第19話 ぶりんばんばんぼーんっ!!
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キリエは予備の黒マントを二枚常備しているそうな。
俺はキリエからマントを借りて、一枚で婆さんの腕を、もう一枚で足を縛りつけた。
「うぅ、我のマントがヌチョヌチョに……」
「仕方ないだろ? 他に拘束できそうなものが無かったんだから。ちゃんと洗って返すから、いまは我慢してくれ」
「むぅ。致し方なし、か」
キリエの納得を得られたところで。
俺は婆さんに向き直り。
婆さんが倒したであろうドクドク・スライムの残骸を右手で掬い上げた。もはやここまでくると、多少のヌチョヌチョは気にならなくなっていた。
「いろいろと聞きたいことはあるけど。そうだな、まずはあの金塊だな。なぁ婆さん、アレはなんなんだ?」
「まさか、この儂が素直に答えるとでも思っている――もがっ、ぐもお!?」
この婆さん、どうやらまだ自分の立場が理解できていないらしい。残念な頭に言葉で説明してやるのも時間の無駄なので、手っ取り早く分からせてやろう。
俺は右手に掬い上げたドクドク・スライムの残骸を、婆さんの口のなかに捻じ込んだ。
「なっ、レイ殿! いくらなんでもそれはやりすぎではないのかっ!?」
「安心しろよキリエ。スライムが水に溶けやすいのは死んだあとも同じ。喉を詰まらせることはないはずだ」
「そういう問題じゃ……。いや、もういい。彼女を拘束できたのはレイ殿の作戦があればこそ。我がどうこう言える立場ではないな。だがしかし、あまりにも度が過ぎていると感じたらそのときは止めさせてもらうからな」
「安心しろ、殺しはしないさ」
って、なんだこの会話。
まんま悪役のやるやつじゃねーか。
とはいえ、まったく同情はしないけどな。
なんたってこの婆さんは俺たちの命を奪おうとしてきたんだから。それ相応の報いを受けるのは当然だ。
「お”ェ、ゲェエッ!」
押さえつけていた右手を離すと、婆さんは苦しそうに咳き込んだ。
「げほっ、げほ、ぐふッ! ハァ……ハァ……。くそ、なんてヤツじゃ。人の口にスライムの残骸を捻じ込むだなんて。お前ちょっと頭おかしいんじゃないのか?」
「いや、どう考えても人を殺そうとするほうが頭おかしいと思うんだが……」
「ふん。そのことならあの金塊を見ちまった自分を恨むんじゃな。あれは儂ですら出どころを聞かされていない闇の金。ククク、あれを目撃したからには最期、お前らに平穏は訪れない」
マジか、そんなにヤバい金なのか。
ってことは脅し取って懐にってわけにはいかなそうだな。残念。
「んじゃ次。アンタ他に仲間とか居るの? 居るとしたら何人? まさか一人でこんな悪事働いてるってわけじゃないだろ? つーかたったいま「儂ですら出どころを
指摘すると、婆さんは歯をギチギチと食い縛り、鬼のような形相で睨みつけてきた。その様子を見て、俺の隣で腕組みをしていたキリエが「ふはっ」と噴き出す。
「短い付き合いだがこれは確信だ。レイ殿、どうやらお主はなかなかにキレるらしい」
「そりゃドーモ」
俺がキレる?
違うね。
単純にこの婆さんが失言しただけだ。
まあ無理もない。スライム食わされりゃ誰だって動揺するだろうさ。
「で? 仲間は何人居るんだ?」
「ふっ。誰が言うかクソガキがッ!」
そう吐き捨てると、婆さんは俺に向けてペッと唾を吐いた。そして俺は、自分の顔面が灼熱に燃えるのを感じた。
「こんのクソババア、テメーぶっ殺してやるッ! オラァーーーーッ!!」
「そらこっちのセリフじゃダボハゼがァ! テメェのタマ金と眼球入れ替えて全身ズタズタのミンチにして生まれてきたこと後悔するほどの苦痛を与えたあとで一から組み立て直して人体模型にでもしてその辺に不法投棄してくれるわッ!!」
「いよぉーし、いい度胸じゃねぇか。そんなにスライムが好きだってンならいくらでも食わせてやるよォ!!」
「もっ、ぅふガ! や、やめっ、このクソ、グゾガギィッ……」
「オラオラどーしたよ! 俺のこと人体模型にしてくれるんじゃねェのか? ああん!? やってみろよ、作ってみろよ人体模型、できるもんならよォーーーッ!!」
「もぐぅっ!? もがぁーーーーっ!??」
「あひゃはははっ、さっきまでの威勢はどうしたッ!?」
「ちょ、ちょっとレイくん、やりすぎですよ!」
いつの間にか三分経っていたらしい。
魔法の効力が解け身動きできるようになったリリシアが俺を止めに入る。さらにはキリエまでもが加勢し、俺はあっという間に引き剥がされた。
「全く、そんなに熱くなってどうするんですか。そんなんじゃロクに情報聞き出せませんよ?」
「だってこのババア俺に向かって唾吐きかけてきたんだぜ? ひでーとは思わないか?」
「スライム食べさせるよりはマシですよ」
うぐっ!
それを言われると反論できねぇ。
「そもそも我らが知るべき情報はナルシスとの関係だけではないのか? 他のことは憲兵に任せればいよいと思うのだが」
ぐはっ!
仰るとおりすぎてこれまた反論できねぇ!
「しゃーない。唾のことはお互い様ってことで許してやるよ」
「は? どこがお互い様じゃ。明らかにお前のほうが過失デカいじゃろが!」
「うるせー。で、どうなんだよ。ナルシスって名前に聞き覚えあるのか? 無いのか? ちなみに嘘ついても無駄だからな。そこの赤髪は魔法使いで、嘘を見抜く魔法も使える」
リリシアは目玉をギョッと丸くした。
そんな魔法はありません、とでも言いたいのだろうが、俺が目配せをするとその意図を察知して、静かに頷きを返してきた。
「魔法使い……なるほど。扉が開いたのを好機と脱出を試みたが身動き一つできんかった。そこの小娘の魔法というわけじゃな?」
「ああ、そういうことだ。言うまでもないだろうが嘘は吐かないほうがいい。もうスライムは食い飽きただろ?」
「どこまでも舐めおって。だが無駄じゃ。ナルシス、その名に覚えがあるかどうかと問われれば答えはイエスじゃ。しかしただそれだけ。そもそも、ナルシスの名前を知らぬ者のほうが少ないじゃろうて。かなり凄腕の商人だと聞き及んでいるが?」
見た感じ嘘を吐いている感じはしないな。
しかしまぁ、当然といえば当然の結果か。
組織ぐるみで悪巧みをするとして、重要な情報ってのは幹部とかボスとか、そういう偉い人間にしか行き渡らないだろ。
「結局この婆さんはな~んも知らないってことだな」
「分かったことといえば仲間が居るということくらいだが、その程度のことは聞くまでもなく明白であったからな。ナルシスの件も嘘を吐いている様子は無かった故、収穫はゼロといえるだろう。大人しく憲兵に引き渡すのが賢明だ」
「私も賛成です。悪い人を捕まえて憲兵さんに引き渡すのはベルクお守り隊の最重要任務でもありますからねっ!」
三人の意見が合致したところで、俺はよいしょと婆さんを背負った――そのときだった。
ドンッ!
とダンジョンが揺れたかと思うと。
ぶりんばんばんぼーんっ!!
外から巨大な爆発音が聞こえてきたではないか。
俺たちは何事かと互いに顔を見合わせ、大急ぎでダンジョンを飛び出した。
ダンジョンを出てすぐ。
刺すような強烈な悪臭が鼻の奥を刺激してきた。
「なんだこれ。かはっ、げほっ! ひっでぇなあ……」
空に向かって立ち昇る黒い煙。
ちろちろと揺れる赤色の炎。
内から外に向けて円形に広がった衝撃波の痕跡を見れば、ここでどれだけの爆発が起きたのかを想像するのは難しくない。
とはいえ、そこらに転がっている人間を見た限り、死ぬほどの威力ってわけでも無さそうだけど。
しかし謎だ。
なにがあったらこんなことになるんだ?
ぱっと見、鎧を纏った騎士らしき人間が七人、そして軽装の人間が二人。
四方八方に倒れているのを考えるに、爆風で吹き飛ばされたんだろうな。痛そ〜。
俺は婆さんを大木の傍らに降ろし、近くに居た鎧の男に手を差し伸べた。
「いててて。まったく、随分と派手な御仁だ。敵だと判明するや否やノータイムで爆破するだなんて。ああ、自慢の鎧に傷が……」
「それだけ喋れれば問題は無さそうだな。ところでこの爆発はなんなんだ?」
問いかけると、男はやや恨めしそうな目つきで俺の後方を指差した。
振り返るとそこには。
「あれ、フィアンちゃんじゃないですか」
「何故こんなところにおるのだ?」」
どういうわけか、ユークスピア救貧院で出会った茶髪丸眼鏡の白衣少女・フィアンの姿があったのだった。
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