第18話 スライムって食ったことある?(笑)

 婆さんはまるで吸い込まれるかのようにして罠部屋のなかへと消えた。すぐさま、俺たちは外側から扉を押さえつけ、これにて無事に作戦完了である。あとはドクドク・スライムが婆さんを消耗させてくれるのをの~んびりと待つだけだな。


「ンギィィイイイッ、開けろ、開けろぉ~~ッ!!」


 ドンッ、ドンッ、と必死にドアを叩く音がする。

 が、俺にとってそれは勝利を告げるメディアバル・ドラムの音色にも等しい。


「げひゃははははっ、誰が開けるかバァーーッカ! ここがテメーの墓場じゃーい!」

「うわぁ、ヤバいですねこれ。レイくんガンギマリすぎですよ」

「下卑た笑いも聞くに堪えぬな。これではどちらが悪者なのか分かったものじゃない」

「ぐはははっ、なんとでも言うがいい! お前たちには分からんだろうなぁ、自分の立てた作戦が思いどおりに運んだこの快感がよォ!!」


 ククク、あとは煮るなり焼くなり自由自在。

 生殺与奪の権はこの俺が握ったも同然ッ!


「ひギョエェ~~~~~ッ!? やめろ、纏わり付いてくるんじゃない、うぎゃっ、気持悪い~~ッ!!」

「あひゃははははっ、助けてほしかったら命乞いの一つでもしてみろよ。俺がテメーなんぞの命乞いに耳を貸すかどうかは分からねぇけどなあっ!」

「もうヤダ、お家帰りたい……」

「同感だ」




 あれから数分が経過して。

 俺たちは、新たな問題に直面していた。


「困ったな。どうやってなかの様子を確認するか全く考えてなかった」

「どどど、どうするんですかレイくん。もうなにも聞こえなくなっちゃいましたよ? もしかしたら死んじゃったんじゃ……」

「だとしたら相当に面倒なことになるぞ。レイ殿、なにか策はないのか?」


 二人してそんな顔で見てくるなよ。

 魔王討伐のためにガキの頃から修行してきたのは事実だが、本当は俺だって頭使うのそんな得意じゃねーんだ。勉強なんて未だに苦手なままだしな。


「こうなったら仕方がない。ほんの一瞬だけドアを開けて様子を見るしかないな」

「うう、どうやらそれしか方法はないみたいですね」

「気乗りはせぬが、死なれるよりはマシだろう……既に死んでいた場合のことは考えるだけ無駄だ」


 二人の同意を得た俺はドアノブに手を掛け。

 そしてその瞬間、俺は全身に強烈な稲妻が駆け巡るのを感じた。それはまさしく天啓とでも言うべき神がかり的な閃きだった。

 

「ああ、なんてこった……」


 俺もリリシアもキリエも、揃いも揃って大バカじゃねーか!


「レイくん、どうしたんですか?」

「……レイ殿?」


 ドアノブに手を掛けたまま固まる俺の顔を二人が心配そうに覗き込んでくる。俺は二人に向き直ると。


「なぁ。俺たちって本当にバカだな。無駄に時間費やして一生懸命に罠まで仕掛けて。ははは、笑えてくるぜ……」

「急にどうしたのだ?」

「頭おかしくなっちゃったんですかね?」

「やかましいわい。いいか耳の穴かっぽじってよく聞けよ? 俺たちが仕掛けたこの罠だがな、こんなもん労力を無駄に使っただけのガラクタだ。こんなの無くたって婆さん捕まえるのなんて楽勝だったし、もちろん俺たちの誰かが怪我をすることもあり得なかったんだよ。だって俺たちは三人一組・・・・で動いてるんだぞ? だったらリリシアのポンコツ魔法で婆さんの動きを止めて、あとは俺とキリエで拘束すりゃよかったじゃねーか」


 そう、たったそれだけで済む話だったのだ。

 どこから間違えていたのかと問われれば、それはもう最初からと言う他あるまい。

 婆さんが俺たちの抹殺を宣言し、俺とリリシアは即座に首を垂れたわけだが、思い返してみれば、あの時点で俺たちには勝ちの目しか無かったんだ。


「へへ、へへへ。そんなのってありませんよ。それじゃあ私たちただのバカみたいじゃないですか」


 だからそう言ってるだろ。


「なるべく冷静でいようと努めてはいたのだが、まだまだ心頭滅却が足らなかったようだな……。しかし、目下の問題は解決したと言えよう」

「え、そうなんですか?」

「リリシア、いまの話聞いてもまだ分からないのか? どうやらこの三人のなかだとお前が一番おバカさんらしいな」

「そんなイジワル言わないでちゃんと教えてくださいよ、レイくんのケチ」

「へいへい。まー簡単なことだ。俺がドアを開けたら、リリシアはあの魔法を使えばいい。そしたら婆さんは動けなくなるだろ? これで安心安全に部屋のなかの様子を確認できるってワケ」

「おお、なるほどです!」

「扉を開く役は我に任せてくれ。リリシア殿の詠唱は聞き慣れている故な。もっとも適切なタイミングで扉を開きリリシア殿の魔法で動きを封じる――さすれば余計な反撃をされる心配もないだろう」


 キリエがドアノブに手を置き、それを確認したリリシアは樫の箒を胸の前に突き出した。


「いきますよ、我が必殺の究極魔法! 『エンドレス・ヴェル・フェルマータ』ッッ!!」


#


 部屋のなかは凄惨としか言いようのない有様だった。

 床いっぱいに広がる緑色の粘液(婆さんが倒したであろうドクドク・スライムの残骸)、そして十匹近くのドクドク・スライムに纏わり付かれ全身がヌチョヌチョになった婆さん。それはまさしく地獄絵図とでも呼ぶべき光景で。


「ぐっ、ぐぎ……。おのれ、小童どもが。小癪な真似を……ッ!」

「おー、元気ピンピンじゃないか。心配して損したよ」

「リリシア殿、老婆は無事だぞ~」


 扉の前で固まったままのリリシアがほっと息を吐く。どうやらリリシアはガチで心配してたみたいだ。

 あの婆さんの感じを見るにマジでヤバくなったら恥も外聞もかなぐり捨てて命乞いしてきそうだし、仮にそうじゃなかったとしても断末魔の声が聞こえてこなかった。そもそもにしてドクドク・スライムはFランクの雑魚だし、死んでいる可能性は低かったが……。


「ま、無事でなによりだよ。ところで婆さん、アンタにはいろいろと聞きたいことがあるんだが?」


 あの金塊はなんなのか。

 他に仲間は居るのか。

 居るとしたら何人なのか。

 そしてナルシスとはどういう関係なのか?

 聞いたところでどうにもならんこともあるが、単純に気になるから聞いておきたい。


「フハハハ。貴様らに話すことなんぞ一つもないわ!」

「へぇ、そんなこと言っちゃうんだ」


 そうかそうか、話す気はないか。

 だったら仕方がないな。

 本当はこんなことしたくないし心が痛むけど。

 でも仕方ないよなぁ。

 だって話す気がないんだもんな。


「なぁ婆さん。アンタ、スライムって食ったことある?(笑)」

「「「…………は??」」」


 俺の問いかけに、三つの疑問符が重なった。

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