第4話 クソメガネ、青春する。

 ピリリリリリリリリ――



「やべっ! 寝坊だ!」


 スマホの目覚ましアラームを止めた俺の目に飛び込んできたのは、始業10分前を示す時刻表示だった。


 俺の住むアパートからは、職場には徒歩5分。


 社宅というわけではないが、会社が従業員のために借り上げしているアパートなので会社に近い。


 それでも、この時間に目覚めたのではさすがにまずい。


 朝食なんぞ取っている暇はない。

 

 慌てて作業着に着替え、歯磨き代わりにうがいをして、顔は――洗う時間はない。


 当然、コンタクトを付けている時間もない!


「ああ! 畜生!」


 俺はまだ疲れの残る体にムチ打ち、急いで職場までの道を駆け抜けた。



◇ ◇ ◇ ◇


 それにしても、この週末の出来事は何だったのだろう。


 あの日の夜、俺は見ず知らずの場所にいざなわれ、そこで人を殺した。


 目が覚めたその時、時間は土曜日の未明。


 寝落ちしたと思われる時からほとんど時間は経過していなかった。



 その出来事は夢なのではとも考えた。


 夢だと思おうともした。


 だけれども。


 あの時の、砂利を踏んだ足の痛み。


 ナイフを胸に刺して死んだ男の血の臭い。


 それらの記憶が、あれは現実なんだと突き付けてきた。



 そして目覚めたその日は休日。


 俺はなぜか全身筋肉痛のように体中がだるく、そして精神的な疲れもあり、その日は一日中寝床の中で泥のように眠った。


 翌日の日曜日も同様だ。


 ただ、いかんせん空腹には抗えず、コンタクトを装着して近くのコンビニに行ったが、それが精いっぱいだった。

 


 そして月曜日の始業の朝。


 寝坊して危うく仕事に遅刻しそうになり、どうにかギリギリ間に合って今俺は職場にいる。


 メガネをかけたまま。



 思えば、コンタクトを付けないで出勤するなんて、就職して初めての出来事だ。


 いや、出勤どころか、外出する時ですらメガネを外してコンタクトにしていたのだ。


 当然、周りの反応もいつもと違ってくる。


「おお、篠村君。今日は珍しくギリギリだね。おや? 篠村君って目が悪かったんだね?」


「おはよう! 基夫君! メガネ似合ってるよ!」


 タイムカードを押す数分の間にも、事務室にいる上司や事務の人たちから声をかけられる。


 さすがに『クソメガネ』とは呼ばれることはないが、これを機に眼鏡関連のあだ名がつけられないか戦々恐々だ。


 そんなことを思いながら更衣室を出て、エアシャワー室に向かおうとしたところ、ふと女性から声をかけられた。


「あれ? 篠村さんですよね? いつも早いのにこんな時間に珍しいですね?」



 声は若い女性だ。


 このお仕事、作業着の上から防塵のエプロンに手袋、マスクやヘアキャップまで装着するので人の顔がわからない。

 

 この人誰だっけ?



 そう思った瞬間、かけていたメガネの視界にウインドウが現れる!



名前 :菅生すごう あずさ

年齢 :19

性別 :女

職業 :会社員

レベル:1

HP  :4/4

MP :0/0


体力 :?

力  :?

知恵 :?

敏捷 :?

器用さ:?

魅力 :?

運  :?

カルマ:|2(善)

状態 :近眼、淡い恋慕(篠村基夫)、興奮(小)。


・恋人   :0

・経験人数 :0




 え? なにこれ?


「それに、きょうはメガネなんですね! なんか、とっても似合ってますよ!」



 おおふ。このメガネ……


 こっちの世界でもこんな能力ステータス見えるあるのかよ!



 なんかいろいろ見えちゃったじゃないか!


「うふふ……! わたしもメガネだから、お揃いですね!」



 そう言われてみると、彼女も確かにメガネをしている。


 というか、言われるまで気づかない俺も俺なのだが。


 だって、俺は普段人の顔をよく見ていない。


 不本意なあだ名をつけられてからというもの、そのあだ名を呼ぶ奴の表情を伺うのが怖いのだ。







 俺をクソメガネと呼ぶこいつは本当に俺を馬鹿にしているんじゃないだろうか?


 そんな疑念が頭によぎって以降は、人の顔を見るのが怖くなったのだ。




 そんなことも相まってか、俺はこの菅生さんという女性の存在を今日初めて認知した。


 と言っても話の内容から、どうも俺たちは同じ部署の同じシフトの同僚らしい。たしかに、言われてみればその背格好には見覚えはある。


「あ! あの! もしよかったら、今度お食事でもいかがですか!」



 おっと、お誘いを受けてしまった。


 意図せず見てしまった彼女のステータスによると、俺に対して恋慕の情を持っていてくれているらしい。


 それに、若干の興奮状態。


「あっはい。」


 思わずそんな返事をしたとき、始業のチャイムが鳴り響いた。


「あ、時間ですね! それじゃあ、またあとで! 楽しみにしていますね!」



 あ、思わず肯定の返事をしてしまっていた。


 どうやら、俺は今後いつかこの女性と食事をすることになったらしい。


 というか、俺は向こうの顔も知らないんだが?


 まあ、期待はするまい。


 あっちは俺の顔見たことあるのかな?


 普段マスクにヘアキャップで素顔なんかさらすのは出退勤の時くらいなんだけどな。



 その日の作業中、たまに彼女のことを見て見ると、



 『状態:淡い恋慕(篠村基夫)、興奮(中)、集中力散漫(大)』



 とかになっていて、ミスが多くなっていた……。

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