に提供したものだろうか?

「あのこちらの味噌は府中味噌というのですか」

「はぁそれが何か?」

「府中味噌と云えば同じ府中でも広島の府中にも府中味噌として有名ですが」

「おやどうしてそれをご存じで、実は私はその広島の府中で味噌屋の主、大戸久三郎の弟子でして今はこうして暖簾分けをさせて貰いました。同じ府中としてなら府中味噌の名を広める為に主の大戸の名前を戴いた次第です。そうですか未来でも府中味噌は有名なのですか、流石は我が師匠、久三郎様です」

「なるほど、それは良いお話で御座いますねぇ」


「関東ではまだ大戸久三郎の名前を知って居る者はおりません。佐伯様、佐伯の旦那が未来から来た事は信じましょう。とは言っても未だに信じがたい部分もありますが。はっはは。そうじゃこれが嫡男の松三で木綿屋の跡取りに御座います。それで食べ物が入り用と申したが何が欲しいので?」

「旦那はよして下さいよ。それは有難いのですが。金……いや銭が御座いません。私は平成という時代から来ました。しかしその紙幣やコインは使えませんで。それでこのライターと電卓とを交換出来ないでしょうか」

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