第12話 イーツーウーバ

「ななな、なにやってるんですかレイくんっ!」

「そうだぞレイ殿! こんなヤツに頭を下げるだなんてどうかしているぞ!」

「うるせーっ! お前らには日給十万って言葉が聞こえなかったのか? 十万だぞ十万、こんなウマい案件、そう簡単に逃してたまるかってんだ!」


 そんな俺の様子を見て、ナルシスはニヤリと口角を上げた。ああいう顔をする人間ってのは、大抵の場合はロクでもないことを考えているものだ。だけどこの際だ、ロクであろうがなかろうがどうでもいいね。だって俺ほぼ無一文なんだもん!


「あはは。おもしろいねレイくん、関心関心。でも生憎、下僕のほうは間に合っていてね。まっ、こうして出会ったのも何かの縁。愛しのリリシアちゅわんとキリエちゅわんのためでもあるし、この案件はタダで譲ってあげるよ」

「騙されちゃダメですよレイくん! あの顔は悪いことを企んでいるヤツの顔です。「お主も悪よのぅ」とか言いながら裏金せしめるヤツの顔ですよ!」

「ウム。そしていざ都合が悪くなると「記憶にございません」とか言い出すヤツの顔だ」

「どんな顔やねん。つーか、コイツがなにかを企んでるってのは言われるまでもなく分かってんだよ。分かった上でノッてやろうって話だろーが」

「んも〜、君たちはイジワルさんだなぁ。僕はなにも企んでいないし、お主も悪よのぅなんて言わないし、記憶にございませんなんて言葉も一度だって使ったことがないのに。ま、クエストを受けるも受けないも君たちの自由だし、好きにするといいよ」


 ナルシスはそれだけ言うと、俺に一枚の書類を手渡してその場を去っていった。

 俺はその書類に視線を落とし、音読した。


「えーどれどれ? 求む、イーツーウーバ配達員。作業内容:オード湖からウラルの塔まで、薬草の入った木箱の配達。参加人数三名~五名。馬車の貸付アリ。成功報酬十万ゴールド」


 ……ふむ、たしかにこれはウマい。

 例えるなら昨晩食べたオーク肉の塩焼きくらいウマい案件だ。

 オード湖は王都を出て二時間も歩けば到着する場所にある。そこからウラルの塔までは半日近くかかるが、馬車を使えば早朝前には帰って来られそうだ。


「あの周辺のモンスターは雑魚ばっかだし、鈍間なヤツが多いから、馬車での移動なら襲われる心配はなさそうだ。ただ、届け先がちょっと気になるな。ウラルの塔ってたしか廃墟だったよな?」

「あぁ。元々はダンジョンだったが、住み着いていたモンスターは全て狩られ、いまでは廃墟となっている。おそらく、そう遠くないうちに清掃の依頼が出されるであろうな」

「レイくん、本気で受けるつもりですか? たしかに十万ゴールドは美味しいですけど、やっぱり怪しいですよぅ」

「なーに、そうビビる必要はないさ。万が一の事態になったら全部ナルシスのせいにすればいいだろ」


 我ながら最低な発言だぜ。

 でも仕方あるまい。

 犠牲なくして平穏はあり得ないし、そもそもナルシスはなんと~なく気に入らない。


「そういえばお前ら、なんでアイツのことをそんなに嫌ってるんだ?」


 俺が聞くとリリシアは黙ってしまったが、反対にキリエは、握り拳を作って怒りの表情を浮かべた。


「あやつも元々はベルクお守り隊の一員だったのだ。だがある日、詰所の金庫からゴールドの全てを持ち出し行方を眩ませてな。それから一年後、あやつはバラローズ商会を立ち上げ、いまでは権力者の仲間入りというわけだ」

「なるほどな。下僕は足りてるってのはそういうことか。それにしても想像以上にクズだな」

「ねぇねぇレイくん、やっぱり冒険者ギルドに戻りませんか? クズ人間が怪しい案件を持ってきて、しかもタダで譲ってきたんですよ? もう真っ黒じゃないですか」

「んまぁ、別に俺はどっちでもいいけどな。でもお前らはそうもいかないんじゃないのか? そもそも散財した分をクエスト攻略で取り戻すとなったら一ヶ月か二ヶ月はかかるだろうしなぁ。なんだかってブランドの箒、お前の様子を見るにさぞ人気商品なんだろうなぁ~? 一~二ヶ月経っても残ってるだなんて保証はどこにもないと思うんだがなぁ~~??」

「くっ……、それを言われると返す言葉が見当たらないですが…………。うぅ、分かりましたよぅ。私もそのクエストに参加します。お金が無いと困りますし。キリエちゃんはどうしますか? 嫌だっていうなら代わりになりそうな人を探しますけど」

「……フン。もはや乗りかかった船だ。今さら日和る道理もあるまいて。それに、もしこれがなにかしらの罠だったとしたら、その暁にはあの男を刀の錆にしてくれるまでよ」


 ……とまぁこんな具合で。

 俺たちはイーツーウーバの配達員として、オード湖にやってきたのだった。


 オード湖には一台の荷馬車と一人の老婆の姿があった。

 乱れた白髪に深く刻まれた皺、痩けた頬に落ち窪んだ眼窩。申し訳ないが第一印象は最悪といっていい。人を見た目で判断するってのは気が引けるが、なんというか、呪いの人形をメッタ刺しにしてそうな風情だ。

 老婆は俺たちの姿を認めるや、嗄れた声で言った。


「フム、今回の配達員はお前たち三人か」

「俺はレイっていいます。で、この子がリリシアでこっちの子がキリエ」

「レイにリリシアにキリエか。クエストに関してなにか聞きたいことはあるか? なければすぐにでも出発してもらいたいのじゃが」

「あ、それじゃあ一つだけ。たぶん俺たちじゃ馬を制御できないと思うんだが、その場合はどうすればいいんだ?」

「それなら心配はいらん。イーツーウーバで使う馬は特定の場所に向かうように訓練されているからな。決められた行動以外はせんよ」


 なるほど。

 それは便利だ。


「質問はそれだけか? ならばさっそく出発してもらうが、その前に一つだけ注意しておかねばならんことがある。心して聞きなされ」


 一呼吸おいて、老婆は怪しい微笑を携えながら人差し指を立てた。


「決して木箱の中を見るでないぞ。もし見たら……」

「も、もし見たら……?」

「もし見たらぁ~……」

「ひぃ! もし見たらどうなっちゃうっていうんですか!」

「もし見たら~~……」

「……ッ!」

「そのときは命の保証は出来かねるッ!!!」


 うわぁ、絶対にヤバい仕事じゃん。

 

 俺たちは一抹の不安を胸に抱きつつ、荷台に乗り込んだ。すぐ真横には木箱が置かれているが、ぶっちゃけ呪いのアイテムかなにかにしか見えないぜ。


「マジで怖いし早いとこ終わらせよう」

「賛成ですね。中身を見たら命の保証はできないだなんて、絶対危ないですよ」

「異議なし」


 こうして俺たちはオード湖を出発……できなかった。

 なぜなら、積み荷部分がぶっ壊れたから。


  


 

 

 


 

 


 


 

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