第1話 クソメガネ、転移する。

「よう! クソメガネ! 野球しようぜ!」




 俺は幼少期、『クソメガネ』と呼ばれていた。


 べつにいじめられていたわけではない。



 単に、あだ名がそうなってしまったということだ。


 なんでそんなあだ名になったかって?



 単に俺がメガネをかけていたからだろう。


 それにしても『クソ』って。



 これについても、たった一回、授業中に腹が痛くなってトイレに行ったことからそうなってしまったということだ。



 小学生って無邪気に残酷なことをするよな。




 なぜか、このあだ名は定着してしまった。


 中学校に行っても、同じ小学校の奴からはそう呼ばれ続けた。


 高校に行っても同様だった。



 中には俺の本名篠村基夫を覚えていないやつも多いだろう。


 それほどに、俺のこのあだ名は定着してしまったのだ。




 このあだ名のせいで俺はみじめな人生を余儀なくされた。


 考えてもみて欲しい。


 青春真っただ中の高校時代。


『クソメガネ』なんて呼ばれている奴に彼女なんかできる訳がない。


 男の友達はそれなりに出来たんだけどな。




 そんな人生を送ってきたから。


 高校卒業を期にこんな地元からおさらばすることにした。



 だれも、俺のことを知らない土地に。


 二度と、あんなあだ名で呼ばれないために。



 俺は田舎である地元からそこそこ都会の会社に就職し、一人暮らしを始めるに至った。

 



◇ ◇ ◇ ◇



「いやー、コンタクトレンズってすばらしいなー!」


 今日も今日とてお仕事の日だ。



 俺の仕事は製造業。


 コンベアーに流れてくる医療機器に不良が無いかチェックするだけの目と肩と腰の痛いお仕事だ。


 でも、コンタクトだからよく見える!



 メガネからコンタクトに替えたあの日のことを俺はよく覚えている。


 メガネの狭い視界から解き放たれ、まるで視力が良くなったかのような感覚を覚えたのだ!


 視界も視野も超クリアー!


 だから、目視でけっこう目を使う仕事だけれどもストレスフリーさ!



 そんなこんなで俺は今日もご機嫌で帰宅する。


 帰るときは「篠村! お疲れ様!」「基夫君、じゃあねー」と、ちゃんと名前や苗字で呼んでもらえるし。


 ここには、俺がメガネをかけていたなどという黒歴史を知る人間はいない。



 夕食を全国チェーンの持ち帰り牛丼で済ませ、狭いアパートのユニットバスでシャワーを済ませる。


 そして、いよいよこの時がやってきた。



 俺の愛しのコンタクト。


 心の友のコンタクト。


 そう、就寝に備え、コンタクトを外さなければならない時間がやってきてしまったのだ!


 コンタクトレンズを24時間連続装用すると目に悪い。


 コンタクトレンズのメーカーからも、眼科医からも連続装用は控えるように注意喚起が為されている。


 特に、就寝時は外さないと、起きた時にレンズがカピカピになって、目が真っ赤っかのしょぼしょぼになってしまうのだ。


 だから、外さなくてはならない。





 コンタクトを外した俺の視力は左右とも0.03未満。


 なんらかの視力矯正をしないと慣れたアパートでの日常生活も儘ならない。


 なので、俺は不本意ながらメガネをかける。


 一日のうちのこの時間、俺は『クソメガネ』に戻らなくてはならないのだ。








 


 メガネのせいで、俺の人生は歪んだ。


 だが、メガネがないと周りが見えず視界が歪む。



 メガネには良い感情はないのだが、かといってお世話にもなっているので毛嫌いしているというわけでもない。




 だが、やはりメガネをかけると、俺は途端に憂鬱な気分になる。


「はあぁー。」


 自然とため息が出てしまう。



「ぷはぁー」


 自然と缶ビールにも手が伸びる。


 え? 高卒で社会人1年目だから未成年じゃないかって?


 大丈夫だ。ノンアルだ。



 アルコールは入っていなくとも、不思議なものでなんとなく酔ったような気分になる。


 明日は土曜日、仕事は休みだ。


 ちょいと深酒? いや、深ノンアルを決めてちょっとご機嫌上向きだ。


 そして、いつもより夜更かしして趣味のゲームをやっていたその日の晩。


 俺は、そのまま寝落ちしてしまったようだ。








◇ ◇ ◇ ◇

 


 ―――ん?


 なんだ?


 妙に体が痛くねえか?


 まるで砂利道にそのまま横になっているかのような――



「って、痛えよ!」


 本当に痛くて目が覚めた。



「痛っ! 痛っ! イテえ!」


 そこは、俺の皮膚感覚がそう感じたのも無理のないほどに、砂利道の上だった。



「何で俺、外で寝てるんだよ! って、痛ぇ!」


 突然の出来事に驚き、身体を起こそうと地面に手をつくがそこにも砂利がある。


 どうにか身体を起こすことに成功したが、事態の改善には至っていない。


 そのままゆっくりと立ち上がる。


 だが当然、地面は砂利であり足の裏も痛い。


「何で俺裸足なんだ? っていうか、パジャマスエット上下だし、寝た時の恰好そのままだな。」


 


 俺はあたりを見回してみる。


 周囲は暗く、夜であることがわかる。


 だが、暗いながらもなんとなく、周囲の状況は伺うことが出来た。



 足元には砂利の敷き詰められた道。


 その道の脇には、まるで林道のように森か林かわからないが木々がはるか前方にまで生い茂っている。



「一体ここはどこなんだ?」


 そんな疑問を持って、改めて周りを見渡してみると。


 視界の端の方に四角いアイコンが現れ、そこにはこう書かれていた。





『ラーピベスカの森の街道』



 


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