第8話 ポンコツたる所以

「これより作戦会議を行います! なにかいい案が浮かんだ人は即座に挙手してください!」


 みじろぎしながらリリシアが言う。

 俺たちは絶賛拘束状態なワケだが、どうやって挙手しろと言うのだろうか。


「リリシア、お前サポート特化型だって言ってたよな。なんかこう、パワーが強くなる魔法とかないの?」


 筋力が上がればスライムを引き千切れるかも。

 そう思って聞いてみたが、リリシアは力なく首を振った。


「身体強化魔法は中級の魔法ですからね。私が扱えるのは初級魔法だけなのです」

「じゃあキリエ。なんか奥の手とかないのか? たしか御身が内に常夜の者が潜んでるんだろ?」


 キリエはリリシアに倣い首を横に振った。


「我が内に宿りし闇は深海が如くの濃闇のうあんさを以てして森羅万象を漆黒へと塗り替えてゆく。ありとあらゆる『有』が『無』へと変容していくその様はまさしく世界の破滅に他ならない……。よいか、この力はむやみやたらに使っていいモノではないのだ。しかとその胸に刻み込め」

「お前なにも考えずに喋ってるだろ」

「そ、そんなことないもんっ!」


 この分だとリリシアもキリエも役立ちそうにないな。

 ともなれば頼れるのは自分だけ、か。


「リリシア、キリエ。俺に考えがある」


 俺が考えを告げると、二人の瞳に光が宿った。

 

「ゴブリンを大声で誘き寄せて纏わり付いたスライムを殴らせる……っ!? レイくんすごいですっ、そんな作戦思いついちゃうだなんて、もしかして天才ですかっ!??」

「たしかにその方法ならば、やがてはスライムの体力が尽きて解放される! レイ殿、見た目とは裏腹になかなか策士ではないかっ!」


 見た目とは裏腹にとか言うな。

 傷ついちゃうだろ。


「この作戦は、うまくいけばスライムを倒せる。けれど危険も伴う作戦だ。ゴブリンは攻撃力が強いからな。スライム伝手に俺たちにもダメージが入る。つまりこれから行われるのは俺たちとスライムによる我慢比べだ。自信がないっていうなら他の作戦を考えてみるが、どうだ? いけそうか?」

「我慢比べ? 上等ですよ! てゆーか、スライム如きに負けてなるものですか!」

「剣を抜かなくなってから幾年。我に課された役割といえば、タンクのように、敵の攻撃を鞘で受けるといったものばかりでな。こう見えて防御力には自信があるのだぞ?」

「よぉし、それじゃ作戦開始だ。お前ら、後から泣きごと言っても遅いからな!」


 かくして作戦は実行に移された。

 俺たち三人は各々に可能な限りの大声を出し、時折は咽たり咳き込んだりしつつも、ゴブリンを誘き寄せるために必死になった。


 ……その甲斐あって、数分後には俺たちの周囲に十匹くらいのゴブリンの群れが形成されていた。


「あっ、あのぅ、これ本当に大丈夫なんですかねぇ?」

「うっ、狼狽えるでないっ! 弱っているところを見せれば、それこそヤツらの思うツボだ!」


 こいつら、本当に大丈夫なんだろうか?

 ちょっと不安になってきた。


#


 ……ヌチョヌチョがたくさんになった!


「は、話が違うじゃないですかぁあああっ!??」

「うるせー! 途中までは上手くいってたろうが!!」


 そう、途中までは上手くいってたんだ。

 俺たちは作戦どおり、大声でゴブリンを誘き寄せた。そしてゴブリンはまんまと釣られて、俺たちをスライム越しに殴打してきやがった。


 たしかにダメージはあった。

 それでもスライムが衝撃を吸収してくれたから、思っていたほどじゃなかった。


 これなら耐えられる。

 そう思ったのに!


「なんでお前らまでヌチョヌチョになってんだよぉーーーっ!!」

『ゴ、ゴブゥ~~~!?』

『ギャワァーーッ!!』

『ギェエ~~!!』


「レイ殿、な、なにか他の策はないのか? このままでは全員消化されてしまうぞっ!」

「そ、それはッ……! あるには、ある。あるけどもっ!」


 くぅ~、やりたくねェ~~!

 

 現状、打開策は二つ残されている。

 一つは、俺がいまこの場で新規のスキルを会得してしまうというもの。子供の頃から修業してきた甲斐あって、スキルポイントは60も貯まっているからな。

 スキルの会得は簡単だ。会得したいスキルを思い浮かべて強く念じる。たったそれだけで、必要な分のスキルポイントが自動的に消費されて、晴れてスキルを会得できる。だから、一応はこの状況を打開できる。

 でも、俺がスキルポイントを必死に貯めてきたのは『ギガント・ブレイク』のためであってだな。正直言って、こんなところで無駄なポイントは使いたくねぇってのが本音だ。


 となるともう一つの策に頼るしかないわけなのだが……。


 俺はチラリとリリシアに視線を向けた。

 同時に、深いため息が漏れ出た。


 リリシアの魔法。

 それ次第ではこの状況を打開できる、かもしれない。

 

 スライムは炎が苦手だからな。

 リリシアが炎系統の魔法を会得していれば、なんとかなるかもしれん。

 

 でもこいつポンコツなんだよなぁ~。

 仮に炎属性の魔法を会得していたとして?

 さらにはスライムを追い払うことができたとして?

 それでも、俺には三つの火達磨が草原を転げまわる未来しか想像できないのだが……。

 

 まぁいいや。

 ダメ元でもいいから聞くだけ聞いてみよう。


「なぁリリシア。お前、炎系統の魔法は使えるか?」


 ま、どうせ無理だろうな。

 そもそもあのポンコツ魔法以外にも魔法が使えるってんなら、リリシアがピンチに陥るだなんてことはあり得なかったわけでだな。

 いまのクソみてぇな現状が、リリシアのポンコツ具合をより強固なものとして――。


「炎系統というか、私、初級魔法ならほとんど使えますケド?」

「だよなぁ。やっぱり使えるワケ…………えっ」


 この魔女っ娘、さらっとトンデモないこと言ったような気がするんだけど。聞き間違えたかな?


「リリシア、いまなんて?」

「ですから、初級魔法ならほとんど使えますってば。ま、私は白魔法使いなのでそこまで威力は無いですが」


 ……どーゆうコトだってばよ。

 ダメだ、まるで意味が分からん。

 え? 初級魔法ならほとんど使える?

 じゃあなんでこんなことになってんだ~~??

 えーん、頭が痛いよう。


 そんな俺を見兼ねてか、訳知り顔のキリエが事情を説明してくれた。


「リリシア殿は俗に言うコンプ厨というヤツでな。スキルポイントが貯まったかと思うや否や、熟練度も上げずに、すぐに新規の魔法を会得してしまうのだ。お陰で使える魔法の種類ばかりが一丁前に増えていってな。しかもだ、戦闘モードに入るためのルーティンとして必ずやあの奇怪な停止魔法を発動する必要がある故、どうにも扱いが難しいのだ……」


 んもぉ~。

 そういうことなら先に言えよなっ。

 ま、そういう事情があるなら仕方がないか。

 

 ……んなワケねーだろっ!!


「リリシア、やっぱお前はポンコツだぁーーーッ!!」

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