第216話 コミケに行くよ!

 コミケ直前の平日、といっても学生・児童は冬休みの平日の昼間。美月の家にコミケに行くメンバーが集結した。


 雫の従姉のつむぎ、ゆうき、桃華、そして静流である。このうち4人はエレメンタルコレクターという昔懐かしい(リメイクもされている)魔法がある世界の学園アニメの「合わせ」をする予定で、今まで美月は心血を注いできた。そしてコスプレの師匠であるつむぎの監修を受け、ついに練習するところまで来たのだった。練習とはなんぞやと雫も最初思ったが、美月から説明を受けて納得した。有名なシーンのポーズを再現するのだそうだ。


 雫が主人公の晶、美月が親友のエリカ、つむぎが雫の初恋の人、龍太郎、ゆうきが将来雫の恋人になる小虎シャオフーという布陣で、桃華は着ぐるみでマスコットキャラクターの「おもちちゃん」だ。メインどころはおさえた、オープニングラストの全員集合シーンが再現ができるメンツだ。


 しかしおもちちゃんはシーンで空を飛んでいることが多いため、「空を飛んでいる」ことにするために静流が黒子の衣装を着て抱きかかえるという苦肉の策を採った。


「まさか僕がコスプレすることになるとは」


「コスプレではありません。正真正銘の黒子役ですよ! 静流さん!」


 つむぎに突っ込まれ、静流は肩を落とした。下僕体質はどこまでも変わらないらしい。ちなみに当日は叔父であるつむぎの父、美月パパ、桃華ちゃんのお父さんも参加するので、黒子は交代できるので体力的にもカメラマン的にも安心だ。


「好きねえ」


 美月ママは在宅勤務なので、脇から5人を眺める。


「ママもコスプレすればいいのに」


「大人のコスプレはお金がかかって仕方がないからやらないわ。子どもだから安く済むんだから、そんな気軽に手を出す趣味じゃないと思うの」


「真理です、美月ちゃんのママさん!」


 つむぎは大きく頷き、続ける。


「でも、『好き』を最大投入する、それがコスプレだ!」


「キャラに合わせてトレーニングが必要だし、衣装も作らないとだし、演技やポージングも必要だし、かなりの総合芸術だと思うよ、うん」


 静流が肯定的な意見を言ってくれたのでつむぎは上機嫌になった。


「ほどほどにね~~」


 美月ママの大人な意見が耳に染みる一同であった。


 まずはみんな着替え始めるが、女の子が移動するより静流がいなくなった方が早いので、静流に洗面所に行って黒子になって貰うことにした。リビングの扉はしっかりと閉める。鍵はかからないので入るときには必ず声を掛けるよう美月は念を押した。さくらの家でメイド服に着替えたときに静流に見られてしまったことの反省からだ。


 最初にゆうきが着替え終えて、お札を構える決めポーズを皆に披露する。


「どうだ! 効くだろ!!」


「ゆうきちゃん、すごい小虎くん!」


 雫は感心する。主人公の晶の将来の恋人、小虎のコスプレは王子キャラのゆうきにメチャクチャ似合っている。美月がコスチュームの各所をゆうきに合わせた後では、試着の時よりすっきりして、スタイリッシュになっている。


「ふふ。なりきるぞ!」


「いいわー 美少年!」


 美月ママは男装女子もお好みらしい。


 続けてつむぎも着替え終えて、雫の耳元で囁く。


「晶ちゃん、今日も元気だね……」


 晶の初恋の年上の美少年、龍太郎がつむぎの役だ。最終的には学園にエレメンタルをばらまいていた黒幕だと分かるのだが、小学生編では謎のままなのだ。


「つむぎちゃんもすごい」


「長髪男子だから女の子がやるにはいいよね」


 ふっと笑うつむぎは年上の美少年そのものだ。


「桃華はとっくに着替え終えてる~~」


 おもちちゃんは顔だけ出てる着ぐるみなので着替えが簡単なのだ。


「どれどれ。僕がだっこしてあげよう」


 つむぎが言うが、美月が突っ込む。


「龍太郎さんの前だとおもちちゃんはぬいぐるみだからそんなこと言いません」


「そっか。じゃあ、あ、晶ちゃんのぬいぐるみがこんなところに落ちてる」


 桃華もノリノリでぴーんと固まって直立不動になる。


 つむぎはぬいぐるみを持つようによいしょとおもちちゃんを持ち上げるが、桃華はくすぐったいのか笑い始めてしまう。


「おや~~?? どっかから笑い声が聞こえたぞ~~」


 つむぎに抱っこされながら、桃華は指でしーっとやる。あまりにもほっこりとしてしまい、美月ママがスマホで画像を撮る。


 そして美月と雫がほぼ同時に着替え終える。つむぎとゆうきがパンツルックなのに対して2人はスカートでタイツも履いている。


「いいね!」


「しつけ糸が切れないことを祈るばかり」


 美月は手直しした各所が心配でならないようだ。


「来年も着るためには仕方ないね」


「雫ちゃんは晶ちゃんにそっくりだね。偶然、髪型も同じだし」

雫はエレメンタルコレクターの主人公、晶のコスプレだ。ちょっとだけツインテールの元気印少女だ。


「今、ウチがコスプレしないで誰がするって感じだよね!」


 雫はみんなが着替え終えたので、洗面所にいる静流を迎えに行く。静流はすっかり黒子に変身しており、顔に黒い布をかぶせていたからもう誰か分からないはずなのに、シルエットだけでもちゃんと静流だと分かった。


「静流、黒子似合ってるな」


「雫ちゃんも主人公っぽいよ! マジカル・オパールのときは作っている感じだったけど、こっちは本当に現実に抜け出したみたいだ」


 晶にそっくりだとつむぎに言われたときも嬉しかったが、静流に言われると更に嬉しい。雫は舞い上がってしまう。


「ありがとう! じゃあ、ポージングの練習だ!」


 雫は意気込んでリビングに戻る。静流は雫の後を追ってゆっくり行く。


「それじゃあ、始めようか!」


 美月はリビングのテーブルをどかして広い場所を作ると大型液晶TVにエレメンタルコレクターの旧アニメを画面に映し出す。


「まずオープニング!」


 美月は熱血オタクだ、と初めて知った雫である。


 カントクの意向は皆、聞く方向らしく、文句1つ言わず、美月の指導に従う。


「みんな、ポーズを覚えるように!」


 こくこくと頷き、静流は桃華と目と目で通じ合う。桃華を抱えて空を飛ばせるのは黒子である静流の役割だ。


 そしてエンディングも見て、エンディングの各キャラのポーズも勉強する。


 ジャンプしている晶のシーンはやはり静流が支える。


「愛ねえ……」


 美月ママが呟いた。


「静流くん、別にコスプレが好きって訳じゃないんでしょう?」


「みんな楽しんでますし、僕が力になれるなら、一緒にやった方が僕も楽しいですよ」


「雫ちゃんがベタ惚れなのは分かるけど、ウチの主人も静流くんのこと、大好きだから~~。これは童心に戻って一緒に遊ぶわけだわ」


 美月ママは今度はため息をついた。


「すみません」


「パパは静流さんに遊びに誘われるとすごく喜んでるから」


「知りませんでした」


「年末年始は館山行くのよね~~私も行こうかしら。宿、とれるかな」


「今年はうち、帰省しないみたいなんでおじいちゃん家に泊まれると思いますよ」


 つむぎが言うので静流は驚いた。


「え、AO決まったんじゃないの?」


「まだだよ。同じ学校、本受験もするし。特待生枠狙って」


「受験生、それでいいのか?」


「今更、息抜きしても大丈夫。追い込みの細野くんはムリだけど、私は地力あるから」


「でも従妹さんが言うなら、それもありなのかしらん」


 美月ママは真面目に考え込んでしまう。


「まあ、館山の家は広いですから問題なく泊まれますよ。問題は寝具で」


「寝袋でいいかしら」


「美月ママ、意外とアグレッシブ」


 雫はびっくりする。


「そんなに館山、楽しいの? わたしも行ってみたいなあ。さくらも行くんだろ?」


「ゆうきちゃん、行こうよ! 初日の出見よう!」


 雫はゆうきが加わるなら更に楽しくなると思う。


「寝袋なら林間学校の時に買わされたのあるし、保護者付きなら、キャンプ前でも許されるかな。よし。親に話すぞ」


「悠紀くんも来たりして」


「悠紀は静流さんのこと、尊敬してますからね」


「そーかー。そんな風に思われていたとは――そうでもないな。分かるかも」


 静流はすなふきんさんのことを思い出して、訂正したのだろう。


「桃華もねだろうっと。でもうちは車中泊だよ~~」


「そういえば車中泊でいろいろ行ってるって言ってたね」


 雫は思い出す。みんなと一緒に館山に行くなんて、とても楽しそうだ。


「安房神社と鶴谷八幡宮のダブルお参りだ」


 静流も楽しそうだ。


「だけど、今はコミケのことを考えないと。なんて言ったって日がないんだから!」


「静流さん、いいこと言う!」


 つむぎが従兄を褒める。


 再びポージングの練習になり、イラスト集まで持ち出してポージングの研究が始まる。そんなことをしているだけでお昼になってしまう。


 大人数なので美月ママは鍋を用意してくれた。


「いつもうちの炊飯器、こんなに炊かないよ!」


 炊飯器の中はびっしり白米だ。なにせ人数がいるからだろう。


 鍋を各々お椀にすくって、テーブルやカウンターで食べる。豆腐に鶏肉に豚肉、小松菜、油揚げ、ニンジンの鍋だ。


「常夜鍋みたいに日本酒をスープにしてます!」


「ごうかー」


 一同が美月ママの言葉に反応して声を上げた。なるほどちょっと甘い気がする。お酒の風味が残ってるのかもしれない。


「桃華、よっちゃったかも……」


 桃華がふらふらする演技をして、一同の笑いを誘った。


 昼食を終えて、ポージングを絞り、つむぎが覚えるポージングを指定して、解散となる。


「楽しかったー! コミケ楽しみ!」


 ゆうきが去り、つむぎも去る。


「受験生の貴重な時間をコミケに費やすんだから、失敗は許されません」


「はい。先生!」


 美月は敬礼を返し、つむぎは玄関から出て行く。


 桃華はお父さんが迎えに来るまで美月の家で預かることになっている。


「今日はお姉さんと勉強だよ」


「わかっていたけどー お勉強はー」


 桃華の嘆きを余所に、雫と静流も失礼する。


「それではコミケ当日!」


「美月ちゃんも桃華ちゃんにスパルタしないようにね」


「それは桃華ちゃん次第だな」


「えーん」


 桃華は泣き真似をする。


 そして玄関を出てエントランスで先に出た2人と合流する。


「みんなと集まるだけで楽しいのに、目的がはっきりしていると楽しさが増えるね!」


 ゆうきは嬉しそうだ。学校の王子様のゆうきは、こうして普通にのびのび遊べるのが新鮮なのかもしれない。空手だって自由に打ち込んでいるのだろうが、やはり年相応の女の子になれる場所も必要なのだ。


 静流は大きく頷いた。


「ゆうきちゃんはさくらちゃんと友達になれて良かったね」


「さくらの方から探してくれたんだもんな。嬉しかったよ」


「ゆうきちゃんは別の学校なんだってね。知らなかったよ」


 つむぎとゆうきの接点は野外映画上映会の時だけだから、たぶん、雫の学校のお友達だと思っていたのだろう。ゆうきも笑いながら返す。


「つむぎさんも従姉妹つながりだって知りませんでしたよ」


「面白いつながりだね」


 雫は2人を見て思う。全く知らなかった2人が一緒にコミケでコスプレするのだ。不思議な縁だ。


 途中で2人とも別れて、雫と静流はゆっくり歩いて行く。


「信じられない1年だった。前までは学童クラブに通ってたまにみーちゃんとさくらちゃんと遊ぶだけの生活だったのに、今年はいーっぱいあった!」


「それはよかった」


「みんな、静流が来てくれたからだね」


 そして雫は静流の腕にしがみつく。


「そんなことないよ。きっと芽はずっと前に雫ちゃんが蒔いていたんだろうから」


 嬉しそうに静流は雫を見下ろす。


 そうだといいな、と思いながら、雫は頷き、静流と2人、家路を歩いたのだった。

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