第214話 大瀧家のクリスマス

 雫とみんなのクリスマス会はつつがなく進行し、つつがなく終わった。最初はみんなでクリスマスケーキを作り、美月がサンタコスをしてケーキを入刀し、配ってみんなで食べて、クリスマスプレゼントの交換をして、雑談して終わった。


 始終、羽海は笑顔で目を細めて4人の女子小学生を眺めていた。


「こんなことでもなければクリぼっちだったなあ」


 ほっこりしている羽海は20代には見えない。実は1000歳のエルフのような悟り顔をしている。


「あんたねえ、もう枯れてるんじゃないよ」


 澪に新聞ハリセンで叩かれ、羽海は頭を抱える。


「このためにわざわざハリセンを作ったんですか!?」


「いい若いもんが子どもを見て自分を慰めるな。外に行って男を捕まえてこい!」


「いや、人には向き不向きってあって……」


 雫が羽海に助け船を出してあげる。美月が続ける。


「そうですよ。こんなに美人なのに男運がないのは天下一品なんですから」


「そこまで言われたくない……」


「うちの道場にも若い男いっぱいいますよ」


 ゆうきに言われて少し元気になるが、羽海はまた凹む。


「どうせまた怪我したり火事になったりするんだ……」


「羽海ちゃん、重傷だな。せめて静流お兄さんがいたら、からかって元気にもなるんだろうが」


 さくらが気の毒そうに言う。羽海は涙を拭うジェスチャーをする。


「しずるちゃんが帰ってきたら慰めて貰うもん」


「まあ、その後はウチが独占するけどな」


 雫が宣言すると澪が指で両腕で大きなバツを作る。


「違います! 静流くんは我が家の共有物です!」


「じゃあ、今、間借り人の私のものでもあるんですね。澪さん!」


「客人をもてなすのには使わせてもいいかもしれんが、やらん」


 澪は断言してそっぽを向く。


「雫、真面目に大変だな」


「早く羽海ちゃん先生に出て行って貰わないとストレスがたまるでしょう」


「若い男を紹介するのやめた……」


 三人三様のリアクションに羽海はまた凹んだ。


 時間は過ぎ、暗くなる前に解散となる。明日の予定は特にない。各々、穏やかなクリスマスか、修行のクリスマスを過ごすことだろう。


「それで、プレゼント交換で雫は誰のプレゼントだったんだ?」


「みーちゃんの持ってきたサンタとトナカイのアクリルスタンド」


 かわいらしいキャラクターのアクリルスタンドだ。


「いいねえ。玄関に飾っておけば?」


「そうする」


「女の子っぽくていいなあ」


 羽海はコタツに撃沈する。


 そしてまだ明るいうちに静流のクロスバイクが前庭に置かれた。


「帰ってきた!」


 雫は掃き出し窓を開け、寒気が入ってくるのも構わず、大きく開け放った。


 静流が靴を脱ぎ捨てて部屋の中に飛び込んでくる。


「暖気がもったいない!」


「さすが静流。言うことが違う」


 雫はがっしりと静流の背中に手を回し、引き摺られる。


「ただいま戻りました」


「怪我がなくて何より。悠紀くんも大丈夫だった?」


 澪の質問に静流は頷いた。羽海が不満げに聞く。


「楽しかった?」


「とても興味深かった。1500年くらい続いている集落なんだろうなあ。中国とか文明が古くから発達しているところなら珍しくないだろうけど、日本の地方でそんなんあるなんてロマンだ」


「何があったのかはあとで軽くだけ聞こう」


 雫はそこで静流の話をいつものようにストップさせた。静流は思い出したように言った。


「そうだ。3人にプレゼントがあるんだ。今、渡しちゃうね」


「我が家のサンタは掃き出し窓からやってきた」


 雫が静流の背中にくっついたまま言う。静流はそのまま引き摺って自分の部屋に戻り、リビングに荷物を持ってくる。


「静流ちゃん、重くないの?」


「重いですよ。小5女子。でも、鍛えてますから」


 そしてまず小さな包みを澪に渡す。


「開けていい?」


「是非」


 澪が包みを開けると江戸文様の手ぬぐいが出てきた。地が赤くて、華があしらわれている。


「その華は撫子だそうですよ」


「嬉しいね。粋だね」


 澪は広げて柄を楽しんだ。一方、雫には缶飲料ほどの包みを渡す。


「雫ちゃんにはこれ」


「なんだこれ」


 開けてみると中から単眼鏡が出てきた。羽海が声を上げる。


「うわ。高そうな単眼鏡」


「レンズも明るくて夜も使えます。一緒にいろんなところに行って、いろんなものを見たいなと思って」


 ジーンと背中に何かが走った。単眼鏡のプレゼントは呆然としてしまいそうだったが、プレゼントした本人から意味を聞くともう、嬉しいにもほどがあった。 


「静流、ありがとう!」


 そして静流に抱きついた。


「まだ羽海ちゃんにもあるんだ」


「待ってました! 無かったらどうしようかと思ってた」


「はい」


 静流が手渡したのは封筒だ。


「え、もしかして映画のチケット? やーん。デートならそう言ってよ!」


「デートでもないし、そんな高価なものではありません」


 羽海がぶすっとして封筒の中身を確認すると彼女の表情がぱああっと明るくなった。


「マッサージ券の5枚綴り! しかも無期限!」


「静流!!!」


 雫はカッと頭に血が上るのが分かった。静流は冷静に応えた。


「ちゃんと『公序良俗に反するマッサージは行えません』って書いてあるでしょ?」


「もともとしないよ、そんなエッチなお願い! 単純に嬉しかったの!」


 羽海が大いにふくれる。


「それは失礼した」


 雫も反省のポーズをとる。いつも疲れた様子の羽海を見かねてのマッサージ券なのだろう。使うときは自分も合間をみて手伝おうと思う。


「いいなーそれ」


「澪さんにはマッサージ券不要ですから」


「言ったな! 覚えておけよ」


 澪も笑顔になった。


「じゃあ、ウチからもプレゼント」


 色違いのペットボトル編みマフラーを澪と静流にそれぞれかける。


「羽海ちゃんにはこれ。利き腕の手首らしいぞ」


 ピンクとオレンジのミサンガを羽海に渡す。羽海は右手首にはめる。


「切れるまで待たねばならんのか」


「焦るなってことかな」


 静流がそういうと羽海に何度も小突かれた。


「ところで夕飯はどうするの? ウチら結構お腹いっぱいなんだけど」


 雫が静流に聞く。


「ケーキも食べてカロリー過多だろうから、夕ご飯はシュトーレンに紅茶で済ませようか」


 シュトーレンはドイツの焼き菓子で、生地にはドライフルーツやナッツ類が練りこまれ、表面には粉砂糖がまぶされているものだ。しっとりして独特の美味しさがある。


「軽く済ませるのがいいね」


 澪も同意した。


「じゃあ、ちょうどいい時間帯なんで、ちょっとお散歩に行きませんか」


 静流が3人に行った。雫はちょっと気乗りしない。


「腹ごなしに散歩か。外は寒いよね


「そう言わない。この時期にしか見られないものだからさ」


「え、何か見に行くの?」


「そうそう。クリスマスっぽいものを見に行くんだよ」


 さっそく静流と澪は雫が編んだマフラーを巻いて外に出かける準備をする。静流はミラーレス1眼と三脚まで用意する。片手を吊っている羽海は少し時間がかかる。その間に外は陽が落ちてすっかり暗くなっていた。冬至の時期である。1番、昼間が短く、夜が長いのだから当然だ。


 静流の歩いて行く方向に、3人はついていく。どうやら江戸川の堤防の方に向かっているようだった。話題もないので雫は静流に話を振る。


「クリスマスってさ、イエスキリストの誕生日って本当?」


「公式にはそういうことになってる。ローマ時代に決まったんだっけかな」


「やっぱりそんなもんか」


「ローマ帝国が国教にして、他の宗教でもやられていた新年の儀式と合わせたんだよね。冬至の時期に太陽の復活をお祝いする行事は世界各地にある」


「温かくてお日様が出てる時期の方が、作物が育つもんね」


 羽海が補足した。それはそうかと思う。冬を好む民族はいないということだろうか。


 4人は歩いて堤防まで行き、堤防上へ行く階段を上る。


 すると江戸川を挟んで、東京の夜景が広がっているのが目に入る。晴れているのでいろいろ見えるのだが、なんと言っても1番目立つのは墨田区にある東京スカイツリーだ。


「あ、スカイツリー、今日は緑色だ」


 スカイツリーは時期によってイルミネーションの色が変わる。この時期のスカイツリーはどうやら緑色らしい。そしてしばらく経つとオレンジや赤が浮かんでくる。


「なるほど。日本で1番大きなクリスマスツリーだ。よく気がついたね、静流くん」


「そりゃ、遅くなったときも堤防を自転車で走ってますから」


 静流はちょっと得意げだ。


 堤防の上はクリスマスイブの夜でも散歩の人や自転車が行き交いする。少し広くなっているところまで歩いて行き、余裕があるところで静流は三脚を広げる。日本一大きいクリスマスツリーで記念写真だ。


 緑とオレンジ色のスカイツリーが映り込むように4人は並んで、何枚かリモートシャッターで撮影する。フラッシュが炊かれ、暗い中だが、人間もスカイツリーも十分映ったようだ。


「1人暮らしになって、今年はきっと寂しいクリスマスだと思っていたけど、そんなことなかったなあ」


 羽海が感慨深そうに言う。雫が応える。


「怪我の功名だね」


「そうとしか言えないなあ。痛いけど」


「まあ、治ってからもまた遊びに来るといいよ」


 澪からもお墨付きを貰って、羽海は嬉しそうだった。


 この記念写真はプリントアウトして貰おう。そして家のどこかに貼って飾っておこう。そう思いながら雫は家路を歩く。


 今まで2人だけのクリスマスだったのに、今年は4人もいるクリスマスだ。


 普通のお家のクリスマスはこんな感じなのかな、と雫はぼんやりと思ったのだった。

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