第5話 クソメガネ、浮かれる。
それにしても、このメガネ。
俺のトラウマだったこのメガネ。
「めっちゃ有能だな!」
俺の仕事は、医療品機器製造メーカーの品質チェック担当。
寝坊してコンタクトを付ける暇もなく、やむなくメガネで出勤したのだが。
コンベアーに流れる医療機器の不具合がすぐわかる!
仕事モードで製品を目視チェックしようとすると視界の中にウインドウが現れて、
『良』といったウインドウがたくさん出てきて、その中に稀に『不良』といった表示が混ざるのだ。
おかげで、今日の俺のラインの不良品発見率は100%!
2次検査に回る前にぜんぶチェックできたから、ロットの再発注なんかも工場部門にタイムロスなく発注できて、工場全体の生産効率も若干アップしてしまった。
まあ、だからと言って定時の前に仕事が終わったり、特別ボーナスが出るとかはないのだが、とりあえずすべての工程で残業者は出なかったらしい。
◇ ◇ ◇ ◇
「お疲れ様でしたー」
タイムカードを押して退勤する。
「あ! 篠村さん! お疲れ様です!」
会社の職員玄関を出ると、若い女性に声をかけられる。
誰だっけ?
疑問を感じるとすぐに、メガネの視界にウインドウがポップする。
『菅生梓』
あ、あっぶねー、菅生さんだった。
それにしても、こうして素顔を見るのは初めてだな。
といっても、彼女の存在を認知したのは今日の朝なんだけどな。
こうしてみると、彼女の顔立ちは整っていて、可愛い系というか、小動物系というか、顔の大きさに比して大き目なメガネがより可愛さを増している。
髪は黒く、ショートボブで清楚な感じだ。
え? なにげに美少女じゃない?
こんな美少女が俺に恋慕の情を抱いているなんて、何かの間違いじゃないだろうか?
「あっ! あの! お食事の件ですけれども!」
「あっはい」
「こ、今週の土曜日の夜なんてい、いかがでひょうか!」
「あっはい。大丈夫です」
嚙んだことはスルーしてあげよう。
すると、パアーッと花が咲いたような笑顔を浮かべ、
「楽しみにしています! じゃあ、土曜の17時に万台駅の政宗前で待ち合わせでどうでしょう?!」
「わかりました。宜しくお願いします」
「はい! それではまた明日!」
彼女はそう言って自宅へと向かっていったが、どうやら彼女の自宅はオレと同じ棟の社宅アパートだったらしく、そのまま同じ方向に歩き続けて若干気まずい雰囲気になってしまっていた……。
で、黙って並んで歩くのも気まずかったので、俺は某牛丼店に夕飯を買いに行くべく、一言挨拶して道をそれる。
◇ ◇ ◇ ◇
おれはアパートに帰り、牛丼を平らげる。
そういえば。
先週例の異世界? に転移したときも夕食はこの牛丼だった。
あれ以降、向こうの世界に転移したことはない。
なにか、転移するトリガーでもあるのだろうか?
この前と条件を同一にするならば、これにノンアルビールも追加する必要がある。
だが、明日は火曜日、仕事がある。
こんな平日真っただ中にまたあのような体験をするのはご免被るので、今日の飲み物は麦茶である。
そして、風呂に入りコンタクトレンズを外し、メガネをかけて少しゲームをし、ベッドに入ってメガネをメガネケースに仕舞って眠りにつく。
そんな一週間を繰りかえした。
◇ ◇ ◇ ◇
そうして迎えた金曜の夜。
明日は休み。
そして、明日の夜は菅生さんとお食事の約束がある。
けれど、日中の予定は入っていない。
なので、ちょっと怖いが、先週の『異世界転移』の検証をしてみようと思い、夕食に牛丼とノンアルビールを用意した。
前回と条件を合わせるべく、寝る前は前回と同じゲームを起動し、電源を入れたまま就寝する。
そして……
◇ ◇ ◇ ◇
「……普通に朝だな」
なんと、異世界転移どころか、さわやかな朝である。
こうなると、もはや条件の見当もつかない。
まあ、転移はあの時偶発的に一回だけ発生したという事なのだろう。
もう一度あの世界に行きたいかと言われれば『NO』なのだ。
痛いわ寒いわ人は死ぬわ……。
むしろ都合がいい。
あれから1週間が過ぎ、だんだん記憶もあいまいになって、あの出来事が本当のことなのか夢の中の事なのか段々おぼろげになってきているというのもある。
もうあの世界のことは忘れよう。
なんといっても、今日の夜は女性と外食なのだ。
しかも、自分に好意を持っているであろう相手から誘われたのだ。
これはもう、デートと言っても差し支えないだろう。
こんな『クソメガネ』と呼ばれた俺にもようやく春が訪れたのか?
ダークな青春時代を送った分、貯めてきた運が一気に花開いたのか?
もしかして、お食事の後にもっと楽しい展開になるかもしれない。
おっと、こうしていられない。
何しろ人生初のデートなのだ。
少しはおしゃれというものもしておかないと。
俺は私服に着替えてコンタクトレンズを装着し、バスに乗って市街地へと外出し、人生で初めてのちょいとお高いデパートで、ちょいとお高いお洋服を、店員さんの勧めに従ってお買い物を済ませ、
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