第6話 クソメガネ、連れ込む。

「こ、こんばんわ! お待たせしましたか!?」


「いや、今来たところです」


 嘘である。





 今は、待ち合わせの時間の15分前。


 昼に買い物してそのまま待ち合わせ場所に来ていた俺は、早く来過ぎていた。


 そのせいで、15分も前に来てくれた菅生さんに謝らせてしまうことになってしまったのであるが。



「でも、うれしいです! もしかして、来てくれないんじゃないかって不安だったんです!」


 おおう、なんだこの可愛い生き物は。


 ちょっと明るいベージュのスカートにはフリル付きのイエローっぽいブラウス? と、初夏の今にマッチした感じのいでたちだ。


 対する俺はというと、ちょっとしたブランドのカーゴパンツに半袖Yシャツ、インナーも新品のTシャツだ。


 うーん、デートだな!



◇ ◇ ◇ ◇



 それから約10分後、俺たちはビルの高層階にある夜景が見えるレストランで、窓を正面に隣り合って座っていた。


「あの! ここ! 万台市に就職した時からずっと来たいなって思ってて! でも、一人じゃなかなか来れなくて……だから、今日、夢が一つ叶ったんですよ! へへへ」


 ここはシュラスコを出す店で、注文すると店員が大きな肉を席のそばまで持ってきて、その場で皿に切り分けてくれるのだ。


 メニューには単品で肉の種類も書かれていたが、こんな場所に来たのは初めてなのと、なんだかんだの初デートでテンパってメニューが良く理解できず、結局『アラカルト』コースを二人で頼んだ。


 食前酒(ノンアル)のカクテルで乾杯し、会話が始まる。


「篠村さんは、わたしのこと覚えてないでしょ?」


 んー、正解です。ごめんなさい。っていうか、どこかで接点あったっけ?


「あ、いいんですよ! わたしが一方的に覚えてただけですから! それに、もう半年以上も前のことですしね!」


 聞くと、菅生さんが俺のことを初めて認識したのは入社前の会社説明会の時なのだとか。

 当時まだ高校生でメガネをかけたまま参加せざるを得なかった、俺にとっての黒歴史だ。


「わたしもメガネかけているから、なんとなく、メガネの人を視線で追っちゃって……。それが、篠村さんだったの。で、入社式の時に見かけなくて。でも、よく見たらメガネ外した篠村さんだってことがわかって……。それで、同じ部署になれたんだけど恥ずかしくてなかなか話しかけられなくて……。そしたら、めずらしく私と同じ時間に、あ、わたしいっつも朝弱くてギリギリに出勤してるんですよ。それで、珍しくそんな時間にメガネをかけた篠村さんとばったり会っちゃったから、つい、お食事でもってさそっちゃいました!」



 おお、つまりはメガネか? 俺の忌み嫌うメガネが菅生さんとのキューピットなのか?


「あ、さん付けはあれなので、篠村とか、基夫って呼んでくれると……」


「え、でも……。わかりました! 基夫くん! じゃあ、わたしのことも苗字じゃなくて名前で呼んでくださいね!」


「ああ、ありがとう。梓さん」


「はい!」



 そんなこんなで結構いい雰囲気に。


 梓さんは、赤林県の出身で、ここ万台市に単身で就職したらしい。俺の晴田県とお隣県だな。


 ということで地元トークでも盛り上がったのだが、当然のごとく俺は自分のあだ名のことは話さなかった。


 このまま帰るのもアレだなとのことで、2次会の国分町へと繰りだす。


 見つけたおしゃれなショットバーで、ノンアルカクテルを二人で頼む。



 アルコールこそ入っていないが、酒場の雰囲気で酔ったような気分になり、二人は良い雰囲気になってきた。


 二人とも、同じアパートに住んでいることもあり、二人で手を繋いで夜の街を歩き、コインロッカーに預けた俺の服を回収してからタクシーを拾う。


 そして二人はタクシーを降り、向かう先は――


 俺の部屋だった。




◇ ◇ ◇ ◇



二人で部屋に入り、どちらともなく抱擁を交わす。


そのまま唇を交わすかのような雰囲気ではあったが、何しろ互いにはじめて同士。


緊張と躊躇で変な間が空いてしまう。



「あ、シャワーを」


「うん、じゃあ、俺が先に浴びてくるね」



 何かのハウツー本で読んだことがある。


 こんなシチュの時は男が先に浴びるべしと。  



 こんな時のために、新品のバスタオルを準備しておいてよかった。



 緊張の治まらぬままシャワーを浴びて、バスタオルを巻いて部屋に戻ると――



 梓さんは眠っていた。



◇ ◇ ◇ ◇


 梓さんは床に座り、ベッドを背もたれにして座ったまま眠っていた。


 起こすか? いや。


 正直、残念な気持ちでいっぱいだが、俺とて初めてで気後れしている所もないでもない。


 チャンスは今日しかないわけじゃないしな。


 俺は比較的新しいスエット上下を着て、梓さんを起こさぬように軽く毛布を巻き付ける。


 

 ふと、コンタクトを付けたままなことを思い出す。


 梓さんの前でメガネの姿になりたくはないなとの思いもあったが、どうやらこの出会いはメガネがもたらしてくれたらしい。


 それに、会社説明会の時とあわせて2回もメガネ姿を見られているのだ。


 俺はコンタクトを外し、部屋の隅に横になって――


 メガネケースにメガネをしまおうとする矢先、興奮と疲れから寝入ってしまった。





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