第3話 クソメガネ、人を殺める。
「暗闇でもよく見えることとか、ステータスが見えるのとかって、やっぱりメガネが関係してるよな?」
目の前でナイフを振り回す山賊の男を見て、俺は妙に冷静にそう思った。
試しにメガネを外してみると、案の定四角いウインドウも見えなくなり、あたりは真っ暗で何も見えない。
ただ、ナイフを振るう男の衣擦れの音と、興奮しているのか激しくなってくる男の呼吸音が暗闇に染み入る様に聞こえてくる。
山賊の男はその場から一歩も動いてはいない。
さっき見たステータスに『暗闇』『怯え』ってあったから、恐怖で一歩も動けないものと推測される。
「で、クエストはこいつを討伐すればいいんだろうけど……」
討伐と言われても、単に倒すだけでいいのか、縄かロープで捕縛するのか、それとも殺害しなけくてはならないのか条件があいまいだ。
いずれの条件にせよ、このナイフを振り回している相手に何かしらの物理的な攻撃を当てるなり組み伏せるなりしなくてはならないだろう。
「俺、人と戦ったことなんてないんですけど?」
青春時代を『クソメガネ』と呼ばれ続けていた俺。
その呼び名に対して、頭にくるというよりもあきらめの境地だった俺。
そう呼ばれてキレて殴りかかっていったりしたことなど皆無だ。
っていうか、そんな甲斐性があったなら、『クソメガネ』ではなく『バイオレンスメガネ』とか『メガネ番長』とかにあだ名が変わっていたはずだ。
ということで、倒すすべが見つからない。
俺の唯一のアドバンテージはこのメガネのおかげで周囲が見えることだが、それだけだ。
いくらメガネが有用だからって、メガネで殴ったところで効果はないだろう。
とりあえず、奴を討伐するには奴に近づく必要がある。
だが、あんなナイフを振り回している奴に近づきたくなどない。
後ろに回り込むか?
そう思い、一歩横に踏み出した俺の足の裏に激痛が走る。
「そういえば裸足だったわ!」
周囲は砂利の敷き詰められた街道。
そこを裸足で移動するなんて、足つぼマットの上を歩くよりも難易度が高い。
しかも素早く奴の後ろに回り込むなんて不可能だ。
「この足元の石さえなければ……石?」
そうだ。なにも必ずしも近づく必要などないではないか。
この足元に大量にある石をぶつけるなりすれば……!
俺は足元の投げやすいような石を拾う。
俺は野球部には入らなかったが、少年時代よく野球に誘われて遊んでいたものだ。
それなりのコントロールはあると信じたい。
狙うは頭部。
俺の位置からみた山賊は、声のした方、つまり俺の方に身体を向けてナイフを振るっている。
このまま投げても、振り回しているナイフや腕にはじかれる可能性が高い。
そうなれば、俺がいる方向が確定されてしまう。
できれば後方から後頭部に必殺の一撃を当てたいが、後ろに回り込むための移動も儘ならない。
どうしよう。何か良い手は……! そうだ!
俺はもう一つ、手ごろな石を手に取り、山なりに山賊の後方に向かって投げつけた。
ガチン
「ひっ!」
後ろから音がした山賊は、相手が後ろにいると思って振り向くに違いない。
そして後ろを向いた時にこのいい感じの石を後頭部に! ……っておい!
なんと、山賊の男は俺の目論見に反し、なぜか俺のいる方に向かって全力で走ってきた!
そうか、そういえばこいつは暗闇のほかに『怯え』という状態だった!
後ろで音がしたもんだから、そこに立ち向かうのではなく、一目散に逃げだそうとしたのか!
やばい!
奴の進行方向には思いっきり俺がいる!
横によけようにも、足の裏が痛くて思う様に動けない!
「ああ、もう!」
突進してくる男といよいよ激突しそうになり、俺はとっさにその場にうずくまった。
「あっ!」
全力で走っていた山賊の男は、うずくまった俺につまづいて盛大に前方に転がった!
「ぐわっ!」
そして、カエルがつぶれたような声を出した山賊の男は――――
自分の持っていたナイフが胸に刺さって絶命していた。
『――山賊を討伐しました。メガネレベルが2に上がりました。』
『クエストクリアです。元の世界に戻ることが出来ます。戻りますか? Y/N』
メガネレベルって何だよ!
まあ、とにかくどうにか山賊の討伐には成功したようで、俺は元の日本の世界に戻れるらしい。
それにしても、この山賊の男。
転んで自分のナイフが刺さって死んでしまうなんて、さっきのステータスの数字が見えていたら、おそらく『運』のところはとても低い数字だったに違いない。
山賊の男は死んだ。
――死。
「俺が、殺したのか?」
現代日本において、人を殺す経験などすることはほとんどない。
いくら相手が悪党とはいえ、やるせない思いと恐れを感じ、体中から嫌な汗が噴き出てくる。
罪悪感。焦燥感。
俺にも、さっきのこの男のステータスにあったように、『殺人』のところに『1』と現れるのだろうか?
俺は、殺人を犯し、『悪』となってしまったのか?
疲れた。
身体も、精神も。
鼻腔には、男の血の匂いがいやがおうにも飛び込んでくる。
こんな世界に用はない。
俺は、ウインドウに現れた『Y』の文字に意識を集中させ、日本の自宅へと戻るのだった。
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