第17話 鬼ごっこ

「いいかよく聞けよ、作戦は至ってシンプルだ。一階大広間で婆さんを待ち受け、会敵したら逃げに徹する。そして追い詰められたふうを装ってここまで来る。簡単だろ?」

「全然具体的じゃなくないですか?」

「それに、簡単かどうかと問われれば微妙なところだ」

「しょーがないだろ。だって他にいい案が思い浮かばないんだから。納得できないって言うならお前らがなんか作戦考えてみろよ」

「いや、それは……。ねぇ、キリエちゃん?」

「うむ。なんというか、我々は頭を使うのがあまり得意でないからな……」


 はぁ、やれやれだぜ。

 いるんだよな~。こいつらみたいに文句は言うくせに代替え案はな~んにも出してこないやつ。そしてアレだろ? もしこの作戦がミスったら全部の責任を俺に押し付けるんだろ?


「はーぁ。成り行きとはいえ損な役回りだぜ。悲しくなってくるよ」

「まぁまぁ、そう気を落とさないでくださいよ。別にレイくんの立てた作戦が不安だっていうわけじゃないんですし」

「そうだぞレイ殿。たかが一日二日の付き合いだが、我は既に、レイ殿に司令塔としての可能性を感じ始めている。つまり、悲しむ必要はどこにもないということだ」

「お前ら……」


 いやちょっと待たれーい。

 なんで俺が二人に慰められる流れになっとんねん。


「こんなときだけ都合のいいこと言ったって俺は騙されないからな」


 ぴしゃりと告げると、二人はふいっと視線を逸らした。


 やっぱりただのおべっかやんけ!

 クソが!


#


「ほほほ。お前たち、まさか「まんまと逃げきれた」とか思っていたんじゃなかろうな。たしかにそこのサムライ娘のスピードには驚かされた。じゃが肝心なところが抜けておるわい。敵から逃げなければというときに足跡を残すなんぞ、致命的と言わざるを得んじゃろうて」


 俺たちが大広間に降りてから一分と経たないうちに婆さんは姿を現した。

 そしてコンペーちゃんがリリシアに伝えたとおり、その姿は本当に包丁を纏っているように見えた。まるでオーラのように、十本近い数の包丁が婆さんの周囲をふわふわと揺蕩っている。


「ぅっ、うあー、ちょっとレイくん、話が違うじゃないですかぁー。ここに逃げ込めば安全だって、そう言ったじゃないですかー」

「えっ?」

「いやー、しかし我としたことが失念していたぞー。まさか足跡を残していることに気が付かなかっただなんてー」


 おいお前ら、その妙に間延びした声はなんなんだ。しかもあからさまに目が泳いでいるのだが。

 

「リリシア、キリエ。そのふざけた棒読みはなんだ」


 すると二人は慌てた様子でこちらにシュバッてきて。

 まずはリリシアがヒソヒソと耳打ちしてきた。


「ちょっとレイくん、せっかく私たちが迫真・・の演技をしたんですから、ノッてくれないと困りますよ」


 続いてキリエまでもが。


「あの老婆を騙し追い詰められたフリをする。それが作戦だろう? 自分で立てた作戦を台無しにするつもりか?」


 え、なんて?

 迫真の演技?

 騙して追い詰められたフリをする?


「まさかお前ら、アレで騙されるヤツがいるだなんて思ってないよな?」


 恐る恐る聞いてみると。

 二人は答えを返さない代わりに、なんのことだかさっぱりだとでも言いたげに小首を傾げてみせた。


 おいおいマジかよ。

 てゆーかなんだその反応。

 そんな小動物みたいな目で俺を見つめるな。

 まるで俺のほうがおかしいみたいじゃねーか。


「ひょほほほほ。ダンジョンに隠れさえすれば安全だのと、浅知恵もいいところじゃな。たかがそれしきのことでこの儂を撒けるとでも思うたか若造どもめがっ!!」

「うわっ、凄い剣幕だー。レイくん、キリエちゃん、いますぐ逃げましょー」

「そうだなー。戦ったとて勝てる見込みは全くないからなー。逃げるのが最善手だろうなー」

「逃げる? ほっほっほ。この期に及んでまだ逃げられると思っておるのか。どうやら随分と目出度い頭をしているようじゃのぉ」


 おかしい。

 なんで会話が成立しているんだ?

 まさかあの婆さん、リリシアとキリエの棒読み演技にまんまと騙されてるってのか? マジで?


「あの金塊を見られたからには誰一人として逃がさんぞ。三人まとめてあの世送りにしてくれるわっ!!」


 ぐおおっ、と凄まじい形相で迫りくる婆さん。

 その表情があまりにも迫真に満ちていたものだから、お陰で俺は確信を得ることができた。

 この婆さん、マジで騙されているらしい(笑)。

 いやー助かっちゃうねぇ。

 そういうことならやりやすい。

 

「リリシア、キリエ。この勝負逃げるが勝ちだ! 走れぇええッ!!」

「もちろんそのつもりですよっ!!」

「足の速さならば誰にも負ける気はせぬ。お主ら、精々この我に後れを取らぬことだな、フハハハッ!!」


 俺とリリシアとキリエは三人同時に走り出し、最初にキリエがバヒューーンッとすっ飛んでいった。俺とリリシアはみるみる内に小さくなっていくキリエの背を追いかける形で全力で疾走した。


「うおおおおッ!!」

「っああああッ!!」

「逃がすかクソガキどもっ! テメーらのクビ掻っ捌いて毛ぇ毟り取って皮剝ぎ取って眼球刳りいてベロ引っこ抜いて内臓抉り出してツルっっっツルの肉袋にしてくれるわァッ!!」


 なんかスゲーおっかねえこと言ってるんですけど……。

 いま確信したわ。

 キリエの見立ては間違いなんかじゃない。

 あれ絶対に何人かやっちまってるわ。

 やっちまってる奴の語彙だよ。間違いない。


「やっぱり、逃げを念頭においた作戦にしておいて、正解だったぜ! あんなんと戦うだなんて想像もしたくねーわっ!」

「まったくですよ。無事に帰れたら、ナルシスのことを、とっちめてやりますっ!」


 息が切れるのもお構いなしに俺たちは必死の思いで走り続けた。もし追いつかれればあの包丁の餌食になるのは間違いない。それだけはごめんだ! 気持ちはリリシアも同じらしく、必然的に逃げ足の回転数が爆発的に増加する。


 捕まったら死ぬかもしれない。

 その恐怖は数分程度だったはずの逃走劇を数十分にも感じさせた。

 夢のなかでバケモノに追いかけられているのを想像すると分かりやすいかもな。必死に走っているつもりなのに全く前に進まない。俺は、そしておそらくはリリシアも、あれに似たような体験をしていた。


 だからなのか、キリエの姿を見つけたときは安堵感が半端なかった。

 キリエは既に罠を張った部屋のドアノブに手を掛けており、いつでも準備オッケーといった様子だ。


「ひょへへへ! どうやら年貢の納め時が来たようじゃな!」


 俺たちを追い詰めたとみるや、婆さんは気色悪い哄笑を上げた。本当に追い詰められているのは婆さん自身なのだが、本人はそれを自覚できない。

 滑稽だなクソババアッ!!

 そう言って中指を突き立ててやりたい気分だぜ。

 そんなことしたら作戦が台無しになっちまうから我慢だけどな。


「キリエちゃん、いまですっ!」

「うむっ、任されたっ!」


 リリシアの掛け声を受けてキリエが扉を開く。

 俺とリリシアは開け放たれた扉の直前で左右に飛び退いた。

 婆さんは目の前の――扉の先の光景に驚きの表情を浮かべたが、最大まで加速した肉体を止めることはできず。その身で風切り音を奏でながら、ドクドク・スライムだらけの部屋のなかへと突っ込んでいった。


 あまりにも無様だったので、俺は内心ひっそりと呟く。

 ざまあ(笑)。



 


 

 

 

 

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