第8話 クソメガネ、卒業する。
「え? 何? どういうこと?!」
山賊装備のひどい臭いで目覚めた梓さんがパニックになっている。
うん、気持ちはわかる。
ほんとに臭いんだ、これ。
って、いや、問題は臭いの方じゃない。
突然こんな異世界に転移しちゃって、魔物に襲われかかっている状況の方だよね?
俺も、出来ればゆっくりベッドの中で腕枕で添い寝しながら今の状況を教えてあげたい。
だが、事態はそうも言っていられない。
「梓さん! 説明は後でする! とにかく、俺の後ろから離れないで!」
俺は山賊から奪ったナイフを構え、梓さんを背中にかばい、魔物の声がする森の方に相対する。
「基夫さん……? その格好と臭いは一体?」
「えーと、それも後で説明するから、とりあえず鼻つまんでしゃがんでて?!」
「えーと? はい……」
ガルルルルル――
森から大型犬のような魔物がのっそりと出てくる。
見た感じ、狼型の魔物の様だ。
って、狼だと?
俺、犬にも勝てないよ?
俺のアドバンテージ、メガネだけだよ?
メガネにどんな能力があっても狼には勝てないと思うの。
ガルゥゥゥア!
魔物の狼さんがさっそく飛び掛かってくる。
さっきのクエストの文言からすると、この狼さんが狙っているのは梓さんの方だと思う。
だからこれ幸いと逃げる訳に行かないところが男の辛いところだ(一度言ってみたかった)。
俺は梓さんと狼の間に身体を滑り込ませ、梓さんに向かう噛みつき攻撃の顎をかちあげようと――
がぶっ
「いってえええええええええええ!」
見事、俺の左腕に狼さんが嚙みついた。
キャイン!
その刹那、まるで時間が止まったように一瞬世界が静寂に包まれ、その間にオレは反射的に狼の喉を持っていたナイフで貫いていた。
「……い、今何が? 倒した……のか?」
目の前に倒れ伏す狼。
激痛がするかと思いきや、麻痺したのかなぜか痛みを感じない左腕。
骨までかみ砕かれたのか、噛まれたその個所から先はぷらーんと揺れている。
『――灰色狼を討伐しました。メガネレベルが3に上がりました。』
『――パーティーメンバーの菅生梓のメガネレベルが2に上がりました。』
え? ちょい待って?
梓さんのレベルまで上がったの? しかも、そっちもメガネレベルなの?
『クエストクリアです。元の世界に戻ることが出来ます。戻りますか? Y/N』
えーと、いろいろ消化不良だが、日本に帰るチャンスを逃すわけにはいかない。
梓さんが一人取り残されるような事態にならないよう、ナイフを腰に差して梓さんの肩を必要以上に強く抱いて体を密着させて『Y』を選択する。
◇ ◇ ◇ ◇
「ふう、無事に帰っては来れたが……」
俺は無残にも嚙み砕かれた自分の左腕を見つめる。
もはや、痛みを通り越して感覚がない。
その傷口からは、血が滴っているが、幸い動脈は傷つかなかったのか、その血は噴き出るほどの勢いは見られていない。
「こんな怪我しちゃって……救急車でも呼ぶしかないか」
そう思った瞬間。
メガネの視界の中の俺の左腕に例の四角いウインドウが。
『左腕:上腕骨粉砕・解放骨折、重度の裂傷・咬傷、出血(中)』
『治療しますか? Y/N』
治療できんの?!
っていうか結構なひどい怪我だな。
自分のステータスがみられるんだったら、HPがどれだけ減っているか確かめたいところだ。
「もちろん治療だ!」
そう言いながら創部を見つめていると、じんわりと怪我が治っていくのが視覚的にも肉体感覚的にも分かる。
で、創部から目線を外すと治療の進みがストップすることから、これもメガネの視界に入った部位の治療の能力なのだと想像できた。
こうして能力を使っている時、自分のステータスがみられるんだったら、MPがどれだけ減っているか以下同文。
そんなこんなで5分ほど経過すると、俺の左腕は傷一つない健康な状態に回復していた。
「あの……?」
おっと、梓さん。
いまだ自分の身に何が起こったかを把握しきれていない梓さんが困惑しておられる。
「えっと、説明します。でも、何から話しましょうか……」
「そ、その前に」
ん? その前に? なんだろう?
「それ、洗いませんか?」
ああそうだった。
俺が今着ているとっても臭い獣革の上着とか、ぼろぼろの靴もどきとか、血まみれのナイフとか。
すっかり鼻の嗅覚が麻痺していて忘れていたよ。
「ファブじゃ無理かな?」
「洗いましょう」
さすがにそのまま洗濯機にぶち込むのは今後の洗濯物への悪影響が強すぎると思われたため、ユニットバスの浴槽に洗剤と共にぶち込んで踏んずけて足揉み洗いを敢行しました。
その間、当然元から着ていたスエット上下も臭い移りして使用不能になり、俺は全裸でぞうさんをぶらつかせながら踏み踏みしていました。
すると、「手伝いましょうか?」と梓さんの声。
俺全裸ですよとの声にも「かまいません」とのお返事で、なんと梓さんも着ていたものを洗濯機にぶち込んで、全裸でユニットバスの中に。
俺のぶらついていたぞうさんはしっかりと固形化し、そんなことはお構いなしに二人で一心不乱に臭い革製品を踏み踏みしました。
そのあとベッドで――
二人は無茶苦茶〇〇○○した。
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