第210話 クリスマスの準備をする

 クリスマスイブが土曜日という絶好のこの機会にクリスマス会をしない理由はない、と雫は張り切っていた。きっとみんなも同じ考えだろうと思いながら、ペットボトルの編み機を作る。角に割り箸をガムテープでつけてリリアン編みするのだ。慣れると勝手に手が動いてくれる。考え方としてはミサンガと大して変わらない。


 こたつで編み物を始め、コタツムリと化している羽海が聞く。


「誰用?」


「お母さんと静流用のクリスマスプレゼント」


「そーかー。私はクリぼっちだから考えたくないな」


 どう答えればいいか分からない雫である。児童にクリスマスパーティに呼ばれても、心からは喜べないだろう。


「羽海ちゃんにはミサンガを編んでプレゼントする」


「ありがとう。恋愛運向上で頼むよ」


「そうする。羽海ちゃんに足りないのはそれだと思うからな」


 それほど悪い回答ではなかったと思いたい。


 羽海のスマホが着信を知らせ、音声通話が始まった。どうやら警察署からで、これから事情聴取らしい。雫も一緒にいることを羽海が伝えると雫も当事者として一緒に来て欲しいと言うことになった。この分だと美月も呼ばれることだろう。


 マンションから警察署までは歩いて行くには遠い。美月に連絡して車を回して貰うようお願いすると、やはり美月も呼ばれていた。


 美月パパの運転で警察署まで行き、担当になった警察官に、それぞれ時系列で一通り事情を説明し、細かいところまで聞かれ、言葉にする。最終的には警察官が作文し、確認。3人とも、間違いない旨のサインをする。4人が警察署を出た頃にはもう外は真っ暗になっていた。羽海が車内で肩をすくめた。羽海は1人ではシートベルトの着用ができないので雫が手伝ってあげる。


「いやあ、大変だった」


 羽海は大分疲れたようで、肩をがっくりと落としていた。雫も小さく頷いた。


「ホントに」


「でも、いい経験をしましたわ。調書を書くってこういうことだったんですね」


「みーちゃん、前向き」


「警察官のお仕事って大変だなあと思ったよ。表彰されるのかなあ」


 運転しながら美月パパが応じた。羽海が応える。


「取り調べの人、それで急いでたなんて言ってたなあ」


 それくらいないと羽海は学校で肩身が狭い思いをすることだろう。羽海には体育の授業もあるのに、この怪我ではとてもできないから、同僚の先生に迷惑をかけることになる。


 美月パパの運転のお陰ですぐにマンションに戻ってこられた。玄関の扉を開けるとカレーの匂いがした。


「今日はカレーだ」


「ありがたい」


 羽海が片手で食べられるように配慮して静流は夕食をカレーにしたのだろう。


 キッチンをのぞき込むともう夕食の準備が終わっているようで、すっかり片付いていた。静流と澪はコタツに入っていた。


「じゃあ、食べようか」


 静流が配膳を始めた。サラダを個別に皿に載せてきたが、普通の大根とレタスのサラダだが、先割れスプーンで掬いやすいよう、小さくカットされていた。カレーも具が溶けるくらい煮込まれていた。


 ありがたく夕食をいただき、雫が洗い物をする。


「1人だったらいろいろ大変だったなあ。警察署に行くだけでもきっとすごい大変だった。タクシーは使いたくないし」


「困ったときは頼れる人が近くにいると、いいよね」


 澪がさらりという。羽海にとっては、その頼れる人が澪なのだ。世話を焼くのは静流と雫であっても、家主の意向があってのことだ。


「いやいや、本当に助かります。1週間はこんな感じらしいですから、ずいぶん長くお世話になってしまいますね」


「じゃあクリスマスまでいるんだな」


「とほほ。何の予定もないクリぼっちでしたが、大瀧家で世話になりますわ……」


 羽海の情けない声が聞こえてきた。


 静流が風呂から上がってきて、雫に声を掛けた。


「雫ちゃん、羽海ちゃんをお風呂に入れてあげてよ」


「合点だ!」


 洗い物は終わっている。羽海を立たせようとコタツの前に行き、手を差し伸べる。


「羽海ちゃん、身体、拭いてあげる」


「済まないねえ」


「いいってことよ」


 定番のやりとりをして着替えを用意した後、羽海と一緒に浴室に入る。羽海はフィットネスウェアを脱ぐだけでも一苦労なのでそれも手伝い、羽海の白い裸身が見えるようになる。雫は両腕と両脚をまくり、準備完了だ。羽海は左腕を三角巾で吊った姿勢のまま固定を続け、シャワーチェアに座る。雫はシャワーで身体を温め、頭と背中、そして右腕を洗ってあげる。残りは自分で洗えるからだ。巨大なおっぱいを拭いてあげずに済むだけでもストレスが減る。


 雫の役目が終わった後、羽海を浴室に1人にする。


「終わったらシャワーで泡を流すから。もちろん拭いてもあげるからね」


「うん」


「いやあ。1人だったらきっとぬれタオルで身体を拭くだけだっただろうな。脱ぎ着も大変だっただろうし。助かる、本当に」


 浴室の中から羽海の感謝の言葉が聞こえてくる。


「いいってことよ」


 雫はまたその言葉を繰り返した。


 羽海が洗い終えたようで、雫が呼ばれた。雫はシャワーで泡を流し、軽く身体を拭いてあげて、自分で拭けるところは拭いて貰った。そして着るのもお手伝いする。パンツを履かせるのはなかなかエッチな気分になった。巨大なブラをつけるのはおそらく自分ではありえないことだろうと嘆きつつ、3つのフックを引っかけた。


「寝るときもブラする派?」


「今夜もしずるちゃんを不用意に刺激するのは申し訳ない」


「確かに」


 ということは普段はノーブラらしい。


 パジャマに着替えさせ、羽海を洗面所から送り出し、雫は自分の入浴を始める。

 出てきて、タオルで髪を拭きながらリビングに行くと、クッションの上であぐらをかいた羽海が静流にドライヤーで髪を乾かして貰っていた。


「NG! NGです! それはウチの特権です!」


「やあねえ、片手で髪を乾かせるはずが無いじゃない?」


 ドライヤーの轟音の中、羽海は聞こえていないだろうに的確な返事をする。


 羽海が髪を乾かし終えたので、今度はそのクッションに雫が鎮座する。


「ウチの髪も乾かして!」


「うん。いいよ」


 クッションの上を明け渡し、コタツに入った羽海が羨む。


「大瀧さんは毎日こうしてもらってるのかー」


「たまには私の髪も乾かしておくれよ」


 澪が冗談を言う。


 雫はいつものように静流に髪を乾かして貰い、溜飲を下げる。本来、羽海はライバルなのだ。今までは手をこまねいていたが、牙をむき出しにしてきた。あと1週間も家にいるとなるとどんな攻撃を仕掛けてくるか分からない。油断は禁物だ。


 澪が話題を変えて雫に聞いてきた。


「ところでクリスマス会はやってみるのかい?」


「そうだった。みんなに聞いてみよう」


 雫はスマホで連絡する。みんな夜は自分の家で、とのことだったが、昼間は空いているということだった。なので、賛成。会場は言い出しっぺの雫のマンションとなった。桃華はクラスメイトとクリスマス会の予定があるようだった。


「じゃあ、せっかくだからみんなでケーキを作るといいね」


 静流がとんでもないことを言いだした。


「え、ケーキを作るの?」


「台は市販品にしたほうがいいけど、生クリームを塗って、フルーツをみんなで盛り付けるとそれだけでも楽しいよ」


「それは確かに楽しそう」


「綺麗にできるかはまた別の問題だけどね」


「確かに」


「プレゼント交換もやるといいよね。ぐるぐる回してもいいし、くじで引いてもいいし」


 澪が助言してくれる。


「それも楽しそうだ!」


「まあ、その場合、僕のやることはない」


「え! そうなの?」


「だって雫ちゃん、生クリームを泡立たせられるじゃん?」


「それはそうだけど」


 静流がいないのは寂しいと思う。


「夜はいるからさ」


「え、じゃあ、昼間はどっか行くの?」


「悠紀くんと男2人で博物館にでも行ってるさ」


「ぶー!」


 雫は不平を露わにするが、確かに女の子のクリスマス会の中で居場所がないのも確かだろう。


「じゃあ私もその会に入ってていいんだ?」


「だってまだ三角巾、とれてないかもだろ?」


「ありがたや、ありがたや」


 羽海は片手で雫を拝んでみせた。


 クリスマス会の内容を整理して、みんなのグループにあげる。


〔・ケーキ作り・プレゼント交換〕


 そしてすぐに美月から投稿がある。


〔・サンタコス〕


〔じゃ、それはみーちゃんの仕事ってことで〕


〔エッチいの頼むね。おへそ見えるのがいいな〕


 なぜかゆうきがそんな投稿をする。さくらが即反応する。


〔おっさんが混じっとる!〕


〔プレゼント交換は1000円まで〕


 雫がそう上げるとさくらが応える。


〔送り合うより安上がりだ〕


〔その分、ケーキにお金を掛けよう〕


 今年のクリスマスは楽しくなりそうで、雫はわくわくが止まらなかった。

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