第13話 闇バイト
俺たち三人を乗せた馬車が、オード湖を出発すべく僅かに前進を開始した。そのタイミングで、俺は不吉な音を聞いた。ミシッという、木材が軋むような音だ。
「あの、レイくん? なにか聞こえませんか?」
「あぁ。だけどなんの音だ?」
「ふむ。なにやら軋むような音が聞こえたが」
会話の間にも音はどんどんと大きくなっていく。
そしてついにミシッという音はバキバキッ! といかにもヤバそうな音に変じて。それから数秒と経たないうちに積み荷部分がぶっ壊れ、俺たちは荷台の外に放り出されたのだった。
「いててて。チクショー、随分とボロい馬車だな」
「うう、痛いですぅ。私がなにをしたって言うんですか。どうしてこんな目に遭わされなきゃいけないんですか。ぐすん」
「もしかしたら老朽化が進んでいたのかもしれぬな。いずれにせよ、これではクエストどころではないな」
たしかにキリエの言うとおり、これではクエストどころではない。となると金の工面もできなくなるわけで、ここまで来たのは完全に無駄足だったということに……って、なんだこれ。
倒壊した積み荷部分に視線を向けると、そこには大量の金の延べ棒が転がっていた。俺は一瞬、それがなにかを理解できなかった。
生まれてからこの方、これだけの金塊を見たことなんて無かったから、頭が混乱してしまったのかもな。
「なぁ二人とも。そこに転がってるのって」
「え? あー。あれは金塊ですね。見た感じ百本くらいは――って、えーーーーーッ!?? なな、な、ひゃぅっ!? なんでひゅかこの目も眩むような金塊の山はーーーっ!!」
「なるほど。これが中身を見てはならぬとされる所以、というわけか」
「金塊、しかも大量の……。じゅるり。これだけあったら死ぬまで遊んで暮らせるんじゃ……?」
って、どこからどう考えても闇バイトじゃねーーかっ!!!
「ほほほ、まさか荷台が壊れてしまうとはな。木箱の中身も見られてしまったし、はて、どうしたものかね」
いきなり背後から降ってきた声に、俺とリリシアはビクゥッ! と背筋を震わせた。平然としているのはキリエだけで、なぜそんな澄ましたクールな表情を浮かべていられるのかは謎だ。
「仕方ない。三人とも始末するしかないのぅ」
「ひえーーーー! おっ、お許しをぉーー!!」
「ここで見たことは誰にも言いませんからーー!!」
「それは……出来ぬ相談じゃな!!」
老婆が腕を振り上げると同時に何処からか包丁が出現し、それと同時に、俺の体がフワッと浮き上がった。
「わ、わわっ!?」
「揃いも揃って大馬鹿者がっ! 敵が殺意を向けてきているのに
気がつくと、キリエは俺とリリシアを両脇に抱えてとんでもないスピードで走っていた。見た目とは裏腹に結構な力持ちらしい。
キリエはぐんぐんと森を駆け抜け、俺たちはみるみるうちに老婆との距離を引き離していった。
それからさらに数分が経った頃になって、キリエが静かに言った。
「この先に丁度良さそうな場所があるな。しばらくはあそこで身を潜めるとしよう」
とまぁこんな具合で、俺たちは廃墟みたいな場所にやって来たのだった。建物が古くなるとモンスターが居座り、やがてそこはダンジョンになる。元は修道院だったと思われる三階建てのこの建造物だが、なかに入ってみるまでは判別がつかないな。
「ってキリエ、俺の武器がないのだが!?」
「仕方なかろう。老婆の眼を見てすぐに分かったが、あれは既に何人か殺っている人間のものだ。故に他の全てを後回しにし、二人の身の安全を最優先に行動したまでよ」
マジかよ!
「ってことはなんとかあの婆さん撒いて、それからまたあそこに戻らなきゃならんってことかよ。うぅ、最悪だぜ」
「ていうかレイくん、あのヘンテコ武器のせいで馬車が壊れちゃったんじゃないですか!?」
「ヘンテコ武器は百歩譲るとして、どうしてそれで荷台が壊れるっていうんだよ?」
「だってあの武器やたらと重たいじゃないですか。そうだ、キリエちゃんにはまだ話してませんでしたね。実はレイくんの武器ってすっごく重たいんですよ。どれくらいかって言うと、コンペーちゃんが疲れちゃうくらいです」
「コンペーちゃん殿が? 仮にそれが真実であるならば、レイ殿の装備品はそこらに生えている大木よりも重量があるということになるが。熟練の戦士ならまだしも、冒険者になって間もない人間が振り回せる道理はないな。勘違いではないのか?」
「勘違いというか、リリシアがポンコツで非力なだけだろ」
「ポンコツは余計ですよ! 非力なのは認めますがね。しかしですね、ちょーっと運んだだけでコンペーちゃんが疲れちゃうだなんてのはおかしい話ですよ」
コンペーちゃんなぁ。
たしかにアレはどこからどう見てもバケモノだった。
アレを疲弊させたとなればそれはとんでもない重さなのだろうな。しかーし! リリシアは重要なことを忘れている!
「お前、コンペーちゃんに肉食わせてなかったんだろ? そのせいだろ」
「う~ん、それにしても納得できないんですよねぇ」
「まぁいい。荷台がなぜ壊れたのか、そんなことを議論していてもなにも進展しないからな。我らが第一にすべきことは、ここにモンスターが住み着いていないかどうかを確認すること。そして、あの老婆が襲撃してきたときのために備えることだ。違うか?」
「違わないです! とはいったものの、いまの俺には武器が無いからなぁ。ってわけでお前ら二人、探索よろしく。俺は見張りをやるよ。婆さんが来たらすぐに知らせてやるから安心して仕事に励むがよいぞ」
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