第16話 ヌチョヌチョでドクドクな罠
「よし、毒消し草は揃ったな」
これで必要なのはあと一つ。
大量のドクドク・スライムだけだ。
「よっ、よぉーし! まずは俺が手本を見せてやろう!」
正直、スライムに対してマイナスの印象を抱いているのは俺も同じだ。人生初のクエストであんな目に遭わされたのだから無理もない。
ただでさえ臭いしヌチョヌチョだし妙に
でも、それはリリシアとキリエだって同じなんだ。だったらまずは俺が行くしかあるまい。さすれば、多少の好感度稼ぎにはなろうて。
俺は十メートルくらい先の曲がり角でウロウロしているドクドク・スライムに狙いを定め、スタスタと距離を詰めていった。
『ピィ?』
人の気配を敏感に察知したドクドク・スライムは、どことなく気の抜けた表情を浮かべながら俺のことを見上げていた。世の中にはこの気色悪い紫色のモンスターを愛好している輩もいるらしいが、俺にはどうにも理解できないぜ。
「さてと、やるか」
「レイくーん、頑張ってくださぁ~い!」
まるで他人事みたいな応援を背に受けながら、俺は意を決してドクドク・スライムに飛び掛かった。
「ええーい、ヌチョヌチョがなんぼのもんじゃぁーーーいっ!!!」
『ピッ、ピョエェ~~~ッ!??』
よし、まずは一匹ゲットだぜ!
手はヌチョヌチョのドロドロで最悪な気分だが、これに関しては致し方なしだ。
部屋の扉を開き、ドクドク・スライムをぽいっと放り投げる。着地と同時に聞こえたベチョリという音が、俺をなんとも言えない気分にさせた。
扉を閉めて振り返ると、既にリリシアとキリエもドクドク・スライムを捕獲すべく動き出していた。のだが、俺はそこでとんでもない光景を見せつけられた。
「こっちですよぅ~、ほれほれ、ほ~れ」
「……よし、これで我も一匹目だ」
「なッ、お前ら! お前らばっかりズルいぞ!」
リリシアは樫の箒を使って、キリエは剣を使ってドクドク・スライムを引っかけていた。
「思いついちゃったんだからしょうがないじゃないですか」
「効率化を図ったまでの話」
「なんか俺だけが損したみたいで気に入らないのだが? それに、毒消し草を三枚集めたのがまるで無駄じゃねーか」
「それは違うぞレイ殿。備えあれば憂いなしとはよくいったものでな。考えたくはないが、昨日みたいに上からスライムが降ってこないとも限らんだろう?」
「キリエちゃん、縁起でもないこと言わないでください」
「そうだぞキリエ。そういうのをフラグっていってな。こういうときに限って、ドクドク・スライムが天井に張り付いていたりするんだよ」
「あはは、なんですかそれ。レイくん変なの」
「まったくだ。なにを言い出すかと思えば、フラグなどというワケの分からぬことを…………」
なんとも形容しがたい気まずい空気が流れ、ピタリと会話が止まった。そのタイミングで俺たち三人は天井を見上げ……。
まずはじめに、リリシアが絶叫した。
「キャーーーーーーッ!! ホントに天井に張り付いてるぁーーーーっ!!??」
「おっおおお、お主ら! いいいい一旦餅つけぇっ!!」
「お前が落ち着けっ! とにかく、まずはここから退避だ! アイツらが降ってきたら全身ヌチョヌチョのドクドクだぞ!!」
「はぁ、はぁ、はぁ……。どうやら俺たちは、とんでもないダンジョンに逃げ込んじまったみたいだな」
「はぁ、はぁ。あー、ビックリした。まさか本当に天井にいるだなんて思いもしませんでしたよ。口は災いの元というかなんというか、迂闊な発言は避けたほうがいいかもしれませんねぇ」
「しかしまぁ、アレはアレで使えるやもしれぬがな。天井に衝撃を与えてドクドク・スライムの雨あられを発生させる……ウム、やられるほうは堪ったものではないだろう」
「キリエ、それ天井に衝撃与える役の人間まで巻き添えになってるからな」
「むっ、言われてみれば。そこまでは考え至らなかった」
だが最終手段としてはありかもしれない。
あの婆さんがどれだけの実力の持ち主かは分からない。分かっているのはとりあえずヤバそうってのと、俺たちを始末しようとしているってことだけだ。
いざってときのために、敵味方関係なく巻き添えにしちまう広範囲攻撃ってのは視野に入れておくべきかもしれない。
「しかし困りました。まだあの部屋には五匹しか閉じ込められていませんよ? あのお婆さんがどれだけの強さかは分かりませんが、ドクドク・スライム五匹に苦戦するようには思えません」
「ドクドク・スライムはスライムに毒の成分が加わっただけだもんなぁ。危険っちゃ危険だけど強さはFランク。たった五匹に苦戦するようなヤツが相手なら、まどろっこしい罠を仕掛けるまでもないわな。キリエ、お前はどう思う?」
「そうだな。我の見立てが正しければ、あの老婆はⅮランク冒険者に匹敵すると思うが」
「Dランクか」
代表的なモンスターはゴーレムやガーゴイル、ミニ・ワイバーンなどが挙げられる。
「まともに
となるとやはり、あの部屋に罠を仕掛けるしか選択肢はなさそうだ。俺たちは互いに目配せを交わし、こくりと頷いた。
#
三階に戻ってきた俺たちは、なるべく天井を見ないように努めながらドクドク・スライムを捕獲しては部屋に放り込んでいった。
狭い部屋のなかに、次から次へとドクドク・スライムが投入されていく。
ぽいっ。ベチョリ。ぽいっ。ベチョリ。
ぽいっ。ベチョリ。ぽいっ。ベチョリ。
ぽいっ。ベチョリ。ぽいっ。ベチョリ。
そうやってドクドク・スライムを部屋に投入し続けていると、突如としてリリシアが声を上げた。
「ん、どうした?」
なにごとかと思い振り返ってみると。
なんと、リリシアの
「リリシア、その眼どうしたんだ?」
「どうやらコンペーちゃん殿からテレパシーが送られてきたようだな」
「お前、テレパシー受け取るとそんなふうになるのかよ。って、感心してる場合じゃねぇな。テレパシーが届いたってことはあの婆さんがここまで来たってことだ」
「はい。コンペーちゃんもそう言っています。包丁を纏ったお婆さんがこの修道院に近づいてきているって」
包丁を纏う?
聞き慣れないうえに物騒な響きだな。
「だいぶ引き離したつもりでいたが、我もまだまだだな。もっと精進せねば」
「ま、これはこれで好都合だけどな」
キリエの指摘で婆さんに仲間がいる可能性が出てたからな。
もしリリシアの魔法の光を婆さん以外の人間が目にした場合、そいつらがこっちに来てたかもしれん。
「ところでレイくん、あのお婆さんをここまで誘き寄せるための具体的な算段はついているんですか?」
「当然だ。俺を誰だと思ってやがる」
「え、服溶かしのレイくんですよね?」
「ん、服溶かしのレイではないのか?」
ほう、随分といい度胸してるじゃねーか。
決めた。こいつらはあとで泣かしてやろう。
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