第10話 乾杯!!

「ここが詰所です!」


 リリシアが自慢げに指差したのは、三角屋根のてっぺんに十字架が突き刺さった建造物だった。ところどころがボロボロで、全体的に小ぢんまりとしているが、それはどこからどう見ても教会でしかなかった。


「いや、詰所というより教会やないかい」

「あぁ。この聖・ユークスピア救貧院こそが、我々『ベルクお守り隊』の活動拠点なのだ」

「私たちが悪い人を捕まえて憲兵さんに引き渡すと、後日、隊の方からゴールドやお食事が仕送りされるんですよ。ここには訳ありな子供たちが居ますから、お金や食べ物は多いほうがいいんです」


 どうやら、ベルクお守り隊は意外にもしっかりとした慈善活動団体らしい。お守り隊なんて聞いたことなかったし、ただの冒険者ごっこかなにかだと思っていたが。


 リリシアが扉を開き、俺とキリエが後に続く。

 まず最初に目についたのはステンドグラスの窓だった。次に、等間隔に並べられた横長の木製机。そして真っ白な壁に古びた本棚。

 さらには、猛スピードで迫りくる白衣の少女……。


「キィィリィィエェェエエエッ!!」


 白衣の少女は叫びながらこちらに駆けてくると、勢いそのままにドロップキックを繰り出した!

 対するキリエは、涼しい顔で、攻撃を鞘で受け止めた。


「いきなり奇声を上げて飛び掛かってくるなど、らしくもないな。一体全体どうしたというのだ、フィアン殿?」


 フィアンと呼ばれた少女は、リリシアやキリエと並ぶほどの美少女だった。ウェーブのかかった茶髪に、丸眼鏡と白衣。見るからに理知的な出で立ちである。胸元もふくよかだし、スカートから伸びる足もスラリと綺麗。

 完全に俺好みの見た目……ではあるのだが、性格のほうは難アリといったところか? キリエとの間になにがあったかは分からんが、いきなりドロップキックをかましてくるというのはな。ちょいとイカれポイント高めだ。


 フィアンは両目を吊り上げながら、怒りを剥き出しにしている。


「キリエ。どうやらキミにお使いをお願いしたのは間違いだったようだね……? 子供たちの分は足りたけど、ボクは腹ペコだよ!」


 そういうことか。

 どうやらフィアンは昼飯のことで怒っているらしい。


「あぁ、そのことか。それに関しては事情があってだな。こんなところで立ち話というのも珍妙故。フィアン殿、とりあえずは場所を移そうではないか」


 言われて、フィアンは目を点にして首を傾げた。


「そういえばキミたち、変な格好だね? 特にそこのキミ。なんで半裸なワケ??」


#


「なるほど、そういう事情があったんだね。それにしてもすごいねキミは。ボクですら、この二人とのパーティでは途中リタイアを余儀なくされるというのに」


 洗体と着替えを終えた俺たちは、来客用の一室に案内された。応接室と呼ぶにはあまりにも粗雑な内装で、調度品は全体的に古臭い感じだ。きっと資金繰りに悩まされているのだろう。


 俺はフィアンのほうを向いて、できる限りのイケボで応じた。


「フフッ。実は俺、こう見えて魔王討伐を志してるんだよね。子供の頃から剣を振り続けてきたというのもあってね。そこら辺の新米冒険者よりかは腕が立つんだ」

「へぇ~。次は是非、ボクも同行させてもらいたいね」

「やめといたほうがいいですよ」


 リリシアの冷めた視線が俺を貫く。

 続いてキリエも同種の視線を向けてきた。


「レイくんと一緒にクエストを受けようものなら、服を溶かされますから」

「うむ。差し詰め、服溶かしのレイといったところだな」

「やれやれだぜ。俺のクレバーな作戦が無けりゃいま頃は服どころか全身が溶かされていたっていうのに。それを忘れて不名誉な渾名ばかり増やしやがってさぁ、ちょっと恩知らずが過ぎるんじゃありませんかねー?」

「よくもまぁそんなペラペラと……!」

「全く、呆れ果てたヤツだ。――ところでフィアン殿、子供たちの姿が見えないが?」

「あぁ、子供なら母さん達に連れられて公園で遊んでるよ。たぶん、もう少しで帰ってくるんじゃないかな」


 となると、俺たちは早めにお暇したほうがよさそうだな。見慣れない人間がいたら子供たちのストレスになるかもしれない。

 というより着替えが終わったのだから、俺としては一刻も早く冒険者ギルドに戻って、ヤツらに吠え面かかせてやりたい気分なのだが?


 そのことを告げると、リリシアは思い出したかのように顔を赤くした。


「そうだ、そうですよっ。レイくん、いまこそ反撃のときですよ! 私たちはクエストクリアという実績を手に入れたのですから。もう、子供ってだけで、バカになんてさせません!!」


 というワケで、俺たちはフィアンに別れを告げ、再び冒険者ギルドへとやってきたのだった!


 冒険者ギルドは既に酒盛りで賑わっていた。

 こうやって改めて気にして見てみると、たしかに平均年齢は高めに感じる。


 ククク、こいつらが涙目で俺を崇める姿が目に浮かぶぜ。


 俺たちはテーブル席を素通りし、受付カウンターから伸びる冒険者の列に並んで、自分たちの番を待った。数分が経過して、俺たちの番がやってきた。


「三人とも、お帰りなさい。その様子だとクエストは無事にクリアできたみたいね?」

「当然です! なんたってこの私、リリシア・ロンドがついていますからね。チョー余裕でしたよっ!」

「いや、お前は災いの種を撒いてただけだろーが」

「我は数合わせとして慎ましくしていたぞ?」

「うふふ、みんな今回のクエストで仲良しさんになれたみたいね? さてと、いまから査定するから、この鑑定結晶に手をかざしてくれるかしら」


 鑑定結晶。

 それはクエストの評価を鑑定してくれる結晶。

 元々は触れた人間の記憶を読み取る魔法石だったのだが、用途に合わせて作り替えられ、いまの姿になった。

 俺たちは受付のお姉さんに促され、順番に、カウンターの上に置かれた紫水晶――鑑定結晶に手を翳した。


「はい、これで鑑定は終了よ。野良ゴブリン二十匹の討伐、お疲れ様。これが報酬の六百ゴールドよ。それと、こっちが攻略証明書ね」

「ありがとうございます!」


#


 報酬の分配を終えた後。

 俺たちは受付のお姉さんにお願いして、今朝の十人を呼び出してもらった。

 既にデロンデロンになっているヤツもいたけれど、俺とリリシアはそんなことはお構いなしに、攻略証明書を見せつけた。


「どうだ。お前らがバカにした青臭ぇガキんちょは、見事に二十体のゴブリンを討伐して帰ってきたワケなのだが。なのだがっ!」

「あん? どれどれ……。う、ぉ、お、ぉおおおお??」


 十人のうちの一人、モヒカン頭のヒゲオヤジが目を丸くして驚く。次いで、他の冒険者もやいやいと騒ぎ始めた。


「オイオイ、マジじゃねーか!」

「だわっはっはっは、コイツぁ驚いたぜ! あんちゃん、なかなかやるじゃねーか!」

「こいつぁ黙ってられねぇ。おい、そこのウェイトレスさん、この三人に酒持ってきてくれ!」

「まさかこんなガキどもがクエストを攻略するとはなぁ。今朝のことは悪かった、このとおりだ!」


 ……アレ?

 なんか思ってた展開と違うんだけど。


 なんかこう、もっと言いがかりとか難癖とかつけられて、悔し紛れの負け犬の遠吠えを聞かされて、俺はそんな光景を見下しながらゲラゲラと煽り散らかす気満々だったんだが?


 顔を横に向けると、リリシアも釈然としないといった感じだった。たぶん俺と似たようなことを考えていたんだろう。

 そしてキリエは、そんな俺たちを微笑ましそうに眺めていた。


「レイくん、なんか違う気がするんですけど」

「俺も同じことを思っていたよ」

「よいことではないか。こうして成果が認められたのだから、素直にその事実を受け入れ、喜べばよいのだ」


 うーん?

 もっとこう「ざまぁみやがれ!」ってのを想像してたんだけどなぁ。


「ま、細かいことはどうでもいいか」


 俺たちはウェイトレスさんが運んできた樽ジョッキを手に取り。


「んじゃまあ、お疲れさまでしたってことで。乾杯!」

「乾ぱぁ〜い!」

「うむ、乾杯!」


 この日、俺は生まれて初めて心の底から”楽しい”と思えた気がする。多くの冒険者と語り合い、笑い合い、友情を育み……。

 俺はこの一晩でたくさんの友人を作り、最高に充実した夜を過ごしたのだった。




 そして翌朝。

 リリシアの両親が経営する宿屋の一室で目を覚ました俺は、昨晩の散財を思い出して……。


「村からの餞別がほとんど無ぇぇええええええええッッ!?!??」


 魔王討伐のために村を発って一日。

 早くも俺は、経済的ピンチに陥ったのだった……!

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