第215話 冬の花壇を掘り返す

 クリスマスが終わった週明けの月曜日。雫と静流は学校の花壇を掘り返すべく、小学校に向かった。児童は休みに入ったが、学校の先生も主事さんも28日までは仕事だ。主事さんに相談して、今のうちに1年草を植えていた花壇を掘り返そうということにした。しかし学生である静流はお休みでも、今日は世間一般的には平日である。手が足りない。足りないなら呼べばいいという単純な発想が雫にはあった。


「というわけで働け」


 学校集合にして榊と悠紀も戦力として招集していたのだった。


「俺が呼ばれるのはまあ、借りは返さないとならんので分かります」


 榊はあきらめ顔で静流に言った。静流は笑顔で答えた。


「そうそう。借りは返せるときに返した方がいいよ」


 落ち葉焚きのときには榊にもちゃんとリターンがあったのだ。まだ八幡宮での借りを返して貰う必要がある。


「他校生の僕まで呼ぶのはどうかと……」


 悠紀が不平を口にすると雫が言った。


「クリスマスイブ、静流を独占してただろ!」


 女子に逆らわない体質の悠紀は諦める。労働に従事する気はあるようだ。なお、美月はコスプレの追い込みに忙しいとのことで来られず、桃華もお父さん抜きでは家から出ない約束になっているそうなので、欠席である。


「やあやあ、作業、お疲れ様だね」


 通りかかった羽海が4人に声を掛ける。榊のテンションが上がる。


「本郷先生だ~~! 空手道場を見学しに行こうとして踏み切りを渡ってたって本当ですか?」


「そうなんだ。榊くんの勇姿を見られなくて残念」


「俺も本郷先生に格好いいところを見せられなくて残念。機会があったらまた来てくださいね」


 榊がそう言うと羽海は苦笑して去って行った。雫は断言する。


「たぶん、ない」


「いや。師範代さんがいないときを狙っていけば、何も起きないんじゃないのかな」


 静流が応える。


「2人とも何を話しているんですか」


 悠紀はちんぷんかんぷんだ。雫がかくかくしかじか説明すると榊が肩をすくめた。


「他人のことに頭を突っ込もうとするから運命がねじ曲がるんですよ」


「ぐ。正論」


「もうしないよね、雫ちゃん」


「しない、と思う。でもさ、空手センパイも両人を知っているから聞くんだけどさ、2人、お似合いだと思わない?」


「年格好も、体育会系なのも似合いだとは思うけど、こればっかりは子どもな俺らじゃ分からないじゃんか」


 榊の言うことはいちいちもっともだ。静流が3人に呼びかける。


「雑談は作業しながらでもできるから、さあ、始めよう」


 それはそうだ。主事さんのところから道具を借りてきて、早速作業を始める。


 花壇を掘り返し、土をブルーシートの上に乗せて、ふるいを掛け、根っこや枝や虫の幼虫、そして砂を分ける作業だ。地味で、時間がかかる。


 掘り返すのが静流と榊の役割。ふるいを掛けるのが雫と悠紀の役割だ。


 静流はまずラジオをつけて音楽を流す。いつものクラシック音楽だと思ったら、珍しくロックだ。作業をしながら雫は聞く。


「何これ」


「地元のコミュニティFM局」


「たまにはいいね。雰囲気が違って」


 榊は黙々とスコップを揮っている。


「榊くんはさくらちゃんにクリスマスプレゼントあげられたの?」


 静流が恐ろしいことを聞き、雫はなんてことをとわなわなと震えた。


「用意もしてませんよ」


 そう。榊の告白は「なかった」ことにして貰ったからだ。


「まあウチらもプレゼント交換しただけだから、さくらちゃんからは貰ってないな」


「誰がさくらちゃんのプレゼントを貰ったの?」


 静流が雫との会話を続ける。


「ゆうきちゃん」


「これは熱い展開。ゆうきちゃんのプレゼントは?」


「みーちゃん。みーちゃんがウチに、ウチのがさくらちゃんにいった」


「大坂は何を貰ったんだよ」


 榊が2人の会話に入ってきた。


「転写シールで作ったデザインマグカップ」


「雫さん、凝ってますね」


 最近の悠紀は、大瀧が2人いるので、雫と静流と名前でそれぞれを呼び始めている。


 静流がさくらのプレゼントを褒め始める。


「これがなかなかいいデザインなんだよ」


「ウチ、デザインの才能あるのかな」


「母親譲りでそれはあるだろうけど、安易に自分の進路を勝手に自分で決めない方がいいよ」


 静流に言われるとしっくりくる雫である。


「うおおおお」


 雄叫びを上げて榊がスコップに力を込めて勢いよく掘り返す。思い出すことがあったのだろう。


「そういや空手センパイは普通に公立中学に行くの?」


「ああ。周りに流されなければ勉強は自分でもできるからな。そのほかは空手がぜんぶ教えてくれる」


 なんとも頼もしい言葉だ。


「さくらちゃんに聞かせてあげたい」


「言うなよ」


 雫はふるいをかけ続けているのでそう言う榊の顔は見られない。


「うーん。自分はどうなるんだろうなって考えてしまうなあ」


 黙々とふるいをかけていた悠紀も会話に入ってきた。その悠紀に静流が答える。


「別に今は好きなことをしていればいいと思うな。ただ好きなことをしているだけじゃなくて、その周囲にあるものにもどんどん興味を持つべきだと思う。そして好きなことはより深くする」


「静流さんと自転車で遠出して、自分の興味が無かった時代にも興味が湧いてきましたし、自転車に乗ることも楽しくなりましたから、僕もそれ、分かります」


「榊くんだって空手の周辺にある現代トレーニング方法とか栄養学やフィジカルの理論なんかに興味が湧くといいプラスになるよ。羽海ちゃんの受け売りだけど」


「空手を深掘りするためには周辺も掘らないとより深く掘れないイメージですね」


 静流の話を聞いて、榊は分かったようなことを言うが、そのイメージだけは雫にも伝わった。


「今、花壇を掘っている状態だ」


 榊は平均してではなく、目標の深さまで掘るのに、周囲も削ってすり鉢状に掘り進めている。偶然か、考えていることが行動に出たのか。一方、静流は浅く平均的に掘り進めている。これもまた堀り方だ。


「それで、掘った中でまたふるいをかけるんですね」


 悠紀が言い、雫も気がつく。確かにそうなのだろう。掘る過程でいろいろなことやものに気がつくだろう。しかしその全てを受け止められるほど人間の器は大きくないに違いない。そしてその中には不要なものもある。自分が目指しているものを純化するとき、ふるいを掛けていなければ大変なことになるに違いない。


 また、ふるいを掛けるにもまず大きなふるいでゴミや石、幼虫を仕分ける。その後、目の細かいふるいで逆に砂を仕分ける。ふるいのかけ方にも気を付ける必要がある。人生でふるいを掛けるときも、それを慎重に見極める必要があるに違いない。


「自分の人生は限られているからね。よく電車とかで暇つぶしでゲームをしている人とかSNSを見ている人がいるけど、どれだけ身になるのか。それらが何かの手段ならいいけど、目的ではダメだよね」


 静流は難しいことを言う。しかし確かに暇つぶしでゲームはしなくなった。するのは本気でみんなで楽しむときだ。そういうときにゲームはとてもいい。そしてそれが本来の目的だとまで思う。


「ウチはまだまだ興味があるものを探している段階だ。ちょっとずつ、なんかこうかなーって思うことはあるけど」


「僕だっていつまで歴史に興味を持っているか分からないですよ」


 悠紀が気を遣ってくれたのか、そう言ってくれる。


「俺だって怪我して空手を止めざるを得ない日がくるかもしれないし、誰だってまた何かを探なさきゃならんときがくるかもしれんし」


 榊はスコップを持つ手を止め、雫が言った。


「一休憩しようか」


 始めてから結構な時間が経過していた。静流が持ってきた保温ボトルの中にはココアが入っている。静流はそれをよくシェイクして、あふれ出さないように少し時間をおいてからボトルの口を開け、紙コップに注ぐ。甘い匂いが漂う。


「甘いの脳に効くなあ」


 ココアを口に含んだ榊が言う。静流がいつものようにうんちくを披露し始める。


「脳がエネルギーが身体に入ったって喜んでいるんだ」


「寒いときに甘いものは落ち着きますね」


 悠紀がごく普通の感想を言うのだが、静流のうんちくは止まらない。


「氷河時代を乗り切った僕らは、甘いものと脂っこいものに強く反応するようにできているんだ」


「なぜいきなりうんちくが始まる?」


 雫は呆れる。


「人間がどう進化して、どうできているかを知ることは、知らないで無軌道に動くよりいい。それが指針になって自分を制御する糧になる。そのことを伝えたいんだ」


「甘いものは疲れているときに脳が求めるけど、実際には今は氷河期じゃないから体温を維持する以上のカロリーの甘いものを食べるから太る、でいいですか?」


 悠紀はいろいろな本を読んでいるだけあって静流の意図をすぐに汲んだようだ。


「そう。環境の変化より人間の変化の方が遅いからね。人間も動物だから自分の習性を知っておくといい。犬は餌をあるだけ食べちゃうとか。野生だと当たり前の習性が残っているからそうなるわけで。人間にもあるんだよ」


「興味深いな。空手も戦う本能が刺激されるからなのかな」


 榊は考え込んでします。


「それもあるだろうけど、単純に、技術の試行錯誤の面白みじゃないのかな。技を工夫して、うまくそれを使えた感動体験が糧になる。技術を高めたいと思うのも、人間の生存競争に有利になるから、だから。空手は特にそうか。沖縄で薩摩藩の圧政に抗するために中国武術を元に独自発展したんだものね」


「歴史に繋がった!」


 悠紀は嬉しそうだ。その嬉しそうな悠紀を見て、静流も嬉しそうに言う。


「だいたいなんでも繋がるよね。繋がっているもののほうが楽しいことが多い」


「深いなー」


 雫は珍しく自分が単純に感心していることに気がついた。


 ココアを飲み干して、作業を再開する。土を掘り起こし終えたので静流と榊もふるいを始める。ゴミと砂を分け終え、腐葉土と混ぜて土を花壇に戻す。新学期には何か植えられるようになっているはずだ。ゴミは捨て、砂は植え込みに。幼虫は校庭の隅の植え込みのあたりをちょっと浅く掘って離す。


 お昼をちょっと過ぎてしまったが、花壇の再整備、完了だ。


「じゃあ、僕が作ってきたお昼ご飯を食べよう」


 今日は昨日、静流が作っていた煮豚をたっぷり使った煮豚丼だ。ニンニクしょう油でまたまたがっつり系の、茶色上等の肉弁当である。男の子2人を動員したからには、やはり男飯がいいと静流は考えたのだろう。雫もがっつり系は嫌いではないが、ニンニクが気になる。でも、今日は全員で同じものを食べるので臭いは気にしなくていいのだ。


 静流はカセットコンロでお湯を作り、お茶を入れる。


 3人は温かいお茶と煮豚丼の弁当を食べ、静流に作業の疲れを労ってもらったのだった。

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