第7話 ゴブリン退治

 ゴブリン。

 それは液状の最弱モンスター・スライムと肩を並べるほどの弱小モンスターだ。基本的な武器はこん棒で、攻撃の手段は殴るだけ。背も低いしこん棒も短いしで、リーチはあってないようなもの。


 たしかに攻撃力はそこそこ。

 けれど逆に言えばそれ以外に取り柄がない。

 それがゴブリンだ。

 

 なにが言いたいかというと、そんな雑魚モンスターに苦戦するようでは話にならん。ならんのだが……。


「ひぃえええええええ、レイくぅぅううん、助けて下さぁぁああああいッ!!」


 ゴブリン退治開始から数分と経たないうちに、エリア一帯が眩いばかりの光に包まれた。そして光が収まると、そこにはゴブリンとにらめっこするリリシアの姿があったのだった。さらに、その周りには三匹のゴブリンがいて……。


 つまりこのポンコツ魔女っ娘は、敵が群れを成しているにも関わらず、あのポンコツ魔法『エンドレス・ヴェル・フェルマータ』を発動し、結果、他のゴブリンに囲まれてしまったのだった……さすがに頭が悪すぎる!


「バッキャロォーー! どこまでポンコツなんだお前はーーーーッ!!」


 俺は叫びを上げながら全力でダッシュした。

 ゴブリンはたしかに雑魚だ。

 けれど攻撃力だけならば一丁前。

 助けに入らなければ流石に危険だ。

 それに、俺の目的が果たせなくなっちまう!


「おら!!」

『ゴベッ!?』

「フンッ!!」

『ギグェ??』

「おりゃああああッ!!」

『ギギャーーッ!?』


 俺は三匹のゴブリンを殴り倒し、硬直したまま引き攣り笑いを浮かべるポンコツ魔女っ娘に迫った。


「いーか、よく聞けよポンコツ魔女! 俺たちの目的はあくまでも冒険者ギルドの連中を膝まづかせて「申し訳ありませんでしたレイ様、あなたは素晴らしいお方ですぅ」と身の程を理解させることだ! もしケガでもして帰ってみろ。アイツらのことだ、ゼッテーこう言うに決まってる。「ゴブリン如きに攻撃されるとかウケる(笑)」ってなぁ! 俺たちはな、ただゴブリンを倒せばいいってわけじゃねぇ。求められるのは辛勝ではなく圧勝! 完膚なきまでの圧倒的勝――」

「あっ、レイくん後ろッ!」


 つい熱くなってしまった。

 そのせいで俺は背後からの気配に反応できず、気がつくと――ヌチョヌチョになっていた……!


「なっ、なんじゃこりゃぁぁあああああああああああッ!?」


 俺の全身を、紫色の謎の粘液が包み込んでいる。

 それは妙な生暖かさを持っていて、更には不快な異臭を放っていた。例えるならば巨獣の唾液みたいな感じだ。率直に言うと、かなり気持ち悪い。


「落ち着いてくださいレイくん、それはただのスライムです!」

「スライムだあっ!? ふざけんじゃねー、ここはゴブリン山脈だろうがよぉおおおおおッ!!」

「ほら、アレですよ。大は小を兼ねるってヤツ。ゴブリンが出るならそれより弱いスライムも出ますって」

「難しい言葉知ってるな、ポンコツのくせに」

「ポンコツ言うな!」


 しかし妙だ。

 ここは名前のとおりゴブリン山脈。

 俺の知識が正しければ、出現するのはゴブリンだけのはずなんだがなぁ。

 ま、細かいことはどーでもいっか。

 いまはそれよりも重要なことがあるからね。


 咳払いを一つ。

 その後、俺はリリシアに真剣な眼差しを向けた。


「あのぉー、リリシアさん? 一つお願いがあるんですけど」


 なにかを察してか、リリシアも真剣な眼差しで応じる。


「はい、なんでしょうか?」

「スゥーーー。……助けてッ!!」

「無理です!! 私の『エンドレス・ヴェル・フェルマータ』の持続時間は三分、つまりあと二分は身動き不可能です! そそそそ、それに私の首筋にもなななにゃんだか生温い感覚がぁひゃぁぁああああああああッ!!」

「ひぃいいいいいいいいいいッ!!」


 …………ヌチョヌチョが二つになった!


「やれやれだな。まさか揃いも揃ってそのような無様な姿を晒すとは。――致し方なし、というヤツか」


 キリエは呆れたようにため息を吐くと、腰に括り付けたマルシェ袋の中からパン取り出した。


「粘着攻撃というのはスライムにとっては捕食行為でな。要は、空腹を満たせればなんでもよいのだ」


 そういえばそんな記述を読んだことがある、気がする。

 やはり、実戦となるとなかなか思いどおりというわけにはいかない。とはいえ、お陰で助かったぜ。


「いよぉーしキリエ! そのパンで俺たちに纏わりついているスライムを誘き寄せてくれー」

「お願いしまぁーすっ!」


 キリエは俺たちの前に立つや否や、フッと笑みをこぼした。


「貸し一つ、だな。リリシア殿に至っては三十三個目の貸しだ」


 三十三個の貸しだって?

 どうやらリリシアは俺の想像を遥かに上回るポンコツらしい。一時の熱に浮かされ相棒などと宣ってしまったが、あとで撤回しておく必要がありそうだな。


 キリエは優雅な手つきでパンを差し出し、香りを振り撒くような動作をする。

 そして少しずつ、ゆっくりと俺たちから距離を取っていく。するとそれに釣られる形で、紫色のヌチョヌチョがぐにぃ~~~とキリエのほうに伸びていった。


 一方その頃。

 周囲のゴブリンたちは、俺たちのやり取りをやや遠方からジーッと眺めていた。仲間三匹がやられて警戒しているのか、それともヌチョヌチョが気持ち悪くて近づきたくないのか。

 いずれにせよ襲ってこないのはありがたい限りだ。この状況で襲われたらひとたまりもないからな。


「よし、もう少しだ……」


 俺たちから一メートルほど離れた位置でキリエが呟いた、そのときだった。

 ふいに影が差したかと思うと、上空からなにかが降ってきた。それは液状の物体で、紫色で、ドロドロしていて……。


「う、うぁああああああああっ!?!??」

「キ、キリエちゃあああああん!?!??」


 …………ヌチョヌチョが三つになった!


「キリエ! お前までヌチョヌチョになってんじゃねぇーーよッ!!」


 いや、マジでどうすんだコレ!!

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