第3話 邪眼が疼くッ!的な少女(笑)

 魔女っ娘の詠唱と同時に空間の一部に黒い穴が出現し、そこからこの世のモノとは思えない造形のモンスターが姿を現した。


「さあ、やっちゃってくださいコンペーちゃん! でも殺しちゃうのは駄目メッ、ですからね!」


 なっなっ、なんじゃこりゃぁあ~~~!??

 デッッッケェ~~、コンペーちゃんデケー!

 いくらなんでもデカすぎるだろっ!

 こんなのモンスター図鑑でも見たことねーよ!

 

 あんなのに襲われたら一溜りも無さそうだ。

 あのハゲ頭、終わったな。

 かわいそうになぁ……。

 今度はいいヤツに生まれ変われよ?

 またなっ!

 

 コンペーちゃんはハゲ頭の眼前に顔を近づけて、大口を開いた!


「ひぃいっ! ちょ、待ってくれ! 分かった俺が悪かった。盗んだものは返す。だから勘弁してく――」

「ダメです! 泥棒の言うことは信用できませんからね。一度痛い目をみるがいいですよ」


 魔女っ娘が言った次の瞬間。

 耳を劈くほどの咆哮がビリビリと大気を震わせた。


「グゥオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!」

「ッッ、なんつー圧だよバケモノがっ!」


 あまりにも強大な音の弾。

 ハゲ頭は成す術なく、泡を吐いて気を失った。


 ちなみに俺の耳も滅茶苦茶痛い。

 キーーンって耳鳴りするし頭ぐわんぐわん揺れてる感じがするし、最悪な気分だぜ。


「よーしよしよしよしよし。コンペーちゃんは今日もかわいいでちゅね~~♡」


 かわいいか?

 マジのバケモンじゃねーか。

 

 全長はざっと三〜五メートル。

 ムキムキの筋肉に二対の大翼。

 そして頭上を回転する紫色の天輪。

 魔王軍直属って言われても全く違和感の無い見た目なのだが?


「ふぅ。いやぁ~、一時はどーなることかと思いましたが、こうして泥棒を捕まえられて良かったです。もし取り逃がしていたらお守り隊の名折れでしたよ! というわけですので? ここは一応? 感謝しておいてあげましょう。えーと、ところであなた、お名前は?」

「俺の名前はレイ。ただのレイだ。そういうお前は?」

「ほうっ、私の名前を問いますか、聞きますか。つまりは気になりますか!」


 うわっ、なんかメンドくせ。


「いや、別に」

「ククク、遠慮せずともよいのですよ。あなたは一応は恩人ですからねぇ。感謝の意を込めて特別に名乗りを上げて差し上げましょう! 私の名はリリシア・ロンド! 表向きは宿屋の看板娘、しかしその真の御姿は王都・ベルクを影から守衛せしベルクお守り隊の副隊長なのですっ!!」

「ドヤ顔してるとこ悪いけど全くキマってないからな?」

「ぬゃんですとっ!?」

「そんなことより一つ頼みがあるんだが。どーせこのハゲ頭、王都に連れて帰るんだろ?」

「もちろんです!」


 リリシアはえっへん! と腕を組んだ。


「憲兵の方に引き渡さねばなりませんのでねっ」

「じゃあついででいいから俺も王都に連れていってくれよ。その箒じゃ無理だろうけど、コンペーちゃんなら三人くらい乗せられるだろ?」


 リリシアは再度えっへん! と偉そうな顔をした。腰に手を当てて、胸を張って、見下すようなドヤ顔。

 なんだか生意気だぜ。


「それくらいお安い御用ですよ。ねー、コンペーちゃ~ん? そぉーだ、せっかくですから私の宿に泊まっていってはいかがですか? レイくんは恩人ですからねぇ。少しはお安くしますよォ~?」


 商魂たくましいな、さすが看板娘!

 でも俺としても有難い話だ。

 金はなるべく節約したいからな。

 ここはまんまと乗せられてやろうじゃないか。


「んじゃ、よろしくたのむよ」


#


「到ォ着ぁ~~~くっ! どうですかコンペーちゃんの乗り心地はっ! 速いでしょう? 楽しかったでしょう? 気持ち良かったでしょう!?」

「こひゅー、こひゅー……ひ、ひぬかと思った」


 いくらなんでも速すぎだろ!

 やっぱこのモンスターイカれてやがる……。


 うっっ、やべー。

 ちょっと吐きそうかも?


「なにか、袋をくれ」

「え? えっ、ちょ、もしかして吐いちゃいそうな感じです?」

「コンペーちゃんのせいでな。うおっぷっ」

「ひええええ~~!? ちょっ、だ、誰かーー! なんでもいいから袋をお恵みくださぁーーーいっ!!」


 俺はコンペーちゃん酔いで最低最悪な気分。

 そしてリリシアはあたふたと右往左往。

 これはもう終わりだな。

 俺は多くの人が行き交う大通りでゲロをブチ撒け、人間としての尊厳を失うんだ……。


 魔王討伐の旅に出て半日と経たずにこれですか。

 はーーぁ、マジでついてねぇぜ。


「ふふ。万事休すとはこのことだな」


 救世主様が姿を現したのは、俺が全てを諦めかけたそのときだった。


「ん? リリシア殿じゃないか。それにコンペーちゃん殿まで。こんなところでなにをしているんだ?」

「あっ、キリエちゃん。ねぇねぇ、なにかいらない袋持ってませんか?」

「ああ、これからパンを買いに行く予定でな。予備の袋ならあるが、使うか?」


 艶のある美しい紺色の長髪、そして切れ長の双眼。救世主様は、見るからにクールビューティな見た目をしていた。

 青を基調とした衣装に身を包んでいて、その上からは黒マントを羽織っている。膝丈のスカートから伸びる太ももは白くて綺麗で、見ているだけでもちもちの質感が伝わってくる。


 う~ん、最高に眼福でグッドですね~!

 

「いやあ、助かったよ。えーと、キリエで合ってるかな?」

「あぁ。我が名はキリエ・グレイザレイ。気軽にキリエと呼んでくれ。ときに、御身が内に宿りし常夜の者が表に出ずるかもしれぬが、その際は黙って見知らぬフリをしてくれると助かる。ま、いまとなっては彼の者の邪悪なる隻眼さえ我が力の一部として扱えるようになったからな。暴走するなどという過ちを犯すことは無かろうが――」


 ……なにを言っているんだコイツは?

 リリシアもヘンテコなヤツだが、キリエも相当にヘンテコだぞこれは。


 類は友を呼ぶってやつなのかもな。

 いや、それはないか。

 だって俺はまともだし。


「なぁリリシア。キリエには妄想癖でもあるのか?」

「え? そういうのはないですよ? キリエちゃんは至って普通の女の子です」


 どこがやねん。


「どうやら急場は凌げたようだな? ならば我は先に行かせてもらおう。お守り隊の昼食を準備しておかねばならぬ故な。ではさらばだ」


 お前もお守り隊かよ。

 つーかお守り隊ってなんだ?

 まぁいいや。俺には関係ないし。


「リリシア。ひとまず危機は去ったことだし、早いところ宿に案内してもらえると助かるんだが」

「えぇ、そうですね。ただその前に、私の用事を済ませちゃってもいいですか? このハゲ頭を憲兵の方に引き渡さないといけませんので」

「そういえば居たなそんなヤツ。いきなりピンチになったからすっかり忘れてた」

「それじゃ行きましょうか。あっ、でもコンペーちゃんをしまわなきゃですね。出したままにしていたらエゲつない量の魔力を消耗してしまいますから……って、ええぇっ!?? コンペーちゃんが萎んでるぅ~~??」


 慌てふためくリリシアの前には、フワフワの毛玉が浮遊していた。

 

 大きさは人の頭くらい。

 かなりアイコニックで親しみやすい見た目になっているが、たしかにソレはコンペーちゃんに違いなかった。

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