第20話 真の勇者(?)

 白衣から伸びた腕にはいくつかの擦り傷が見受けられ、髪の毛もあちこちに跳ねている。どうやらフィアンも爆風の影響を受けたみたいだな――というか男の口ぶりから察するに、フィアンが爆発を引き起こした張本人っぽいんだけど……。

 駆け寄ると、フィアンは忙しない様子で縄のロープを四本渡してきた。その内の二本を俺が受け取り、もう二本をキリエが受け取った。


「事情はあとで説明するから、まずはその縄でアイツとアイツの手足を拘束しておくれ。あの二人組は悪者だからね」


 どうやら鎧じゃないヤツらが敵らしい。

 いろいろと聞きたいことだらけなのだが、俺たちは一先ひとまずフィアンの指示に従った。


「よく分からんが、一旦縛らせてもらうからな」

「ぐ、ぅう。触れるな、クソが。はぁ、はぁ。チクショウ……!」


 二人を拘束し終えると、今度は鎧の男たちに回復ポーションを配るよう頼まれたので、その指示にも従った。

 鎧の男たちが回復したのを確認したあとで、フィアンは美味しそうに回復ポーションを飲み干した。


「ごくごくごく……プハーッ、復ァー活ッふっかーつ!! やっぱり悪者をやっつけたあとのポーションは別格だねぇ」


 そうかそうか。

 悪者をやっつけたあとのポーションは別格か。

 それはよかった。


「それで? なんでフィアンがこんなところにいるんだ?」

「てゆーかあの二人はなんなんですか?」

「悪者と言っていたが、この爆発と関係あるのか?」


 矢継ぎ早に捲し立てられ、やや困惑気味に苦笑するフィアン。そんな彼女を庇い立てするかのように、鎧の男たちがこちらへやってきて、ピシャリと綺麗な敬礼を繰り出した。


「我らはベルク憲兵隊! フィアン様より情報の提供を受け、オード湖からウラルの塔までの捜索に当たっておりました! リリシア様にキリエ様、そしてレイ様ですね? お三方がご無事でなによりですッ!!」


 あっ、思い出した。

 昨日リリシアが捕まえたハゲ頭。

 あのハゲを引き連れていった憲兵と格好が同じだ。


 それにしても、ますます意味が分からないぜ。

 隣に目をやると、リリシアとキリエも俺と同様の反応を示していた。


#


「まずはボクがここに居る理由について話そうじゃないか。といっても答えは単純で、君たち二人が詰所に来なかったからさ」


 そう言ってフィアンはリリシアとキリエを指差した。

 二人は互いに顔を見合わせ、はてと首を傾げる。

 その様子を見て、フィアンはガクリと項垂れた。


「今日は月に一度の大掃除の日なのだが?」

「「あっ!!」」

「あっ!! じゃないよ、まったく。とにかくそういうわけで、ボクは君たち二人を探しに冒険者ギルドに向かったのさ。そしたらその途中でナルシスのヤツとすれ違ってね。なんとなく嫌な予感がしたから聞いてみたんだ。二人のことを知らないかって」

「なるほど、それでクエストのことを知ったんですね?」

「そのとおり。ところで三人とも、どうしてこんな怪しいクエストを受けたのかな? 薬草の入った木箱を運送するだけで十万ゴールドだなんて、どう考えても不自然だと思うのだが??」

「それは……。まぁ、なんというか」

「我らにもやんごとなき事情があったのだ。深くは聞かないでほしい」

「そうそう、やんごとなき事情があったのさ。それで、クエストのことを知ったあとはどうしたんだ?」


 俺が聞くと、フィアンは続きを語り始めた。


「クエストのことを聞いたとき、明らかにヤバい案件だって確信を抱いたよ。それで憲兵さんに協力を仰いでここまで来たのさ。湖で壊れた馬車と金塊を見つけたときは驚かされた。もう事件に巻き込まれてしまったんじゃないかってね。……なにはともあれ、三人が無事そうでよかったよ」


 しかしナルシスの目的が謎だな。

 あいつはなにか企てていたんじゃないのか?

 それで俺たちにこの案件を譲ってきた……。

 なのにナルシスはリリシアとキリエの行方を問われ、クエストのことを喋ったという。なにか悪巧みをしているのなら、フィアンに邪魔されるとは考えなかったのか?

 それとも、いまのこの状況が既にナルシスの目論見どおり?


 俺が思案に耽る横で、キリエが口を開いた。


「して、あの二人は何者なのだ?」

「それにこの爆発。これ絶対にフィアンちゃんの調合スキル・・・・・のせいですよね?」

「さっきも言ったけれど、あの二人は敵さ。君たちを探しながら森を散策していたら、この修道院が見えてきたものでね。誰かが居るかもしれないから、なかを調べようとしたら、あの二人が木の陰でコソコソしていたんだ」


 フィアンは一呼吸おいて、さらに続けた。


「だからボクは憲兵さんをその場に待機させて、こっそりと二人の背後に近づいたのさ。そしたら金塊がどうとか三人のガキがどうとか、明らかに君たちに関係ありそうなことを喋っていてね。どういうことだって問い詰めたらいきなり攻撃してきたから反撃したら、こうなっちゃったってわけ」


 フィアンが喋り終えたタイミングで、一人の憲兵がこちらへ駆け寄ってきた。


「フィアン様、ご報告いたします。まず、レイ様が背負ってきた老婆ですが、ギギドドという名の指名手配犯であることが判明しました!」


 えっ、あの婆さんが指名手配犯? マジ?

 どうやら俺たちはとんでもないヤツを相手にしていたらしい。


 隣に顔を向けると、リリシアが青白い顔で引き攣った笑みを浮かべていた。たぶん傍から見た俺も同じような顔をしているんだろうな。


「リリシア、なんというかアレだな。やっぱりお金っていうのは、まじめにコツコツ稼ぐのが一番だよな」

「へへへへ。奇遇ですね、私もまったく同じこと思ってましたよ」

「それで、あの二人は何者なのだ?」


 澄ました顔のキリエが腕を組みながら言った。

 お前のメンタルはどないなっとんねん。


「あの二名はギギドドの配下のようです。ギギドド曰く、身動きが取れなくなったため念話で部下を呼び寄せたとのこと。しかし、フィアン様に見つかったのが運の尽きですな。まさかいきなり吹き飛ばされるとは思ってもみなかったでしょう」


 ってことはフィアンが居なかったら俺たちヤバかったんじゃ。

 だって俺たちからしてみりゃ婆さんを拘束した時点で勝ちが確定してたからな。あの場面で背後から攻撃されたら……いや、考えるのはそう。


 そんな俺の暗雲とした思考とは裏腹に、憲兵の男が晴れやかな笑顔と共に敬礼を寄越した。


「ギギドド及び配下二名の確保はベルクお守り隊の助力無くしてはあり得ませんでした。このご恩は決して忘れません! 懸賞金等に関しては後日連絡がいくと思われますので、しばしお待ちください」


 な、なにィーーーッ!?!??


「懸賞金だって!? リリシア、いまの聞いたか?」

「はい、聞きました。聞きましたとも。懸賞金……なんて甘美な響きなんでしょう!」

「「懸賞金、あソレ懸賞金! あヨイショ! 懸賞金、あソレ懸賞金! あードッコイッ!!」」

「はははは、愉快な方たちだ。さてと、我々はそろそろ撤退します。ギギドドと配下の取り調べもありますしね。後日あなた方からも聞き取りを行うと思いますが、その際はなにとぞご協力お願いします」


 そう言って背を向けた憲兵だったが、なにかを思い出したのか、すぐにこちらへ戻ってきた。


「そういえば、湖で発見した金塊と馬車なんですがね、そこにもう一つ見慣れないモノがありまして。なんというかこう、崩壊した材木と金塊とに埋まる感じでして。おそらく武器の類だとは思うのですが、心当たりの方はおりますかな?」

「あ、それ俺の武器です。あのギギドドとかいうヤツがいきなり襲い掛かってきたものだから、逃げるのに必死で置いてきちゃったんですよ」


 すると憲兵は納得がいったという様子で頷いた。


「なるほど、レイ様の武器でしたか。現在、湖では他の兵が数十人がかりで金塊の回収作業に当たっております。レイ様が見えたら武器を渡すようにと伝えておきますので、湖まで戻られた際には気軽にお声かけくださいませ」

「分かりました。ご親切にどうも」


 かくして、憲兵隊は婆さんとその配下を引き連れ、ガシャガシャと鎧を鳴らしながら撤退していった。


「さて、我らもそろそろ帰還するとしよう」

「そうですね。私、なんだか今日も疲れちゃいました」

「その前に、まずは武器を回収させてくれ。アレは大事なものなんだ」

「そういえば憲兵さんがなんか言ってたねぇ。見慣れないモノがどうとかって。ねぇねぇ、どんな武器なんだい?」


 どんな武器かと聞かれても困るな。

 勇者の剣を台座ごと持ってきたと言うワケにもいかないし。


「見れば分かるさ」


 面倒なので、俺はその一言で済ませた。


#


 オード湖に戻ってきた俺は憲兵隊の一人に声をかけた。


「あなたがレイ様ですね? お話は伺っておりますよ。さ、こちらへどうぞ」


 案内された先で勇者の剣が台座もろとも佇んでいた。

 たった数時間手離しただけだというのに、妙にそわそわする。


「フン、フンッ! うん、やっぱりこいつはしっくりくるな!」


 幾度か素振りを繰り返す。

 するとそれを見ていたキリエがすたすたとこちらへやって来て。


「そういえば、リリシア殿が言うにはその武器は相当の重さを有しているようだな。レイ殿、少し握りを確かめてみてもいいか?」

「ああ、別に構わないぞ」


 俺はキリエに勇者のハンマーを渡した。

 すると勇者のハンマーを受け取ったキリエは、次の瞬間にはビターーーンと地面に張り付いていた。まるで重力魔法でも受けたみたいに。


「おっっもぉーーーーー!?!?? なななっ、なんなのだこのやたらに重たい武器は!?」

「お前もリリシアと同じ反応するのな」

「はぁ、はぁ……。幼少の頃より剣を振ってきたというのに、握ることすら叶わぬとは。し、信じられん……ッ!」


 そういえばキリエの親は剣聖っていったっけ。

 ってことは俺って剣聖の血筋よりもすごいのかも?

 ひょっとして剣を抜けないのはなんらかの事故みたいなもので、本当に勇者だったりして!?


 そんな俺のニヤケ面は、ものの数秒で破壊された。


「え~、どれどれ? そんなに重たいの?」


 キリエの反応を見たフィアンが、興味津々といった様子で勇者の剣を握る。そして次の瞬間。


 すぽんっ!


「えっっ? なにこれ、全然重くないじゃあないか。ていうか、剣が抜けてしまったのだが??」


 一瞬、なにが起きたのか理解できなかった。

 想定外の事態を目の当たりにして、俺の脳が完全にフリーズする。

 やがて少しずつ現実が呑み込めてきて。


「ッッ、み”ゃァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!??!!!!????」


 俺の喉から、未だかつてないほどの、大気を揺るがすほどの、巨大な絶叫が上げられたのだった!

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